第4章 シスル少年探偵団 第1話

あの日、ユースフ兄様に前世を告白してから数日経ち、その日は学院の休みの日だった。

朝早くから父は騎士団長として魔獣の討伐の為に森へ野営に行き、母もギルド長として隣国の偵察に出かけていた。


私は早々に剣術と体術の鍛錬を終えて、薬草の本を読みながら、兄達が剣術を鍛錬する様子を眺めていた。


さすが優秀な兄達だわ。

俊敏な動きすぎて見えない部分もあったが、どうやら何かいつもと様子が違う鍛錬。

あら?

ジェイク兄様らしくないわ。

剣術では誰もジェイク兄様の隣に立てないのに、今、一瞬だけ隙が出来たわ。

あらあらあら。

ユースフ兄様が笑って剣を突きつけているわ。

こんなこと、あったかしら?

ジェイク兄様は顔を赤らめて、何やら興奮した様子だし。

…あの2人、何しているの?


手にした薬草の本も閉じ、いつもと違う2人の様子を見ていた。


勝負がつきそうになり、何とか体制を取り直したジェイク兄様がユースフ兄様に勝利し、鍛錬が終わったようだ。

そして、終わるなり、ジェイク兄様が勢いよく私の方へ走って来られた。


「ジェイク兄様?」


「チェルシー!

どうして俺がっ。」


「え?

どうしましたの?」


「兄上、そんなに興奮しないで下さいってば。

チェルシー、あの話は終わったよ。」


「話…。

あぁ、あれを今話されていたのですか?

鍛錬をしながら?」


「うん、鍛錬中に話せば、もしかしたら兄上に勝てるかもってね。

まぁ、最後は押し負けてしまったけど。」


「お前は…。

はぁ。

隙を突かれそうになったのは話に動揺したせいだ。

チェルシー、汗を流したら、俺にもその相関図とやらを見せてくれ。」


「あ、はい。

部屋でお待ちしております。」


「兄上は汗臭いですからね。」


「お前はどうしてそんなに爽やかにしていられるのか…。

まぁ、それがギルドには必要なことか。

…後でな。」


汗を流すと言う兄を見送る。


「鍛錬中に話すなんて、ユースフ兄様はジェイク兄様で遊びすぎですわ。」


「えー。

だって、兄上が動揺するのわかってたし。

それなら、1回ぐらい勝ってみたいって思っただけだよ。

ただの力任せな剣術では無いから、普通には勝てないからね。」


「卑怯に勝っても意味ないですわ。

でも、ジェイク兄様は本当にお強いですね。」


「あぁ、そうだね。

動揺させても最後はどうしても敵わない。

この国の騎士団の未来は安泰だろうね。」


ユースフ兄様の言葉に頷き、私達は相関図を隠している私の部屋へと向かった。





汗を1つもかいておらず、そのまま私の部屋に来たユースフ兄様とお茶を堪能していると、扉を叩く音がした。


「ジェイク兄様、どうぞ。」


ガチャリと開いた扉。


「邪魔をする。

あ、少し込み入った話をするから、お前達は出ていろ。

ギルドの者も近づかないように。」


「かしこまりました。

申し伝えます。」


ジェイク兄様の言葉に、使用人達は影の護衛も含め、全て席を外させた。


「兄上、さすがですね。

指示する様子が素敵です。」


「ユースフ、からかうな。

お前の手駒も近づけるなよ?」


「えぇ、払ってますよ。」


ジェイク兄様が席に着き、私達は話を始めた。





「これが…そうなのか。」


「えぇ、チェルシーの前世の記憶を元にして作ったそうです。」


ジェイク兄様が相関図をマジマジと見つめる。


「隣国の王子も関わっているのか。

この国は友好的とは言えないからな。

それで、これが…。」


「えぇ、そうです。

恋路を邪魔する者は悪役令嬢と書かれていますが、兄上は男性ですので悪役令息と。

ニキータにも婚約者はいないようですからね。

このようには?」


「ならん。

なるわけがない。

ニキータはただの同級生だ。

友と言えばそうだろうが、決して親密でも何でも無い。

何せ、この家は叩けば埃が出る。

そんな家の人間に好意など…。」


「…1つも?」


「あぁ、1つもだ。

チェルシー、お前がこんな…。

いや、お前じゃ無いんだよな。

前世の記憶か。

だが、俺は男色ではないぞ。

今婚約者を決めていないのは事実だが、将来のことを考えれば結婚相手は慎重に選ばなくてはいけない。

ぬるま湯に浸かったお嬢様など、騎士団の長を目指す者の嫁には相応しくないからな。」


「へぇ、兄上も婚約者について考えてたんですね。」


「当たり前だ。

なぁ、チェルシー。

この悪役令息の部分は消してくれ。」


「あぁ、そうですわね。

わかりました。

×印をしますね。」


私は相関図と今の事実と見比べてみて、違う部分は×を付けていた。

兄に言われるがまま、ニキータ様とジェイク兄様の間に描いていたハートに×を付けた。



「俺のことは別として、この相関図は凄いな。

前世とは半信半疑だったが、これは…。

うん、凄い。」


「でしょう?

私だって最初は驚きました。

それで兄上、ご提案なのですが。」


「何だ?」


「私達3人で、この相関図に載っている人のことを偵察するのはどうでしょうか?」


「ユースフ兄様、あの、全員をですか?」


「うん。

出来たらそれぞれの婚約者の今がわかればそれも。

それならば、チェルシーが暗殺される未来にも対処できるかと。」


「…あぁ、そうだな。

チェルシーが命を落とすなど考えたくも無い。

ただ、今はこの相関図と違う部分がある。

リカルドがチェルシーを暗殺する未来はどう考えても見えない。

宰相は未だに夫人が王子妃を諦めていないから、信用できないが。」


私達は相関図をマジマジと見つめる。


「ユースフ、偵察はいい案かもな。

この主人公とされている令嬢の今を調べるところからか。

もしこの令嬢が存在しているのであれば、チェルシーの前世にも信憑性がつく。」


「そうですね。

今後は大人の手を借りなければいけないことも出てくるでしょうから、確固たる証拠は欲しいところです。」


「だったら、この令嬢が今、庶子として存在しているかを調べに行こう。

王都からもそんなに離れていないから、時間はかからないだろう。」


「では、次の休みに。」


「あのっ。」


「どうした?」


「ユースフ兄様には事細かに話して信用して頂きました。

でも…。」


ユースフ兄様の時よりも詳しく話していないのに、ジェイク兄様は疑うこと無く、信じてくれて、動いてくれようとしている。

俯く私の頭に手を置くジェイク兄様。


「チェルシーのことは信頼している。

妹である前に、芯をしっかりと持った者だと。

それにユースフのことだって、右腕になって貰いたいぐらいに信頼している。

そんな2人が言っていることが嘘など、そんなことは無い。

お前達2人のオムツだって交換した兄だぞ?」


兄からの信頼が嬉しい。

そして、私達を気負わせないように冗談を言うジェイクお兄様。


「赤ちゃんの時は不可抗力ですわ。

さぁ、相関図に沿ってお話ししますから。

…でも、その前にケーキを食べましょうよ。

鍛錬した後だから、お腹ペコペコですわ。」


「あぁ、動いたら腹は減るな。」


「考えるにも糖分は必要ですからね。」


私の兄がこの人達で良かったと、心底感じていた。

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