第8話/避けられぬラッキースケベという悲劇の運命



(――何故、未来予知はもう一度変わったのだ?)


 主人がラキスケに陥ってる一方で、システムは困惑と驚きの最中にあって。

 システムが当初に受信した未来予知は、紫苑が転倒してパンツを丸出しにするという光景であった。

 だがどうだ、その未来は刹那で新たな未来へと、七海がラキスケる未来へと変化し。


(この場合の変数は何か、再度未来予知が来たとき何が起こった?)


 システムは、再び時系列を整理した。

 システムが意図してランダム予知をし周囲を確認したのを第一とし。

 第二が受信した未来予知、この時点では未来は変わった、そう、それまでとは違う未来だったのだ。

 第三、七海が紫苑を掴まえようと動き。

 ――その最中、また未来予知が変わった。


(ご主人だ、……ご主人が関わったからこそ短時間で未来が変わったのだ!!)


 これまでにも七海は、未来予知を覆している。

 花瓶が割れるを防いだ、看護師のパンチラを防いだ、佐倉紫苑の飛び降り自殺を防いだ。

 そう、――防いだ、である。


(今回は違うッ、防いでいないッ、失敗したのだ!! 変化の原因はコレだッ、失敗したからこそ――新しい未来に繋がった!! ………………佐倉紫苑のラキスケという未来へと!!)


 これは不味い、とシステムは焦りを覚えた。

 七海が介入したら、佐倉紫苑の不幸はラキスケへと変化する。

 その事で彼女の心が深く傷ついた場合、発生する未来は……。


(ま、不味いッ、不味すぎるッ!! 計算によると佐倉紫苑が死を選ぶ可能性が高まってしまった!! なんたる皮肉ッ!! ご主人が助けないと死の未来が待つのに、防ごうと関わる度に不幸の未来が増えていってしまうぞ!!)


 システムが戦慄し、この事を何時伝えようかともどかしく思っている時。

 紫苑の臀部から解放され、七海は呼吸を整えていた。

 荒い吐息が響く中、彼女はぺたんと座り込み両手で顔を隠して耳まで真っ赤。


(あああああああああああああっ、んもおおおおおおおおおおおおおおおっ!! なーーんーーでぇーー!! なんでこーなってるのおおおおおお!! 見られるならもっといいパンツ履いて来たのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 油断するんじゃなかったああああああああああああ!!)


 乙女の一大事である、佐倉紫苑は自身が不幸体質だと理解している。

 しかし、これはない、本当にない、あり得ない。

 どうして避けようとしたその日に、だからこそ使い古しのそろそろ捨て頃のパンツを履いている時に。


(よ、よりにもよってッ!! 七海先輩に見ーーらーーれーーたーーぁっ!! 他の誰かなら何とも思わないのにッ、ちょっと不幸なだけなのにッ、ううううううううううううううッ、先輩にズボラな女の子って思われちゃったらどーーーーしよーーーー!!)


(こ、これがラッキースケベ…………なんという破壊力だッ、でも――俺的にはその後の恥ずかしがってる紫苑の姿の方が…………じゃ、なくてさぁ!!)


(な、なんか言わなきゃっ、でも何を!? お、落ち着け私ィ!! もしかしたら、ちゃんと見えてなかった可能性も……!!)


『そのだな、ご主人。――佐倉紫苑の死の運命を覆す以外で未来予知を使うと、ラキスケ発生確率がグンと上がる上に連鎖的に佐倉紫苑の死の運命が増えるようだ』


(おわっ!? ちょ!! 今それ言う!? 大事だけど! 凄く大事なコトだけどさ!!)


 さぁっと七海の顔から血の気が引いた、まさかこんな事になるなんて思いもしていなくて。

 彼女を死なせない為に、不幸にしない為に側にいようとしているのに。

 佐倉紫苑を不幸にしている、その事実が七海の胸が冷徹で燃えるような熱情に満たされて。


(――――でも、だからって諦めるなんて嫌だ)


(ひぅ!? な、七海先輩がなんかすっごく怖い顔してるんだけどぉ!?)


(紫苑に危険が及ぶなら、俺の意志ではもう未来予知を起こしたりしない。…………だから今、これからずっと側に居られるように説得する、うん、逃がさない、絶対に、離さない、離れない――――)


『ちょっ、おいいいいいいいいいいいいいッ!? 何をしているご主人!? 未来予知の受信性能が爆上がりしてるんだが?? え? なにコレどうやっているんだご主人!? あー、これシステムめの声が聞こえてないやつだ暴走してるやつだ、正気に戻ってくれご主人!!』


 システムの声がどこか遠く感じる、七海は今、視界がとてもクリアに見えていた。

 喪った右目がどこかに繋がって、見えない筈なのに像が焦点を結ぶ。

 紫苑はまだ座ったまま、今なら掴まえられると目を輝かせ。


(これ私知ってる!! ヤバイヤバイっ、ヤバイってこれぇ!! ――――絶対に七海先輩はキスする気だああああああああああ!!)


