第2話 死のダンジョン“ヨミ”


 ──暗い。

 でも所々の岩についている光苔ヒカリゴケのおかげで、うっすらと周りは見えるから、歩けないこともない。


 ゴツゴツとした岩壁。

 ひんやりとした冷たい空気。

 魔法のロープによって吊るされながらここまで落とされてしまえば、私がどんなに上を見上げても出入り口は遥か遠く、もう外界の光は見えない。

 ここが絶望のダンジョン。

 あちらとこちらを繋ぐ“扉”が存在する場所──“ヨミ”。


 今から十年ほど前、この“ヨミ”の第五層目で鍵のついた“扉”が発見された。

 あちら──世界へと続く“扉”。


 私には前世の記憶がある。

 魔法などと言うものが物語の中にしかない世界──日本という国で前世の私は生まれた。

 

 花の女子高生最後の年。

 大学も決まって、これから彼氏を作ってエンジョイするぞ!! ……と友人達と意気込んでいた──そんな時だった。

 前日の大雨の影響で増水した川沿いを歩いて登校していると、私のすぐ目の前で、増水した川を覗き込んでいたランドセルを背負った男の子が川へ落ちたのだ。

 増水しているとはいえ、高校生である私ならば大丈夫だと、私はすぐに飛び込み、傍に生えた草に捕まる男の子を抱え、土手上へと押し上げた。

 そしてすぐに自分も上がろうとしたけれど、ぬめりに足を取られ、さらには増水し流れの速くなった川に流されてしまい……、気づけばこの世界で、キラキラした美人なお母様とお父様に囲まれていた──というわけだ。


 ──異世界転生。

 しかも記憶付きって、なんて素晴らしいチート!? ──と喜んだけど……。

 身体はごく普通に赤ん坊だし、「あむあむ」「まむー」ぐらいしか発語できないし、動けないしで、最初はものすごく苦労したのを覚えている。

 何よりおむつ替えの時の羞恥心よ……。

 あぁ、思い出したくもない。


 と、話は逸れてしまったが、この“ヨミ”にある扉は、なんと私の前世の世界と繋がっているのだ。

 私が前世住んでいた日本という国に。

 しかも私が転生した時間軸は日本のある世界とは別の時間軸で、なんと扉が発見された時の西暦は私が死んで一年後だったのだから驚きだ。


 “扉”とその鍵が発見された最初の頃は、あちらの世界はこちらを、こちらの世界はあちらを攻めようと、危うく世界戦争になりかけたらしい。

 だけど当時のあちらの総理大臣、厚木総一郎含む各国首脳と、この聖マドレーナ王国の王ジル国王との間で協定が結ばれて、事なきを得た。


 それから法整備が進み、今では聖マドレーナ王国の国宝である“ヨミ”の魔物除けの魔道具を持つ限られた役職の者だけが時々行き来しているくらいだ。

 決められた者だけが“扉”とともに発見された鍵を持ち、通ることを許され、それ以外の者は通ることができない不思議な“扉”。


 とりあえず“扉”は放置で、このダンジョンで生き延びることを考えよう。

 幸い私には、魔法は使えないが腕力がある。

 武器だって隠し持っているし、私の武術ならば生き延びることは可能だ。

 よし、早速寝床でも──……。


「ギギィィイイイイ!!」

「いやー!! 何この音!!」

 黒板を爪で引っ掻いたような深い音が響き渡り、私は顔を上げあたりを見回した。

「っ!!」

 うそ……囲まれてる──!!


 くすんだ黄土色の肌。

 緑色のぎょろりとした目。

 端の尖った大きな耳と口。

 王立学園の授業で習ったわ。

 これは──ゴブリン……!!


 いくつもの緑玉がこちらを見て、そして一斉に飛びかかった──!!


「ギギギギギイイイイイ!!」

「っ!! この──っ!!」


 私が隠し持っている武器を繰り出そうとドレスの裾に手をかけたその時──。


 ザンッ──シュッ……!!


「へ?」


「大丈夫ですか?」


 バタバタと次々に倒れるゴブリン達。

 と同時に、落ち着いた深く低い声が響く。

 そしてその屍の間を通り、黒髪の若い騎士が、白く光り輝く剣を片手に私を見下ろした。

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