第18話/エマージェンシーガール



 殆どが幽霊部員のこの部では、部室を使っているのは二人だけで。

 座る場所は机を挟んで対面、というのが定位置であった。

 当然、今もその様に座っているのだが。


(うおおおおおおおおおおおおっ、緊張するううううううううううううううう! い、何時言えばいいんだ!! 好きとか愛してるってどんな雰囲気で言えばいいのか全部頭から吹っ飛んだんだけどさぁ!!)


(ひぃッ!? 睨んでる? 睨んでるよねこれ!? やっぱり昨日のことを気にしてるんだーーっ、別れ話されるんだーーーーーー!!)


(くっ、こんなん簡単だろって考えてた自分を殴りたい……、いや出来てたよね? 普通に出来てたよね俺? でも緊張するだけで分かんなくなるとか予想してないって!!)


(ど、どうしようっ、どうすればいいのッ!? 七海先輩に別れ話なんて絶対にさせねぇよ! で、でも、落ち着け、落ち着こう、まだ、決まった訳じゃないんだから――――)


 ごくり、と唾を飲む音が妙に響く気がする。

 七海は緊張のあまり、紫苑は疑心暗鬼のあまり、唾を飲んだのが自分かどうかすら分からない。

 そわそわとした沈黙が続く中、七海は机の下で拳を堅く握り。


「す、……すっ、す、すすす……」


「す?」


「はいッ、すき焼き食べたいが答えっ!!」


「違うっ、違うんだっ!!」


「ッ!? ま、まさか――」


 何やってんだ俺、と顔をしかめ焦る七海と同じく紫苑も焦った。

 もしや、す、で始まる言葉で誘導しながら別れ話を切り出すのかも、と。

 彼女は必死に思考を巡らせ、す、で始まる言葉を突きつけた。


「…………まさか先輩……、学校で、す、また、をして欲しいって、それを断るなら……そう言いたいんですか?」


「なんで涙目で怒ってるの?? というかどっから出てきたのそのエロワードっ!?」


「ええっ!? まさかスワッピング!? ううっ、嫌、そんなの嫌ぁ、で、でも先輩がどうしてもって、でも――――」


「なんでソッチ系に行くのさ?? そもそも俺はそういう行為したくないよ!!」


「スカルファック!? ううっ、そんなぁ……先輩がそんな特殊性癖を持つ先輩だったなんて……、だけど安心して、私はそれを否定しないし、うん、…………ど、努力してみるから、どうやって努力するか分からないけど努力するから…………捨てないでぇ」


「悪化してる!? 正気に戻ってよ紫苑!? どうして一文字からそんな誤解してるの??」


 不味い、これは不味い事態だと七海は危機感を覚えた。

 このままだと、好意を伝える事も昨日の態度の理由を聞くことも出来ない。

 先ずは誤解を説かなければ、彼は慎重に言葉を選らんで。


「落ち着いて聞いてよ、俺がソッチ方面で君に求めるのは強いて言うらもっとライトな方なんだ」


「ライト? …………懐中電灯プレイ!?」


「君は俺と特殊性癖の変態にしたいのかい? 懐中電灯プレイって存在するとしても相当ディープだよね??」


「じゃあ…………、す、って何です?」


「う゛ぐっ」


 ストレートな問いかけに、七海は赤面して言葉に詰まった。

 好きだよ、その一言が何故か言えない。

 それどころか彼女の顔を直視すらできなくて、思わず視線を外してしまう。


(顔反らされたっ!? え? 何なのセンパイ?? す、……好き? いやいやまさかぁ、昨日あんな感じだったのにワザワザあらたまって好きとか伝える? ないでしょ絶対)


(くっ、駄目だ、言えないっ、好きって言葉は今は諦めよう……やはり今の流行は愛してるッ、誤解されようのない言葉だよ!!)


(…………やっぱり、もう駄目なのかも。ヤだなぁ、泣きたくないのに、涙がでちゃいそうだよぉ)


(あ、あれっ!? なんで泣きそうになってるの!? もしかして、ストレートに好きって言えなかったから悲しませた!? 愛情足りないとか思われてる!?)


