24. 退屈な日常

 心が女優とのダンジョン配信に難色を示さなかったのは、佐助としては意外だった。いつもならもう少しごねるのだが、すごくあっさりしていた。


(何か悪い物でも食べたのか?)


 心配してしまうほど、いつもの対応とは違った。


「そういえば、その女優って誰なの? 有名な人? あ、でも、さっき売れないとか言ってたね」


 心に質問され、チャンスだと思った。彼女の名前を出せば、いつもの心に戻るかもしれない。


「晴好胡桃さん」


「……晴好胡桃って、あの?」


「うん。中3のときにいろいろあった」


 さぁ、どうだ! 佐助が挙動を見守る中、心は「ふーん」と素っ気ない態度だった。


「そういえば、あの子、女優だったわね。あんまり売れてないみたいだけど」


「ああ、うん。だから、久しぶりに会った時は驚いた」


「そうなんだ。さっきの匂いって」


「そう。胡桃さん」


「ふーん。元気にしてた?」


「ああ。元気そうだったよ」


「そっか」


 心はバツが悪そうに目を伏せる。


「……もしかして、あのときのこと、まだ気にしてんの?」


「は? べつにそんなことないし」


「なら、謝ればいいのに」


「だから、気にしてなんかないって」


 しかし、どこか歯切れの悪い調子を見るに、あのときのことを気にしているようにしか見えない。心に人情があることは喜ばしいことだが、期待していた反応とは異なっていたので、佐助は物足りなさを感じる。


(心も変わってしまった、のか?)


 多分それは、喜ばしいことに違いないが、佐助は素直に喜べなかった。


 変わってしまった心との日常を想像してみる。毎日、朝は心に起こしてもらい、心が作った朝ご飯を食べてから、大学に行く。それで、同じ講義を一緒に受け、時間が空いたらダンジョンに行き、心はたまについてくる。家に帰ると、心がいて、心が作ったご飯を食べて、寝るときはそれぞれの部屋で寝る。


(って、今の生活と同じじゃねーか!)


 もう少し先の未来を想像してみる。大学卒業後、流れで結婚することになる。そして、心が作った朝ご飯を食べてから、会社に行き、家族のためだからと言って、やりたくもない仕事をする。家に帰ると、心がいて、心が作ったご飯を食べ、寝るときは同じ部屋で寝る。そのうち子供が生まれ、子供と心の寝顔を眺めながら、これが幸せなんだと微笑む毎日。


 佐助は自分の想像で吐きそうになった。幸せと退屈を煮詰めて作った麩菓子みたいな人生に、ゲロが出そうだ。佐助が求めているのは、そういうのではない。ヒリヒリするような緊張感とドキドキするような危機感、そして、ワクワクするような狂気だ。今までは、そういったものを心に期待していたのだが……。


(それを心に求めるのは間違っているんだよな)


 心にも心の人生がある。それを自分の楽しみのために利用するのは違う気がする。


(となると、俺にはダンジョンしかない)


 佐助がダンジョンに思いをはせていると、心が言った。


「そういえば、さっき、私と一緒にやるのは嫌じゃないみたいなこと言ってたよね?」


「うん」


「なら、企画によってはやってくれるってこと?」


「うん」


「そっか」


 心は思案顔でご飯を食べる。とんでもない企画が生まれることを期待しないがら、佐助もご飯を食べた。

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