第26話/愛トハ狂気也ヤ



(やっぱり……俺は間違ってなかったみたいだね)


 必死の形相で紫苑が縄を外そうと奮闘する中、七海はニタリを不気味に嗤った。

 彼女が入ってくる数秒前、首に縄を欠けた瞬間に未来予知が発動して。

 予知では彼女が縄を外そうとするのに抵抗し、そのまま死んで彼女は絶望の中で死んだ。


(だから、このまま何もせずに居れば……)


『だから、さっきから何度も言ってるだろうが!! 確かにご主人が何もしなければ生存する可能性は極めて高いが、あくまで高いだけだ死の可能性は残ってるんだぞ!? せめて縄の解き方ぐらい視線で誘導するとかしろご主人ンンンンンンン!?』


(――俺は思い知ったんだよシステム、誰かを愛する、愛し続けるにはリスクが発生するんだ。ならある程度は許容の範疇さ、特に賭けに勝つにはね)


『めっちゃダークサイドに堕ちてるうううううううううううううううううッ、しっかしろご主人!! 正気に戻ってくれええええええええええええええええ!!』


 余裕たっぷりの七海に気づかず、紫苑は一瞬前に彼が倒した椅子を足場に彼の首の方にある結び目を解こうする。

 彼としては、椅子はまだあるんだし二つ使ってそれぞれの足場にして安全に進めればいいんじゃないかな、と思ったが。

 あえて指摘はせずに、彼女が奮戦する姿を楽しそうに見て。


『いくらなんでも趣味が悪すぎるぞご主人ンンンンンッ!! 自分の命をベッドして佐倉紫苑を堪能するんじゃあないッ!!』


(落ち着くんだシステム、限りある命、限りある時間だからこそ…………愛がより一層、愛おしく思えるんだろう?)


『変な悟りを開いていやがるッッッ!! オーノーだぜッ!!』


(――だめッ、全然外れない! このままじゃ七海先輩が死んじゃうっ!! 何か、何か他の方法…………縄の先ッ、照明の根本に付けてある!! なら――――)


(ほほー? これは自分の体重を加えて縄を切る……いや、天井から照明ごと縄を外そうって感じかな? うんうん、まだ間に合うからがんばれー、俺の命は君にかかってるぞーー)


『クソッ、これ程に自分の体がない事を恨んだコトはないッ!! 体があればご主人を一発ぶん殴って、全てを佐倉紫苑にチクってやるのにィィィィィィィ!!』


(あっはっはっ、吠えてる吠えてる。いやぁ悪役が高笑いする理由が実感できた気がするよ)


 今の七海はどう見ても悪役でしかないのだが、彼を救うのに一心不乱な紫苑は気づけない。

 彼女は椅子の上から近くのテーブルの上へ、少しばかりの加速と跳躍、その勢いと落下速度があれば天井から照明を縄ごと外せる筈だと信じ。

 ――そして。


「ッ!! これでぇええええええッ!! 外せた!! 大丈夫!? 無事なの七海先輩!!」


「ごほっ、ごほごほっ、――――ぁ、あ、ああ、紫苑のお陰で助かったよ。ありがとう、会いたかった、会いに来て助けてくれるって信じてた」


「意味不明なことを言ってさぁ!! 自分が何をしたか分かってるのかよ!! なぁ!! なぁったら!! どうしてぇ……どうして首吊り自殺なん…………あ?? 待って、待ってよ今なんつったの七海先輩??」


「ありがとう」


「いやその後!! 会いに来て助けてくれるって信じてたって何!?」


 紫苑はその時、目の前の愛する人の異変に否応がなく気づいた。

 誰、と問いかけたくなるぐらい違う、でも同じ。

 見た目ではなく雰囲気が、目の輝きが、直視してしまえば背筋がゾッとする。


「………………七海、先輩?」


「ああ、そうだよ。君の恋人の井馬七海だ」


「ち、……違う、先輩とは別れたから……だから……」


「そうかい? 本当にそう思ってるの? あんなメッセージだけで俺たちの関係が終わるって、――悲しいな、二人ですごした時間が君にとってそんな脆いものだったなんて」


「違う!! それは違うっ、違うから私は……ッ!!」


「ならさ、――いいじゃん、別に別れなくても。ほら、これで君と俺は一緒だ」


「ッ!? ぁ、ぅ~~~~ッ!!」


 何が起こってるのか、紫苑は愛おしさと恐怖が混在するとこんなにも切迫感がある事を知った。

 七海は強固に座った目で、まるで死神が鎌を振るうように縄を手に取り、ネックレスをプレゼントするように紫苑の首にも軽く巻き付ける。

 殺される、死ぬ、そんな予感に体が硬直して動けない。


「可哀想に、ごめんね、怖かったね、こんなに震えてさ……」


「ッ、い、いやぁっ、これ、これは――」


「そうそう、言っておかないとダメだったね。……今回は賭けだったんよ。俺の命を賭けて君とまた会う方法、まったくしてやられたって言うのかな? 君は俺の為に愛の幸せを感じながら誰にも知られずに死のうとしてたんだろう?」


「な、なん…………ッ!?」


「なんで分かるかって? だって君を愛してるから、――未来予知を回避するにはそうするしかない、そうだよね? 俺の未来予知が君の不幸に満ちた死を見せるものなら…………幸せな死は範囲外だ。君はそう考えて、実際にそうだった。でもね、――まだ例外があったんだよ」


 ひゅっ、と音にならない悲鳴が紫苑の喉から漏れた。

 身につけている制服が、何も着ていない無防備な状態にすら。

 犯されると思ってる訳じゃない、ただ純粋な恐怖がそこにあった。

 ――七海は優しい手つきで、彼女の頬を撫でて。


「そんなに怯えないでよ、今すぐに押し倒して愛したくなるじゃないか。もう何処にもいかないようにこの縄で縛ってさ、何も分からなくなるまで愛したくなるから、そんな可愛い仕草はやめてくれないかな?」


(ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ、何っ!? 何なの!? これは本当に先輩なのおおおおおお!? ヤンデレになってない!? 私って拉致監禁でどろどろエッチなエンディング寸前じゃないのこれえええええええ!! ちょっと嫌じゃないって思っちゃうのがイヤダアアアアアアアアアアアアアア!!)


