第15話/代償
暗闇の中の攻防戦、そして再びドミノ倒しの悲劇を防ぐために逃げ回ることは出来なかった。
七海は不利な戦いを強いられている、具体的に言えば制服の上着はすでに剥ぎ取られて。
暴力で解決したくない、ならばどうやって発情した紫苑を止めるかが問題。
「うぐぐッ、力つよッ!? どっからそんな力出してんの!?」
「ふへへぇ、よいではないか、よいではないかぁ~~、大人しく私を抱けぇ~~ッ!!」
「一回落ち着こうッ、な? なんでいきなり発情してんのか説明して欲しいなぁって……!!」
「ぐふふふふぅ~~、乙女に恥をかかす気じゃあないでしょうねぇセンパ~~イ??」
仄かな明かりで彼女の瞳がねっとりと輝く、発情していると言うにはどこか違うような。
だがそれを追求する前に、この視界の悪さの中でどう反撃するのが一番なのか。
一瞬も気を抜けない中、七海は脳内で必死に解決の糸口を探り――。
(――そうだッ、まだ俺には手があるッ、特訓を思い出せッ!!)
『明鏡止水の境地という事だなご主人! 視界に頼らずとも佐倉紫苑の正確な位置、動きが把握できるッ、そして弱点も熟知しているッ!! セクハラで撃退する気だなご主人!!』
(例えセクハラと言われようが俺はやってやる成し遂げてみせるッ!!)
思い出せあの時の感覚を、紫苑を止められるなら己の服の一つや二つくれてやれ。
そんな勢いで七海は目を閉じる、耳を澄ます、肌に意識を集中させ空気の流れを感じ取る。
同時に鼻孔が匂いを敏感に捉えた、虚勢、執着、いつもの甘い香りの中にそんな緊張すら感じて。
(でも今は――――)
「あれ~~、もう諦めちゃったんですかぁ? ま、私の色気にかかれば…………ひゃうっ!?」
「うおおおおおおおッ、勝利を確信した瞬間こそ隙なんだよ紫苑ッ! 君の弱点はわかってる脇腹のくすぐりに弱いってねぇッ!!」
「うひゃひゃひゃひゃひゃっ、ひひっ、はァーーーッ、い、いひっ、あはははははははははっ、や、やめっ、せんぱいっ、わ、笑い死ぬからぁっ!!」
「まだだッ、油断なんてしないよ首筋と足裏もくすぐらせて貰うッ!!」
「~~~~~~ッ!?」
してやられた、そんな言葉すら浮かぶ間もなく紫苑の体は笑撃に包まれた。
くすぐったくてくすぐったくて、腹痛がおこり喉が枯れそうな程に笑い声が出る。
知らなかった、連続して笑い続けるのがこんなにも苦しく、何も考えられなくなるという事を。
そして。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ――――」
「………………か、勝った」
紫苑にとっても七海にとっても長すぎる五分間、彼女が先にきゅうと鳴いて倒れ。
続いてその横に彼も、ぐでんと大の字になって倒れる。
無意識のうちに彼の腕は動き、彼女の頭を己の胸板の上に乗せた。
(この、音は――)
とくとくとく、とくとくとく、激しく動いた後だから早く動く心臓。
寄り添ってるから伝わる温もり、何よりも暖かく感じる温もり、大切な、紫苑の一番大切な温もり。
途端に幸せが心へ染み込んでいく、それは泣きたくなるほど優しくて。
(私は彼に何を返せるの? 本当に側にいていいの? あるのはこの体だけなのに……)
己の容姿が美しくてよかった、スタイルがよくて幸運だった。
少なくともそこには、七海にとっての価値があるだろうから。
でもだから、こうして拒否されてしまうと分からなくなる。
(本当に――私のコトが好きなの? 愛してくれてるの? ううん違う、……私がセンパイの側にいる資格ってあるの?)
幸せなのに、こんなに近くに居るのに、七海の体温が何より嬉しいのに。
どうしてこんなに悲しくなるんだろうか、紫苑の目尻にはじわと涙があふれこぼれる。
彼は胸に水滴が落ちたのを敏感に察知した、然もあらん、彼女の呼吸が泣いている時のそれと似ていたからだ。
(泣いてる!? え、なんで?? …………もしかして、単に発情してた訳じゃなかったってコト??)
