第24話/愛は殉教とみたり(前)
【ごめんなさい七海先輩、ううん、井馬先輩】
【井馬先輩と一緒にいると疲れるんです、先輩が悪いんじゃありません私の問題なんです】
【だから、ごめんなさい】
【もう恋人ではいられません、だから先輩を嫌いになる前に元の部活の先輩後輩の関係に戻りましょう】
【今までありがとうございました】
【井馬先輩に次の素敵な恋があるのを祈っています】
【しばらくの間、部活には出ませんが気にしないでください。少しだけ旅に出ようと思います】
突然のメッセージにパジャマ姿の七海は凍り付いた、文面が理解できない、理解するのを脳が拒んでいる。
何度も何度も読み返して、それからようやっと現実を実感する。
「………………え、マジで?? 俺フラれらたの?? なんで?? うええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
『おっ、おちっ、おちちちちちちちちッ、落ち着くんだご主人!! 何かの間違い、そう、何かの間違い…………じゃっ、なああああああああいッ!!』
「ちょっと待って直接あって別れ話すらないワケ!? メッセージ一つで!? しかも夜寝る前とかさぁ!! ――――チッ、スマホからの連絡手段全部ブロックされてるんだけど!!」
『家電だッ、家の固定電話からかけろ!!』
「それだッ…………………………ぴえん」
『こっちも着信拒否!? なら突撃……いや訪ねても出てくれない可能性が…………』
「行くッ、今から走って行くよ突然すぎんだよおおおおおおおおおおおおおお!!」
突然の別れに七海は混乱し、半狂乱になって家から走り出した。
いったい何が原因かと問われれば、そりゃもう病院で目覚めて以降、綱渡りすぎて心当たりしかない。
理由を問うメッセージは執拗に送っているが、ブロックされているので当然届かなくて余計に焦燥感大きくなる。
(昼間はあんなに美味しそうに俺の作った弁当食べてくれたじゃんか!! …………もしやあの時の涙ってそういうコトぉ!? もしや紫苑の分だけメッチャ失敗してた!? それとも愛してるって言わなかったから!? そりゃあ俺たちは色んなコトがありすぎて破局してないのが不思議なぐらいだと思うけどさぁ!! ――――何とか乗り越えてきたじゃん!! そう思ってたのは俺だけだったっていうのか!?)
分からない、何が悪くて何が原因だったのか。
だから知りたい、紫苑が何を考え何を思っているのか知りたいのに。
三十分後、彼女が住むマンションに到着したが当然のように不在、ぴんぽーんと呼び鈴の電子音だけが虚しく響いて。
(――――何度も押したのに、くそッ、もう旅に出たって? それとも実家……ワンチャンあるか? いや待てそっちの連絡先知らな……いやスマホッ、スマホの中に入ってるかも!)
『スマホの中になかったら明日学校で聞くしかないな、もっとも彼氏と言った所でこのご時世に教えてくれるかどうか……』
(むしろ下手したら不純異性交遊とかなんとかで、停学くらう問題だよね!? しかも紫苑を巻き込むやつーっ!!)
彼女のクラスメイトは何か知らないだろうか、と考えたが七海は一瞬で却下した。
ある意味で類友というべきなのだろうか、七海も紫苑もクラスに仲の良い毎日喋るような友人はいるが。
しかして、休日や放課後どこかで遊んだりと深い交流は一切していない。
(………………もーちょい、真面目に友人関係を構築するべきだったか?)
