企業ダンジョン配信者になった俺、無双してバズる

たうめりる

1章:プロローグ

第1話

「ちっ、使えねえクズが!」

「ぐあっ」


 腹を蹴られ、俺……一条 左之助はゴホゴホとせき込んで地面に突っ伏した。


「お前程使えねえ奴は初めて見たぜ、一条」


 そう言って俺の頭を踏んづけるのは、アイドル事務所のケビンという男だった。


 今、アイドルはアイドルでも探索系アイドルというのが売れている。


 ダンジョン、そして剣や魔法、ステータス。それらが現実のものになり、社会の一部として組み込まれてから数年が経過し、世間はダンジョンを探索しつつ配信を行うというダンジョン配信者に熱狂していた。


 ダンジョン系アイドルというのは、そう言ったダンジョン配信者としての活動をしつつ、アイドルとしても売り出していくというものだった。


 実際これで大成功し、一気にトップ探索者、そしてトップアイドルとして華々しい結果を出しているアイドルグループも存在している。


 だが、どんな世界にも闇はある。


 ここ、上原アイドル事務所は、そんな闇の筆頭だ。


 アイドル達がダンジョンを探索し、モンスターを倒す。だが、そう言った行為には、顔や体に傷がついたり、死んでしまったりといった危険も当然存在する。


 その度に回復ポーションなどを使い治していては費用がかさむという事で、それを嫌ったケビンは、『影武者』を用意することにした。


 それが俺だ。アイドルの代わりに戦い、アイドル達に全ての成果を譲る。そうすることで報酬を得ている。


 こんな汚い仕事に手を出す理由は、一つだけ。唯一の家族である妹……美玖の存在だ。


 美玖は今、原因不明、治療法不明の『魔力飽和病』にかかっている。


 それは、両親をダンジョン災害で亡くして数年後。金の為に俺と美玖で一緒に探索者として登録し、ダンジョンに潜り、レベルを1から2に上げた瞬間のことだった。


 美玖が倒れた。原因は体という器に入りきらない程の魔力生成による不調。治療法不明の有名な難病だった。


 俺は妹を病院に入院させ、治療費と入院費を稼ぐために駆け回る羽目になった。


 そうして落ち着いたのが汚いグレーゾーンの仕事だ。過酷だし扱いも最悪、だがそれでも金払いは良かった。俺は何とか美玖を病院に入院させることができたのだ。


 だが、それも今日までかもしれない。


「テメエ、ヘマしやがって! 『ウィッチーズ』の奴らがモンスターと戦っている間、増援は全て殲滅しろって言っただろうが!」

「ぐっ、す、すみません、ケビンさん……」

「ああ!? 謝るだけなら誰でもできんだよ!」


 ケビンは肩で息をしつつ、社長椅子に座って足を組んだ。


「で、なんでミスした?」

「……数が多すぎました。それから、睡眠不足でコンディションも悪かったです。俺、もう四日も寝てなくて」

「お前若いんだから、根性で何とかできんだろ、四日ぐらい……はあ、都合のいい野良犬拾ってきたと思ったが、やっぱ犬はどこまでも犬だなぁ? 使えねえったらねえぜ!」

「ぐっ……」


 頭を踏みつけられ、俺は鼻を床に強打し鼻血を噴出した。


「ちっ……だがまあいいさ。どうせ今日でお前は用済みだからな」

「……それは、どういう……」


 不穏な言葉に俺が問いかけようとしたその瞬間、ノックの音が響いた。


「ちっ、誰だ?」


 「入れ」というケビンの声と共に、扉が開けられた。


「社長、失礼します。海深津(わたみつ) 綾乃です」


 そう言って入ってきたのは、女子高生ほどの美少女だった。長い髪を後ろで二つ結びにしている、大和撫子といった風貌の落ち着いた雰囲気を纏った少女。


 俺のことを居ないものとして扱うアイドル達の中で、唯一優しくしてくれていた。


 俺の事情も知っている。というか、『なんでこんな仕事をしてるんですか?』と聞かれて話すしかなかったというのもある。


 綾乃はそれを聞いて何とかしたいと思ったようだが、金の話など高校生がどうすることもできない。手が出せないと分かると、目に見えたように意気消沈してしまった。


 気にするなと伝えても、彼女は最後まで俺を気にかけてくれた、優しい人なのだ。


 彼女は数日前にアイドルグループ『ウィッチーズ』を卒業したばかりだ。