『考えてもみれば、自分の死因になるかもしれない場所で安易に性行為に強請るような頭の悪い女性であったか? いや違う、違うぞご主人ッ、――佐倉紫苑は厄介な女だとこのシステムめは以前に申し上げているッ!!』
(確かに前からそう言ってはいるけどさ…………)
厄介な女、という発言の意味。
そして何より、何故、今、このタイミングで泣き出したのか。
単に慰めの言葉だけではダメだ、きっとこれは七海にとって避けては通れないことで。
(――――きっとさ、前の俺も紫苑のこういう所を受け入れてたって思うんだ)
『そうだろうな、でないと佐倉紫苑を庇って死にかけたりそもそも交際しないとシステムめも結論づける』
(何が問題なのかな、俺の態度か、それとも紫苑の中に何かがあるのか)
『未来予知をするかご主人? 過去のビジョンも見れる参考にするか?』
(…………いや、それには及ばないよ)
どうして泣き出したか、七海にはうっすらと答えが出ていた。
それが今、システムの未来予知という言葉で補強されて。
佐倉紫苑という女の子は、自分を不幸な女と、そして可愛いとも言える、一見すると強い子。
(きっと紫苑は……俺が考えてるより脆い、……正確な表現じゃない、たぶん……自分に自信がないんだ)
『ずっと不幸だったから、迷惑をかけてしまうから、だからご主人が命を賭して守っても負い目を過度に感じてしまい死を選ぶ……』
(俺が紫苑を想う気持ちが伝わってない訳じゃない、ただ欲しているんだ、紫苑自身が俺の側に居ていい理由を)
『肉の交わりを求めるのは、己の体に美を認めているが故、――それしかないと考えているが故に、か』
システムにもし生身の体があったなら、七海の理解力に舌を巻いて目を丸くしていただろう。
その名の通りシステムであるからこそ、把握している未来予知の裏側。
七海には絶対に見えない、紫苑が声に出さない心の悲鳴。
(――――ああ、なんて愛おしいんだろう)
『ちょい待ちご主人!? 今なんて言った!?』
(どうしたのさシステム、何か変なことを言ったかい?)
『どうもこうも、佐倉紫苑は厄介メンヘラッ! ご主人も見ただろう解釈違いで強制的に心中させられた未来を!! そんな精神性を…………愛おしいとそう言うのか??』
(いやだなぁシステム、人の恋人を精神異常者みたいに言うんじゃないよ。人より少しばかり自己肯定感が低めってだけさ)
『………………ご主人は大物だな、知らずの内に他の女をひっかけて修羅場で刺されるかもしれんぞ注意しろ。未来予知はご主人の未来は映さないんだからな』
(紫苑以外に誤解されるような事はしないって、システムは心配性だなぁ)
主人の精神性に驚くと同時に、システムは佐倉紫苑がどうして死を選ぶのか納得してしまった。
こうも受け入れられ愛されてしまえば、命を賭けて救われた事でもう今後の人生、他の男を異性として見れないだろう。
しかも記憶を失ってまでなお、側に居てくれているのだ、佐倉紫苑の心にのし掛かるプレッシャーは並の物では絶対にない。
「――ねぇ紫苑、泣かないで」
「…………なら、セックスしてくれます?」
「セックスはしたいけど、君が自分自身を肯定するためにセックスしたくないよ。もっと気軽に何も考えずに楽しみたい」
「……………………ちょっとぉ!! 七海先輩!? もう少しオブラートにっていうか、それチクチク言葉ですよ!!」
「いやだって、君が死ぬ時って俺の側に居る資格がどーとか考えてるよね?」
「なんで分かるんです!? 未来予知ってそんな所までわかるの!?」
「君を愛してるから」
「ッ!? ~~~~ぁう、ず、狡いッ、騙されない、騙されませんよ先輩っ!!」
なんて事をさらっと言うのだと、紫苑はドギマギした。
涙なんて何処へやら、甘いときめきと共に同様で視界がぐるぐるしそう。
それを見逃す七海ではなく、彼女の頭を優しく撫でて。
「はっきり言おうか、俺は君の顔とか体とかさ、そーゆのに大変好ましく思ってる。でも肝心なのを忘れてるよ紫苑は」
「忘れてる?」
「切欠がなんであれ、相手の魅力がなんであれさ、…………側に居たい、その気持ち一つで人間は誰かと一緒にいるんだ。紫苑だってそうだろう? 必要なのは資格じゃない、気持ちひとつだけさ」
「それは……」
本当にそれだけでいいの、そう思うのと同時に紫苑は納得もしていた。
心ひとつだけで、思い返せば最初の頃はそうだった。
お節介な変な人、とだけ思っていたのに、放課後を共にするのが当たり前になり、いつの間にか側に居たいと強く強く思って。
「…………本当に、いいの? 私、顔と体以外に何もないのに」
「そういうけどね、俺だって何もないよ。もし紫苑が俺に何かあるように思えるならさ……それは俺が君を想ってるから、君が俺の想いを感じ取ってるからだよ」