『といっても後輩との色恋沙汰だぞご主人、親友と呼ぶべき存在がいても、ソイツに何が出来る? ……まぁ居ると居ないでは精神的にだいぶ違うと思うが』
(答えが出ないとしても相談ぐらいはできたよなぁ……)
『反省も後悔も後だ、長々と居座っても不審者として通報されるのがオチだぞご主人。今宵はもう帰宅するべきだと提案する』
(…………しゃーない、帰ったら職員室で紫苑の実家の連絡先を聞き出す理由を考えよう)
『ご主人の母上にも聞くべきだな、もしかすると知っているかもしれない』
結果から言おう、紫苑の連絡先は七海の母が知っていた。
然もあらん、七海が庇って無傷だったとはいえ娘が事故にあったし、その庇った当人が重傷なら親同士の話がない訳がなく。
朝になってそれを知った彼は、普段通りに登校した後で昼休みに一人になれる部室に行って連絡を入れてみたが。
「…………万策尽きたぁ、それどころか俺との旅行を楽しんで欲しいと伝えてくれとか、娘を頼む的なこと言われたんだけど!?」
『心が痛んで真実を告げられなかったなご主人、しかしこれは不味い事態だ、本気で誰も佐倉紫苑が何処へ行ったか知らないぞ』
「もう、ダメなのかなぁ……」
本当に、彼女との関係はこれで終わりなのだろうか
七海はがっくりと肩を落としながら、力なく椅子に座った。
虚脱感が酷い、一気に思考が鈍る感覚。
(酷いや、俺から何も言わせてくれないなんて。俺ってそんなに酷い彼氏だった? 恋人失格だったのかなぁ…………)
『ご主人……』
(疲れた……もう疲れたよ)
『午後の授業はサボって眠ってしまおう、それぐらいは許される筈だ。昨日だって殆ど寝てないではないか』
(でも眠くならないんだ、眠るとさ、……俺の知らないところで紫苑が悲しんでるんじゃないかって、俺の知らないところで死んじゃうんじゃないかって、……怖いんだよ)
システムは七海をどう慰めるべきか見当もつかなかった。
喪った記憶が変化した存在とはいえ、システムは七海自身ではなく限りなく近い別の存在、他人といってもいい。
そして人ではない故に、彼の悲しみを性格に理解しえるとは思えず。
――それでも。
何か力になりたい、己という存在は井馬七海と佐倉紫苑を幸せな未来に導く為に生まれたのだから。
どうか彼女が悲しむことがないように、そんな祈りの中で構築されたのだから。
「俺はさ……もしかしたら紫苑に依存してたのかもね、だから愛とか好きだとかなんて執着でしかなくて……紫苑はそれを感じ取っていたのかもしれない」
『ッ!? 違うッ、それは違うぞご主人!! 弱気になるなッ、そんな考えは何より佐倉紫苑を侮辱する言葉だッ! 思い出せ、彼女と一緒に居て何を感じていた? 彼女はそれにどう答えてきたッ! しっかりしろ!! ご主人が愛した佐倉紫苑という存在は、誰にでも股を開くような女なのか!!』
「違うッ、そんなヤツじゃない!! 俺は、紫苑は――――ッ!!」
興奮のままにガタっと立ち上がる、違う、違う、違う、――間違っている。
紫苑という女の子は愛が深い故に悩みやすく傷つきやすい繊細な子で、自分が犠牲になればと考えてしまって、でも臆病で喪うことを恐れすぎて暴走してしまう。
そんな彼女を好きになったのだ、命をかけて愛してるのだ。
「落ち込んで思考を止めてる場合じゃない、俺は認めないぞ、アイツの口から直接フラれるまでは!! 具体的にはビンタと腹パンくらうまで諦めない!!」
『その意気やヨシッ!! ――だがこれからどうする?』
「会わないことには話が始まらないね、そしてこの状況で紫苑を放っておく訳にはいかないから……」
『探し出す、待つ、誘き出す、選択肢はこの三つだが探し出すのが不可能に近い以上は待つ、誘き出すの二つだな』
「あまり頼りたくないけどさ、未来予知で見えないのかい?」
『未来予知が見えてしまうという事は、佐倉紫苑に死と不幸が訪れるという事だ、ご主人の気持ちは察する。その上で…………悪い知らせだ』
システムの言い方に、七海は気を引き締めた。
まだ悪いことが加わるというのか、ジリジリと追いつめられていく感覚に冷や汗がでてきそう。
深呼吸して、彼は続きを促した。
「――すぅ、はぁ……聞くよ、どんな悪い知らせなんだい?」
『ある意味で良い知らせかもしれないが…………少し前まで見えてた死の運命がすべて消えた』
「はい? それは良い知らせそのものでは?」
『未来予知が見えない、という事は佐倉紫苑が不幸の中で死なない、という事だ。だが考えてもみてほしい…………佐倉紫苑という女がな、この状況で死を考えないと思うか? ご主人命って感じの佐倉紫苑がわざわざ別れを切り出して恋人関係を解消した上で旅にでる…………死なないと思うか??』
「つまり……自ら望んで、俺の為に殉死でもするから、それはある意味で幸せな死としてカウントされて…………??」
『事態は一刻を争うかもしれん、このまま待っていると…………佐倉紫苑は高確率で自己満足して勝手に幸せな気分で死ぬッ!!』
「何処にいるんだよ紫苑ンンンンンンンンンンンンッ!!」
七海は顔は今にも倒れそうなぐらいに真っ青になって、真っ白な思考の中で頭を抱えたのだった。
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