急いで!初恋

イノウエ マサズミ

第1話 バレンタイン前夜

「真美、友チョコの数は合ってるの?」


「えっとねー、同じクラスの女子が18人でしょ、別のクラスの仲良しの女子が5人、部活の同期が8人、お父さんへの義理が1個、合計32個!ピッタシカンカンだよ、お母さん!」


「この32個のうち、真美の力だけで作ったのって・・・」


「ははあっ、母上、大変かたじけない!」


 伊藤真美は母の咲江に向かって土下座をした。


「アハハッ、そこまでしろなんて言ってないよ、真美。来年はもう少し自分で作れるように、少しレシピを覚えなさい、ね」


「うん!」


 バレンタインデーが、女の子から好きな男の子へとチョコを渡して告白する日じゃなくなったのはいつからだろう。


 いや、今でも本命チョコってのはあるんだと、毎年旦那の伊藤正樹に気合の入ったチョコを贈っている咲江は、信じている。


(それが女の子の楽しみじゃないかな?アタシはそのバレンタインのお陰で結婚できたようなものだもん♪)


 伊藤咲江は大学1年生の時に、軽音楽サークルの1年先輩、伊藤正樹にほぼ一目惚れし、約10ヶ月の片思い期間を経て、バレンタインデーに伊藤正樹に手作りチョコを渡し、正樹も咲江のことが気になっていたことから、スムーズにカップルになったのだった。


 そのまま2人は付き合い続け、正樹が社会人1年生、咲江が大学4年生の時に婚約し、咲江が大学を卒業するのを待って結婚した。


 赤ちゃんが出来たから…という訳でもないのに、なんでそんなに急ぐのか?と伊藤家の両親も、咲江の実家、石橋家の両親も訝しがったが、咲江は伊藤家に就職する!と言って、正樹に対する愛を貫いたのだった。だからこそバレンタインデーという日は、咲江には特別な思い入れがある。


 そんな2人に、結婚して二年目に舞い降りたのが、一人娘の真美だ。


 正樹が中高時代にバレーボール部、咲江が中学でテニス部、高校で陸上部、そして2人が出会った大学では2人とも軽音楽部という血筋を引いているため、真美もスポーツが好きで音楽センスもある、明るく楽しい女の子に育ち、伊藤家はいつも笑いの絶えない、明るい家庭になった。


 そんな中、無事に小学校を卒業し、中学生になった真美は、中学時代は両親が経験していないスポーツ系の部活に入ってみようと、バドミントン部に入ってみた。


 そこで出会った同期生は8人。バドミントン部の中で、更に男子部、女子部と分かれていたが、真美を入れて9人中、男子は2人だけだった。女子7人はみんな真美との相性が良く、いつしかバド部女子7人組等と他の部活から呼ばれる程になった。


 だが同期の男子2人には、いつもエッチなイタズラばかりされていたので、同期の女子7人とも、最後のバレンタインのチョコは、あの2人に上げるのはやめようか?という話も出ていた。

 中1、中2と、女子7人組はバド部の男子にチョコを贈ってはいたが…


「高校受験の勉強時間を割いてまで、アイツらにチョコを手作りするなんて、あり得んよね?」


 ある日、真美のバド部同期で、部長も務めていた佐藤真由美という女子が、たまたま廊下ですれ違った時に、真美にそう言ってきた。


「うーん…。まあ、あまりいい思い出はないもんね」


「真美ちゃん、あ・ま・り、じゃなくて、ぜ・ん・ぜ・ん!だよ!」


 佐藤真由美の、今だに根深い男子2人に対する怨念の気持ちを聞かされ、真美は苦笑いするしかなかった。


 真美や佐藤真由美の同期の男子2人、上野と高岡は、女子の着替えを覗くなんてしょっちゅうだし、真美が偶々見た限りでも、他のバドミントン部の同期の女子に、校内ですれ違っただけで胸やお尻に瞬間的に触ってきたり、スカートをめくったり、あとどこでそんな早業を身に付けたのやら、女子が体操服やバドミントンの試合用コスチュームでいる時に背後にそっと忍び寄り、ブラジャーのホックを外したりとか、とにかくスケベな2人だった。


 結局「義理」だから仕方なく上げることにして、男子2人にバレンタインの日は引退はしているが、バド部の部室に来るように連絡だけはしておく、と佐藤真由美は言った。だが男子2人にやられたこれまでのエッチなイタズラを許した訳じゃない!反省してなかったらチョコなんて上げない、ということも、佐藤真由美を中心にして7人の同期の女子で確かめ合った。


「アイツらを呼び出すメモに、これまでのアタシ達に対するセクハラを、当日ちゃんと反省すること、って書いておくよ」


 それほど女子7人組の中では、男子2人は腹立たしい存在だったが、真美はちょっと違っていた。


 確かに上野も高岡も好きか嫌いかでいうと嫌いな部類ではあるが、バレンタインのチョコを上げるのにこれまでの行いを反省しなくちゃいけない、そこまでは…とも感じていた。


 何故なら真美は、何故か直接的にエッチないたずらは受けたことが無かったからだ。


 だが7人組の内、真美以外の同期女子は、佐藤真由美の意見に大賛成だったので、そこまで追い込まなくても…という真美の意見はとても言えなかった。他の6人の女子は、直接エッチなイタズラを仕掛けられているのを見ているのもある。


 それより真美は、毎年のバレンタインデーは、クラスと部活とでチョコを贈ったり贈られる、楽しいイベントだったのが、それも中学を卒業する今年で終わるのかと思うと、その事がほんのちょっとだけ寂しく思った。


(高校って、バレンタインだからってそんなに盛り上がったりしないよね、きっと…)


<次回へ続く>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る