「…………先輩は私に何かを感じてくれてるんですか? 何かを持ってるって、思ってくれてるんですか?」
「紫苑は俺にない強さをしっかりと持ってるよ、じゃないと死を選ばない、うん、だって君は俺を想って死を選ぶ、それってさ逃げる弱さじゃなくて――愛するが故の強さって思うんだ」
むしろ、後先考えずに大切な記憶を投げ出してまで力を求めた事を、七海は己の弱さとすら感じている。
結果がどうであれ、過程がどうであれ、井馬七海という存在に未来予知は必要ではなかったのだ。
病院で目覚めて以降この力には感謝している、それでもなお不要とすら思っている。
「だからさ、紫苑はいっぱい我が儘を言ってもいいし、好きなだけ、心が求めるだけ俺の側に居ていいんだ。なんなら――俺たち二人に死が来ようとも一緒にいるよ」
「七海、せんぱい…………っ」
「それはそれとして、現実との擦り合わせはしっかりしようか、俺もたいがい今がよければ良いって考えだけど…………、流石に、ね?」
「もう少し浸らせてくれません??」
勝てないなぁ、と紫苑はため息を一つ。
でもその口元は笑っていて、こんな七海だから愛しすぎてしまうのだと。
きっとこの先に不安になる時があっても、一緒ならば大丈夫だとすら思えてくる。
「でも…………ありがとう先輩、私を愛してくれて、理解してくれて、嗚呼、惚れ直しちゃいましたよ~~、愛情いっぱいで今すぐにでも孕ませて欲しいです、おっきくなったお腹をみんなに見せびらかしたいみたいな??」
「前々から思ってたけど、紫苑って後先考えずに愛欲に溺れるタイプだよね」
「こんな私は嫌いです?」
「いーや大好き、実に俺好みっていうか俺もそんな感じ! ……でも今は遠慮しとくよ、だって今シたら未来予知で見た不幸が訪れるかもだからね!!」
「………………確かに、としか言えないッ!! ううううっ、ちっくしょ~~~っ、未来予知のバッカやろおおおおおおおお!! 先輩とのイチャイチャを邪魔しやがってッ! でも私が原因だから文句も言えない!!」
「言ってるも同然だねぇ」
大きな問題は乗り切った、ならば後は脱出するだけだ。
しかしその前に、愛しい彼女のご機嫌を取るのも吝かではない。
七海はどーしてやろうかと、ニッコニコの笑顔を向ける。
「…………あれ? 先輩? その顔なんです?? ちょ~~っと嫌な予感がするんですがぁ??」
「一時間ぐらい君への愛を証明しておこうかな、と」
「具体的には?」
「紫苑はそのままでもいいよ、あ、でも座ってくれると嬉しい」
「もう少し具体的に」
「変な事はしないよ、ただキスするだけ、おそいたくなっても我慢して軽くキスするだけさ」
「…………もしかして、私は動いちゃダメとか?」
「よくわかったね、紫苑は動くと暴走するから。――じゃあ始めようか、君のすべてに価値があるとキスして証明しよう!!」
「嬉しいけどっ、嬉しいけども何かちがーーーーーうっ!!」
ぴえん、と嘆きながら紫苑は七海に愛された。
抵抗することも出来ずに、キスの嵐に直撃された。
きっかり一時間後、案の定と言うべきか七海は自爆ダメージにより動けず立ち上がれず、復帰に時間がかかる見込み。
(先輩あんなに苦しそうに……こ、これは流石に罪悪感が襲ってくるっ!!)
(これが未来を変える代償……生殺しとはこんなにも辛いのかッ! だけど俺は耐えるぞ耐えてみせるぞ!!)
辛そうな彼を見て彼女は思案した、これは全身全霊でご奉仕するべきだと。
とはいえこの体育倉庫では、安全を取るなら最低でも明日以降にナニをするのがいい、ならば近い内にデートをして男の子のロマンをすべて叶えようと。
だから、言うべき事は一つだけ。
「ね、先輩。明日か明後日にでもデートしましょう! そして夜は……ううん、先輩が望むなら朝でも昼でも、どんなプレイでも……きゃっ、私ったらだいたーんっ!」
「…………よし、なら今すぐ脱出だ!! そうだな明日――いや、明日はデートプランを二人で相談して、明後日にデートだ!!」
「っ!? い、一日使ってデートプランを……ごくり、い、いいですよ女は度胸っ!! どんと来いってもんよぉ!!」
(あれ? デートするだけだよね? そんなに気合いがいるものだったっけ?)
(先輩がどんな要求をしても答える準備をしなきゃッ、――――ふっ、二年生になる前にお嫁入りかもっ!!)
微笑ましいすれ違いをシステムは気づいていたが、なま暖かく見守って。
そうとは知らず明日明後日の為にも脱出だと、二人は動き出したのであった。
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