第2話

私は家に帰ると、夜からの仕事の準備をしていた母の元へと行き、湖での出来事を話した。


「よりによってアイシアに…。」


「王妃様はお母様をご存じだと。

仲良しさんだっておっしゃっていました。」


「私達が?

まぁ、学院では一緒だったけれど。」


「王妃様はとてもお優しそうな方ですのね。」


「チェルシー、それは違うわ。

そんな認識は今すぐ捨ててちょうだい。

あれは皆ににこやかにしているし、物腰も柔らかいわ。

でもね、とっても曲者なの。」


「王妃様がですか?

そのようには…。」


「隠しているのよ。

隠せるぐらいの力ってことよ。」


それは相当な魔力量だと暗に示していた。


「それにね、私と同じぐらいの鑑定スキル持っているから、きっとバレたわ。

だからアイシアだけには会わせないようにしていたのに…。」


頭を抱える母に、「申し訳ございません。」と謝った。


「いいのよ、チェルシーは何も悪くないわ。

国王にならごまかせると高をくくっていた私達がいけないの。

それで、アイシアは?」


「改めてお礼に伺いますと伝えてと。」


「はぁ…、わかったわ。

今日はゆっくり休んでね。」


「はい。

お母様もお仕事、お気をつけて。」


「えぇ、今日は何人でも倒せそうね。」と肩を回す母を見送った。





あの湖での出来事から3日後、シスル伯爵家にとても高貴なお客様が来られた。


「たかが伯爵家に国王が来るとはな。」


「そう言うな。

私だって外に出たいんだ。

久しぶりにエスターの家を訪ねたかったからな。」


「私もカイラが嫁いだ家に来てみたかったの。

ちっとも呼んでくれないんだもの。

それにしても、カイラの好みの家具ばかりねぇ。」


「敢えて呼ばなかったのよ。

あなたは王妃なのよ?

それに私好みのは、あなたの趣味では無いでしょうから。」


国王、王妃、王子が伯爵家の来賓室に来ていた。

お茶を出すメイドの手も震える。



「今日はねチェルシーちゃんにお礼に来たの。

これは気に入ってくれるかわからないんだけど、これから学院でも使えると思ってね。」


差し出されたのは丁寧に仕上げられた筆記具のセット。

可愛いし、確かに使える。


「ありがとうございます。

有り難く使わせて頂きます。」


「ふふっ、女の子って、本当に可愛いわねぇ。」


そこで王子が口を開いた。


「父様、チェルシーがトビーを殺してくれたんだ。」


王子の言葉に私以外の家族が固まる。

うん、この口調のせいよね。


「リカルド、もう少し言い方を変えてみようか。

守ってくれた、そうだろう?」


優しく諭す父に頷いている。


「わかった。

チェルシーがトビーを殺して、守ってくれたんだ。」


わぁー、わかってないじゃない。

父も母も目が怖いわ。


「ふふふ。

まぁ、ちゃんと言えた方よね。

リカルド、偉いわ。」


え、王妃様、それでいいの?


「…ねぇ、アイシア。

子育てについて何か言うつもりは無いんだけどね、でも…。」


「えぇ、そうね。

わかっているのよ。

家庭教師からも匙を投げられたから。」


「え?

誰に頼んだの?」


「ほら、私達の先輩のマイラー様よ。」


「えぇ、もちろん知っているわ。

マイラー様にはうちもお願いしたからね。

チェルシーの時はもう家庭教師を辞めたと言われたから諦めたけれど、上2人は習ったわよ。

あ、でも…、ユースフは短期間で終わったわね。」


「えぇ、母上。

習うことは早く覚えましたから、家業に役に立つことを教えて欲しいとお願いし、何度か解体書について聞いていたら、教えることは終わったと言われてしまいましたね。」


えぇぇ…。


「人が死ぬ仕組みを知りたかっただけなんですけど、追い詰めてしまったようです。」


「ユースフ、わかったわ。

お願い、もう黙って。」


「あらぁ、そうだったのね。

カイラも私に言えないじゃない。

だってね、マイラー様は少しだけ授業をした後、もう同じような人には関わりたくありませんって。

あれって…。」


「言わないで。

よーく理解したから。」


きっとユースフ兄様のせいだわね。

目の前のニコニコしている王子を見て悟った。


「では、剣術はどうしたのだ?

魔獣であるトビーに不用意に近づくなど…。」


父が国王に尋ねる。


「それはお前が断ったんだろうが。

私はエスターに鍛えて欲しかったのに。」


「あれは本気だったのか?

冗談だと思ったし、俺は我が子らで手一杯だと言ったんだ。

3人もいるんだぞ。

それに、第2騎士団長も剣術に長けているし、魔獣に関しても知識は十分だ。」


「…あいつに頼んださ。

だが、1回目の鍛錬で泣きつかれた。」


「は?」


「容赦なく剣を向けてくる我が子の顔が怖かったと。」


あぁ…と、私達は理解した。


「父様、剣は持ちたくなかったのに持てと言われました。

だから、首を取ろうと思っただけです。」


悪びれる様子も無い王子。


「…わかった。

今後は私が面倒を見る。

リカルド様、この伯爵家で剣術を学びますか?」


父の問いかけに、「ここでなら重くても持ってみる。チェルシーも一緒?」と返す王子。


「えぇ、チェルシーも同じように剣術を学んでいます。

ただ、ここでは王子としてではなく、1人の男として剣を学ぶ覚悟はありますか?」


「うん。

チェルシーみたいに魔獣を切ってみたい。」


私、何か凄く悪影響を与えていないかしら?

にこやかに話す王子に国王も王妃も上機嫌だが、やっぱりどこかおかしい王子だったのねと私は思った。


そんな私にジェイク兄様が小さな声で話しかける。


「何か、ユースフが2人いるような気がしないか?」

「ジェイク兄様、皆が口に出さないのです。

わかっていても黙ってて下さいませ。」


ニコニコと笑う王子とユースフ兄様。

家庭教師さえも教えることを拒む2人を親達はどう思っているんだろうか。

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