『佐倉紫苑のこの表情…………分かる、分かるぞ佐倉紫苑!! 今のご主人は危険だ!! 我々はヤバイ人物を覚醒させてしまったのだ!!』


「うーん、困ったな。落ち着いて話をしたいんだけど……、まぁ、紫苑もその気だったし今すぐ一緒に死ぬのも悪くないかな?」


「ストップ!? はいストーーーーップ七海先輩!! すっごいヘンなこと言いましたよね!? 言いましたよね!!」


 紫苑の耳は聞き逃さなかった、一緒に死のう、確かにそういった。

 違う、それは違うのだ、彼女にとって盛大なる解釈違いと言い換えることも出来る。

 井馬七海という存在に迷惑を、殺してしまうのも己の死を見せるのも嫌だから別れてから死のうと思ったのに。


「ああ、その顔……どんな形であれ俺が死ぬのは違うって顔だね? でも残念、もう気づいちゃったんだよ。――俺が死を選べば君は不幸に、絶望の中で自ら死を選ぶ…………ならさ、紫苑がどんなに離れようと隠れようと俺の行動ひとつで未来予知できるってね。もう逃げられないよ、何処へいっても絶対に見つけてみせるから――――」


「ぁ…………ッ、そん、な…………っ!!」


「だからさ、紫苑は愛に苦しまなくても、不安にならなくてもいいんだ…………何があっても俺が一緒に死んであげるから、ね、せめて君の心を守らせてくれ、一緒に幸せになろう?」


(詰んだああああああああああああああああああああッ!? え? あれ? 逃げれないとかそういう以前に、人生詰んでない?? どうして!? どうしてこうなってるんだよおおおおおおおお!! 私はただっ、七海先輩の幸せだけを考えたのにっ、私なりの愛だったのに!!)


 不味い、これは非常に不味いどころではない。

 紫苑とて己が不安定である程度狂っている自覚があった、その上で自分自身を止められなくて。

 だがこの状況において七海の狂愛を前に、紫苑はスンと正気と常識を取り戻した。


(このままじゃ七海先輩が死んじゃう!! どうにかして諦めて……ううっ、もおおおおおおっ、どうしたらいいんだよぉ~~っ!!)


(これで紫苑は捕まえたっと、後はどーするかだなぁ。最終的に心中するとして、その方法と過程だな出来るなら幸せに苦しまずに……)


(色仕掛け? それで止まる? 先輩が発情してセックスに持ち込まれて最中に死ぬのがオチだよね?? ううっ、考える時間が欲しい何としてでも時間を稼がなきゃ、時間させあれば活路は開ける筈だから――――)


 その瞬間、あ、と紫苑は閃いた。

 こうなったらもう、“この”手段をとるしかない。

 大きなリスクを伴うが、“これ”ならば確実に時間が稼げる。


(女は度胸っ!! 頑張れ私の演技力!! 後のことは後で考える!!)


 悟られるな、察知されるな、違う目的は見抜かれる前提でいくのだ、と。

 井馬七海のゴールは死だ、佐倉紫苑のゴールは既に崩壊している。

 ならば彼のゴールを壊すしかない、生きたいと思える未練を植え付けるしかない。

 だから…………勇気を出して。


「――――先輩の気持ちは分かりました、でも一つだけ……やり残した事があるんですよ」


「ほほう? 何だい言ってごらん?」


「あの時のデートを、…………先輩と私が事故にあった日のデートをやり直したいんです。お洒落して、美味しいご飯を食べて、それで――指輪、ペアリングを買う予定だったんです、……待ち合わせして合流して歩き出した直後だったので、何も……何もできなかったから――」


 ぽろり、紫苑の目から涙が一滴こぼれた。

 それが演技か本気か七海には判断できなかったが、己の心がぐらりと揺れてしまったのは理解してしまって。

 彼女がトラウマを立ち向かおうとしている事も、それを利用して彼に未練を覚えさせようとしている事も理解していたが。


「…………分かった、そうしよう」


「やった! ありがとう先輩! いーっぱいお洒落してデートに行くから、明日は楽しみにしててね!! 待ち合わせ場所は前と同じ……って覚えてませんよね、じゃあ――――」


 紫苑と七海は、明日のために軽い打ち合わせを始める。


(素敵なデートにしよう紫苑、そして……幸せな死にしてみせる)


(七海先輩…………私が先輩の生きる理由になってみせます、だから…………)


『うおおおおおおおおおおッ、頑張れ!! 頑張れ佐倉紫苑!! このシステムめがご主人の中から応援しているぞおおおおおおおおおお!! いやだあああああああああ、死にたくなあああああいッ!! 未来予知を悪用されたまま死ぬなんてアイデンティティが崩壊するううううううううッ!!』


 こうして、死へのデートをする事になったのであった。


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