 急いで挽回しなければならない、雰囲気を作ったり、さりげなく伝えるとか迂遠な事はしていられない。

 今すぐ抱きしめて、愛してると言うべきである。

 七海は慌ててガタッと立ち上がると、紫苑を見つめて。


「あ! あああああああああああ!! あ! あ! あ!!」


「ぷぇいッ!? せ、先輩が壊れた!?」


「あーー、ああーーーー、アァ!! あ゛ッ!!」


「ひっ、ぞ、ゾンビ!? ゾンビプレイ!? ちょっとシナリオ用意してくれないと難易度高いっていうか、噛み痕はせめて胸元だけにっていうか、制服を破くのは止めて欲しいっていうかーーーーっ!!」


「なんでそうなるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「ひえっ!? 今度は土下座した!? 情緒不安定にも程がありますよ先輩!!」


「紫苑に言われたくないんだけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 彼女は土下座と称したが、実際には失意体前屈。

 両膝と両肘を床に突いて、盛大に落ち込んでいただけである。

 どうしてこうなった、己はこんなにも不器用だったかと七海はおんおんと泣きたい気分で。


『くっ、なんてピュアピュアボーイなんだご主人ッ!! こうなったらこのシステムめがラジコンしてやろう!! 見ていられない!!』


(なんていい奴なんだシステムぅ!!)


『さぁ、目を閉じて立ち上がれ!!』


(おうとも!!)


「うわっ!? 急に立ち上がらないでくださいよッ、あーもうビックリしたぁ!!」


 困惑した紫苑は椅子から立ち上がると、心配そうに七海の側に寄る。

 それを音で感知したシステムは完璧に位置関係を把握した、ならば適切なタイミングで抱きしめろと指示するだけ。

 彼は神経を研ぎ澄ませ、システムの合図を待つ。


『今だ抱きしめろ! そして言うんだご主人んんんんんんんんんんんんんッ!』


「ふぇっ!?」


「――愛してる、愛してるんだ紫苑、好きだ、好きすぎて昨日からずっと君に会いたいって思ってたんだ」


「…………せ、せん、ぱい?」


「やっと気づいたんだ、俺はまた君を好きになって愛してるんだって。紫苑にとっては俺は地続きで今更かもしれないけど…………どうしても伝えたかったんだ、君のことが好きだってさ」


「――――――ぁ」


 それは、紫苑が何よりも待ち望んでいた言葉だったのかもしれない。

 抱きしめ返して、私も好き、そう言いたかった。

 でも、どうしてか体が動いてくれない。


(嬉しいのに、何で……)


 涙がぽろぽろと落ちる、彼の好きだと、愛してるの言葉が上滑りして心の中に入ってきてくれない。 

 代わりに高まるは疑惑、もう一度惚れてくれるなんてありえない、何か裏があるんじゃないかと鎌首をもたげる。

 だって都合がよすぎる、紫苑が落ち込んでいる時に心の底から欲しかった言葉をくれるなんて。


(ははっ、あーー…………、やっぱそうだよねぇ。私が落ち込んだって事はそういう事で、先輩が欲しい言葉をくれたってコトは、さ)


 紫苑は確信した、彼は間違いなく未来予知を見たのだと。

 だから死なせない為に、優しくてとても残酷な嘘をついてくれている。

 また迷惑をかけてしまった、嘘でも愛してると言ってくれた、でもそれが本当だって信じたい、真実にしたい。


「――――嬉しいっ、せんぱい私も……愛してます(だから、先輩を殺して私も死ぬ、絶対にコロス、地の果てまで追いかけて例え誰に何に阻まれようともコロス、私と愛してると言ってくれた先輩のまま殺してあげます)」


「ありが『ぬおおおおおおおおおご主人!? たった今ッ、死の未来が何パターンも一気に発生した!! しかも全部が鮮明なビジョンが見えるタイプだッ、気をつけろ佐倉紫苑の周囲には…………否、否、否、否ァ!! 気をつけろ佐倉紫苑に殺させるぞご主人!! 告白がトリガーで多重発生する超高確率バッドエンドなんて読めるかァ!!』――なんて??」


「はい? どーしたんですか先輩? そんな変な顔してぇ……あー、もしかしてエッチなコトしたいって?」


「い、いやぁ……、そーゆーのは後でいいかなーって、うん、所で話は変わるけどさ」


「何です?」


「どうして俺の首を両手で掴んでるのかなーって」


「そ・れ・はぁ~~、私の究極の愛を表現しようかなぁって、興味ありません? 気になるでしょぉ~~」


「………………今日はサイナラッ! 愛してるよまた明日会おう!!」


「ぎゃふっ!? ――チィッ、逃げられたぁ!! 待て先輩ッ、待ちやがれえええええええええええ!!」


 どうしてこうなったと七海は困惑と命の危機で、思考がパンク寸前のまま逃走。

 紫苑は鬼気迫る表情で追いかける。

 死の運命を背負った鬼ごっこが、遂に始まってしまったのだった。


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