第2話

「チェルシー、授業がつまんない。」

「チェルシー、剣が重たいから魔力で浮かせたら駄目かな。」

「チェルシー、このご飯、毒が入っている。」

「チェルシー、この魔獣は殺せるの?」


入学してからずっと、リカルド様の話は私の名前が最初に出てくる。

懐かれていて嬉しいような、不思議な気持ちだった。


4人で食べる昼食の時間はとても楽しくて、あっという間に過ぎてしまう。


「リカルド、好き嫌いしたら身体に筋肉がつかないぞ?」


「筋肉…。

チェルシーは好き?」


「え?えぇ、そうですね。

無いよりはあった方がいいかと。

その方が強くなれますよ。」


「そっか。

でも、ユー兄は無いよ。

とても強いのに。」


「ふふっ。

こう見えても程よく鍛えていますよ。

兄上のように筋力だけで戦ってはいませんからね。」


「ユースフ、一言多い。」


確かに前世でいう細マッチョとか隠れマッチョというようなユースフ兄様。

ジェイク兄様はバッキバキに鍛えられているから、子どもとは思えない程の筋肉だった。


「ユー兄ぐらいでいい。」


「ふふっ、そうですね。

リカルド様がジェイク兄様みたいになったら、ちょっと困りますものね。」


「チェルシーまで…。」


そんな昼食を過ごし、クラスでもどこでもリカルド様と一緒の私。

案の定、お友達と呼べるお友達が出来なかった。

王族に気軽に話しかけるなんて、そうそう出来ないものね。

私だって伯爵家だけど、王家がシスル家と懇意であり、何よりリカルド様本人が私としか話をしないので、周りも何も言ってこない。

まぁ、何か嫌がらせなどがあれば兄達が黙っていないから、兄達にも守られている。


たまには女の子ともお話したいけれど…。

王妃様が開くお茶会にお母様と一緒に参加するけれど、お母様のオーラが怖いのか、それとも王妃様が怖いのか、私達のテーブルには誰も寄りつかない。

たまにマカレナ様があのご夫人と一緒に挨拶に来られるけれど、その度に王妃様とお母様から睨まれて、怯んで戻ってしまわれる。


マカレナ様はとっても可愛らしいお嬢様だから、母達の睨み合いは別として、一緒にケーキでも食べてみたいのにな。

隣で黙々とケーキを食べているリカルド様はそんな睨み合いも、マカレナ様の可愛らしさにも興味が無いようだ。


「チェルシー、それ一口食べたい。」

「私のですか?」

「いろんなの食べてみたい。」


あぁ、女子達がケーキをシェアするような的なやつですね。

私はケーキをすくい、リカルド様に手渡しするつもりでフォークを差し出した。


バクッ。


え?