「今日で最終契約日でしたので、約束通り辞めさせていただきます。最後の挨拶をしに……っ、一条さん!?」


 彼女は俺を見つけて、顔色を変えて駆け寄ってきた。


「はっ、そういや今日が期日だったな。全く、顔は良いのに態度が悪いから、金にならなくて困らせられたぜ、お前には! はっ……もう帰っていいぜ」

「今はそれどころじゃないでしょう? これは、社長がやったんですか!?」

「もうテメエは部外者だろうが……はあ、まあいい。ああそうだよ。出来の悪い犬にはこうして定期的にしつけをしてやらないと調子に乗るんでな」


 ケビンはアイドル達には必ず良い顔しか見せない。海深津は恐らく、このようなケビンの側面を見たのはこれが初めてのはずだ。


「っ……私、配信系アイドルをさせてるくせに、一条さんにモンスターを倒してもらって、その功績をかすめ取ったり、邪魔が入らないようサポートしてもらったり……そう言うのが嫌でここを辞めることを決心しました。それが……まさかこんな事までやってたなんて! なんて酷いことを……」

「……汚れるから、止せ……」

「そんなの気にしませんよ!」


 海深津さんが俺の顔にハンカチを当ててくれる。


「はっ、心配無用だって、綾乃。どうせソイツはもう今日でおさらばだからな」

「それって、どういう……」

「プロの探索者を雇ったんだよ。よって一条、お前はもう用済みだ。明日からもう来なくていいぜ」


 そんな……。俺は愕然となった。


「ま、待ってください……金が無いと、美玖が入院できません。俺、もっと頑張るから……お願いします……」

「ダメだダメだ。お前みたいな、探索者資格の更新もさせてねえモグリを、いつまでも置いておける訳ねえだろ」

「更新したら契約料が上がるからって言ったのは、ケビンさんじゃ……」

「ああそうだな。で、それがどうした?」


 ケビンはにやにやと笑った。


「そんなに妹を入院させておきたいならよ、一つだけ手があるぜぇ? 寝てる妹を売りにだしゃ良いんだ。好きな奴なら買ってくれるだろ。その金で入院させておけばいい。そうすりゃ万事解決じゃねえか! ぎゃはは!」

「っ……」


 ケビンの言葉に、俺は言葉を失った。


「ツー訳で、綾乃! どうせ帰るんだったらその犬も持って帰ってくれよ。適当に捨ててくれりゃそれでいいから!」

「……分かりました」


 海深津さんは、凄まじい形相で社長を睨んだが、すぐに首を振って俺に肩を貸して立ち上がらせてれる。


 俺はもはやそれ以上抵抗する気力もなく、呆然と社長室から出ていった。





「あのクソ社長、最低すぎでしょ! 人のことなんだと思ってる訳……!?」


 気が付けば、俺は海深津さんとタクシーに乗っていた。


 元アイドルとは言え、やめたばかりの彼女が男の俺と一緒にいる所を見られるのは不味いはずだ。


「……運転手さん。俺はここで降りるから、一回停まってくれ」

「いきなり何言ってるんですか一条さん? 停まらなくていいです。そのまま進んでください」


 俺の言葉を即拒否した海深津さんは、俺に呆れた目を向けてきた。


「一条さん、社宅住みでしたよね。それなのにあんな風に辞めさせられて、街に1人放り出されて……妹さんのことも含めて、この先どうするつもりだったんですか?」

「……考えてないけど、迷惑かける訳には」

「良いんです。とりあえず一条さんは私の家に来てもらいます」

「げほっ、げほっ……なんだって?」


 思わず聞き返してしまった俺に、海深津さんはなんてことない風に微笑んだ。


「大丈夫です、私一人暮らしなので。それに……予定が若干早まっただけですからね(ぼそっ)」


 後半はなんて言ったか分からないが、一人暮らしだからって、いいわけないだろ。


「そう言う問題じゃないよな?」

「それで、話があるんですけどね、一条さん!」

「……」


 ひ、人の話を聞かないな、相変わらず。


 俺は少し落ち着いてきて、頷いて話の続きを促した。


「一条さん、私と一緒に、企業ダンジョン配信者になりませんか?」


 そう言って差し出された手を、俺はどうすることもできずにただ愕然と見つめたのだった。

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