 その視線の先の彼女は、盛大に勘違いした。

 無論、七海にその意図はない、だが紫苑にとっては何度かあった愛欲に支配されてキスしようとする直前の雰囲気にしか思えなくて。

 だめ、と衝動が体を突き動かそうとする、だって、何故ならば。


「せ、せめてリップを塗る時間をくださああああああああああああああああい!!」


「――しまッ、逃げられた!? チッ、待って、待てええええええええええええ!!」


『ぬああああああああああッ、受信感度が激増してる所為で未来予知が次々に飛び込んでくるッ!? 不味い、不味いぞご主人!! 早く追いついて抱きしめでもしろ!! 佐倉紫苑の不幸の未来が連続して――――』


 脱兎の如く、その表現が正しく思えるような走りで紫苑は逃走開始。

 翻るスカート、たなびく髪、七海は彼女の背へ必死に手を伸ばしながら追走。

 守る、守る、守る、彼の思考は単調な動きの機械になったよう。


(ああああああああああああんっ!! もおおおおおおおおおおおおおおお!! 七海先輩!! なんで追ってくるのおおおおおおおおおおおおおお!! こうなったら上履きのままだけど校庭に出る!! そんでどーにかする!!)


『おいッ、見えてるのだろうご主人!! このままだと野球部のホームランボールが佐倉紫苑に直撃してポケットのスマホが壊れた結果、精神を病む可能性が――』


(チッ、校舎の外に出た!!)


 暴走状態の七海の視界に変化が起きる、前を走る紫苑の前に、同じく紫苑の姿が。

 三秒後の未来が今と重なって見えているのだ、斜め右からやってきたボールが彼女のスカートのポケットを直撃し。

 ――――来る方向と当たる場所が分かっているなら。


「ド根性おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! キャッチ&リリース!! 手が思ったより痛ァい!!」


「ぷぇい!? ――あっぶな……って先輩!? 手!! 手、大丈夫なんですか!? 今なんか飛んできたボール取りませんでし……あ、もしかして私に直撃コース……??」


『来たぞ連続コンボだ!! 佐倉紫苑のブラホックが外れるッ!!』


 システムが警告を入れた直後であった、七海の手を心配そうに両手で掴んでいた紫苑の顔がすんと無表情に。

 続いて目を白黒させ、七海の手をそぉっと離し一歩後ろに下がった。

 彼は何も考えずに彼女の両肩を掴むと、力ずくでぐるりと背中を向かせ。


「――――これでよかった?」


「あ、はい、助かりました…………んんっ??」


「ふぅ……なら今日はもう帰ろうか、家まで送るよ。上履きのままだし、一端部室まで戻ろうか」


「…………………………ぇ??」


 紫苑の手を引いて歩き出す七海は、体から力が抜け強い虚脱感に襲われているのに気づいた。

 きっと、先程までの奇妙な状態の反動で、今はとにかく甘いモノが食べたい。

 そんな彼に手を引かれるがままの彼女は、非常に強い違和感を覚えていて。


(え? 変だったよね、今、もの凄く、なぁぜぇ?? なぁーーんでぇ?? ――――どうして七海先輩は、右から飛んできたボールを正確にキャッチできたの? 何時気づいたの?)


 それだけじゃない。


(ブラのホックが外れたとか一言も言ってないのに、何で? 何で何で何で?? しかもブレザーの上から正確に素早く、…………まるで未来が見えてたみたいに)


 未来を予知していた、そんな馬鹿げた考えが浮かんだ瞬間。

 彼女の脳内は強い疑惑でしめられる、まさか、が、もしかして、に変わっていく。

 だってそうだ、病院にお見舞いに行った日は。


(私は、一目だけ会って……死ぬつもりで)


 退院の日だって、同じ事が起こった。

 死のうとした日に限って、七海は精神を暖かく満たすようなスキンシップを行い。

 ――まるで、自殺する未来を阻止するように。


(ぁ……ああ、せ、先輩? なんで、どうして、私、そんな望んで)


 言葉が上手く纏まらない、自分で自分が何を言いたいか分からない。

 手を引かれるまま部室に戻る、部屋の隅の床に置いてある通学鞄を七海は回収する。

 それを呆然と見ていた紫苑は、ぽつりと呟いた。


「…………もしかして、未来が見えてるんですか先輩?」


「ッ!?」


『ぬッ!? どうやって悟った佐倉紫苑ッ!? 僅かな違和感から正解に至ったとでもいうのか!? なんたる愛が激重女だッ!! 危険だ、ここは慎重に答えるのだぞご主人ンンンンンンン!!』


 システムの声を若干五月蠅く重いながら、七海はどう答えたものか強ばった顔のま硬直したのであった。


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