フォークから消えたケーキは、どうやらリカルド様がモグモグされているケーキのようだ。

意図せずにアーンしてしまった。

これはさすがに照れる。

周りもざわめいているわ。

そりゃそうよね。

何が嬉しいのか、リカルド様はモグモグしながら、すんごい笑顔ですもの。


「まぁ、リカルドったら。

そんなに嬉しいのね。

あなたの笑顔が見られて、母はとっても嬉しいわ。」


あまり表情の無いリカルド様が年頃の子どものようににこやかにしている様子に王妃様は感動されている。


「チェルシーちゃんはすごいわねぇ。

学院から帰ってきても、前は部屋に籠もっていたのに、今はチェルシーちゃんのことを、それはそれは嬉しそうに教えてくれるのよ。

こんな日が来るなんて、1年前は思ってなかったわ。」


「私の話ですか?」

何か変なことしてないかな?と心配になる。


「チェルシーちゃんが名前を呼んでくれた回数とか、目を見てくれた回数とか、馬車から教室までの歩数も毎日数えて教えてくれてね…。」


「ちょっと、待って、アイシア。」


「え?どうしたの、カイラ。」


「あの…娘の毎日のことを…数えて教えているの?」


「えぇ、そうよ。

まぁ、私もね、最初はちょっと…、うんだいぶ大丈夫かしら?って思ったんだけれどね、でも、目をキラキラさせて話してくれるの。

今まで話すことさえ珍しかったのに。

ごめんねチェルシーちゃん、ちょっと気味が悪かった?」


私の母は顔が引きつっていた。

もちろん、話が聞こえていたであろうご婦人方も。

王妃様も私の反応を心配されていた。


でも、その横でまだモグモグ食べているリカルド様を見ると、目が合ってニッコリと。

その顔を見ていたら可愛く思えてしまって、何でもいいかと思ってしまった。


「いいえ、大体の視線は気づいていましたし、まぁ、数えてまでいらしたとは知りませんでしたが、それもリカルド様ですもの。

でも、リカルド様。」


「チェルシー、何?」


「授業中はちゃんと授業に集中して下さいね。

何かを数えるのは授業以外ですよ?」


「わかった。

チェルシー、いちごあげる。」


そう言って差し出されたいちごが刺さったフォーク。

素直に食べる私に、母達は「これは2人なりの親交なのだ」と、口出ししないことにした。


「ブラン、もっといちご。」


「はい、ここに。」


「そんなに食べられませんわ。

ブラン、下げて。」


「はい、かしこまりました。」


「むぅ…。」


「また昼食でお出ししますからね。」

2人の世話をするブランもどこか楽しそうだし、これで様子を見るかと母達は話していた。


お茶会は十分に牽制できたようだった。





それから3年の月日が流れ、私と殿下は4学年となった。

ジェイク兄様は中等部へと上がられたので、昼食は3人だけになってしまったのは寂しい。


リカルド様はというと、最初は「この王子は大丈夫なのか?」と誰もが心配していたが、言葉遣いも成長を見せ、変な片言ではなく、自分の表現が出来るようになられていた。



そして、私とリカルド様は学院だけでは無く、王宮で過ごすこともあった。

王宮にはお茶会とは別に、「月に1度は訪問してね」と王妃様に言われ、この3年間、それを誠実に守り続けていた私。

広大な王宮の図書館が魅力的だったこともある。

ほとんどの時間を私達は図書館で過ごした。


その日もいつものように図書館で人体に関する本を読みふけっていると、隣で軍事力の本を読むリカルド様の視線に気づき、目が合う。


「チェルシー、それ、そんなに面白い?」


「えぇ、人の身体の仕組みがわかりますから。

急所とかわかっていると、鍛錬に役立ちます。

その本は…、リカルド様は軍事に興味があるんですか?」


「ううん、別に戦争をしたいとかそういうのじゃないよ。

ただ、軍を率いるのならどこに誰をとは考える。

でもそんな事態が起これば、最前線には僕が立つよ。」


それは国の犠牲に自分がなると言っているようなことだった。


「あの、リカルド様が最前線にとは誰も望んでいませんよ。

主を守るのは臣下の役目だと、騎士団長を務める父も常々言ってます。」


「僕は守られるだけというのは嫌だ。」


「リカルド様?」


「幼い頃はチェルシーに助けられた。

でも、今は僕も剣を習ってる。

勉強もチェルシーと一緒にしているから、わかるよ。

それから、チェルシーの家のことも知ってる。」


「家の…とは、お母様の方の?」


「うん。

チェルシーがそっちに進むかもしれないことも。

だからね、軍隊を率いた時、裏で君が暗躍するのなら、危なくなる前に僕が守る。

だから最前線に立って、裏にまで手を出させない。」


「まぁ、そのようなことをお考えだったのですね。」


「うん。

失いたくない人を守る為に剣を持つし、持ってる知識を使う。

そう皆から教えて貰った。

チェルシーが切られそうになったら、君の前に立つ。

僕は痛いという感覚も人よりも鈍いから、大丈夫だ。」


「もう…、鈍くても痛いものは痛いんです。

それに王子に守られる伯爵令嬢などと、聞いたことが無いです。」


「前例が無くてもいい。

必ず守ると決めている。

チェルシーは誰にも殺させない。」


頭のネジがぶっ飛んだ王子は成長し、彼なりに私を守りたいと、そう思ってくれているらしい。


私はヒロインでも無い、ただのモブなのに…。

マカレナ様との婚約も邪魔をして、ヒロインが現われたとしても、もしかしたら今の彼なら無反応かもしれない。

そんな風にゲームの世界を変えてしまってもいいのかしら?と疑問に思った。


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