第7話 隠しアイテムは大切です


「アユムさん、怪我はないですか?」

 私はすぐに振り返り、アユムさんの安否を確認する。

「あ……え……はい……」

 うん、引いてるな。

 モーニングスターを振り回す生き遅れ年増女ですもんね。

 仕方ない。

 今は生きることだけを考えないと。


「とりあえず、もうこの層には魔物の気配はありませんし、安全そうですね。ここでひとまず休みましょう」

 私は泉の辺りで足を進め腰を折ると、両手で泉の水を口に含んだ。

 ひんやりとした水分が戦い続きで熱を持ち乾いた喉を潤す。


「ん。冷たくて美味しい!! アユムさんも飲んでください!! 元気になりますよ!!」

「は、はぁ……」

 私に急かされるように、アユムさんも私の隣に腰を下ろすと、泉の水を一口口に含んだ。


「!! 美味しい……」

「でしょ?」

 さっきまでスライムがフヨフヨしていたと思うと何とも言えない気持ちになるけれど、背に腹は変えられない。


 ぐぅぅぅう……。

 もうひと掬い水を飲んだところで、隣から小さく響く音。

「すみません。二日前落とされてから何も食べていなかったので……」


 そうだ。

 この人は私が屋敷の暖かい布団で寝ている間も、美味しいご飯をいただいている間も、慣れない異世界で、しかもこのダンジョンで一人、恐怖と戦っていたんだ。

 いくら炎の魔石で灯りが出せて暖まることができるとはいえ、心細くないはずがない。

 私に何かできることがあればいいんだけど──そうだわ!!


「アユムさん、これよかったら食べてください」

 そう言って私はドレスの胸元に手を突っ込むと、中の内ポケットから二粒のキャンディを取り出し、一粒をアユムさんへと差し出した。


「またあなたは……どこに入れてるんですか……」

「へ? あぁ、胸の部分には内ポケットがついていて、いつも非常食や解毒薬を常備しているんです」


 常に襲われた時を想定して準備をしておく。

 これは王妃教育で学んだことだ。

 立場上、いつ誰に襲われるかわからないし、そうでなくても私を葬りたい輩は大勢いるのだから。


「は、はぁ……。でも、女性が簡単に男性の前で胸元や太ももを晒してはいけませんよ。何があるかわからないんですから」

 真面目な表情で私を嗜めるアユムさんに、トクンと鼓動が跳ねた。


「じょ……せい……?」

「はい」


『役立たずの脳筋め!!』

『お前、実は女ではなく男なんじゃないのか!?』


 そう罵られ続けた十数年間。

 女性だといわれた上心配されるだなんて初めてで、跳ねた鼓動がうるさく打ち続ける。


「そ、それより!! 食べてみてください!!

 私がはぐらかすように無理やり話題を変えると、アユムさんはまだ納得していないながらもキャンディの包装から出して口の中へと招き入れた。


「どうですか?」

 しばらく舐めるのを確認してから私が尋ねると、アユムさんは不思議そうな顔で自身のお腹に手を置いた。

「飴なのに……お腹がふくらんできました……!!」

「ふふ。よかった。これは宮廷魔術師であるお父様が作ってくださった特別なキャンディで、一粒でお腹がいっぱいになることができるんです」


 こんな素敵なキャンディを作ってくれたお父様には感謝せねば。

 残りは四粒。

 大切に使わないと。


 二人泉のほとりに並んで甘いキャンディを舐めていると、「ふぁ……」と隣から小さな欠伸が聞こえた。

「あら、眠くなりました?」

 私が尋ねると、アユムさんは少しだけ恥ずかしそうにして「だ、大丈夫です」とうつらうつらと倒れそうだった身体を起こしてピンと姿勢を正した。

 何とも真面目な方だ。


 だけど眠くなるのも無理はない。

 魔王を倒して城に帰還してすぐ凱旋パレード。

 そしてその翌日には追放され、それからこの“ヨミ”で一人だったのだ。

 気が抜けない中でぐっすり眠れるはずもなく、疲れもあるのだろう。


 ついにはアユムさんの瞼は降りきり、頭は私の方へぽすんと落ちてきた。

 ずっしりとした重みを肩から自分の膝へと移動させ、私は彼の頭をそっと撫でた。


「おやすみなさい、アユムさん」


 こうして慌ただしい日を終えた私も、そのまま夢の中へと落ちていくのだった。

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