無職の凱旋

 そして無職になった。

 何もかも失った。


 まずは左手を失い、他人を信じる心を失い、最後に希望も消えた。


 ただ毎日、何を求め訴えたら良いのか分からず、この一週間を過ごしてきた。

 いや、無意味に生きたが正しいのかもしれない。

 廃人のように酒やたばこに溺れれば、悩みも消えたのだろう。

 精神がもっと狂えば、他人任せで楽になれるだろう。

 でも、そうしなかった。そうできなかった。

 そんな理由で逃げれるほど、現実は甘くはなかった。

 手を失ったからと言って労災はあっても、働かないと食っていけない現状。

 なのにまったく先のことが決まらない。

 どうしたら良いのか考えも浮かばず、無駄に時間が過ぎていく。


「またここに来るとは・・・・・・」


 手ぶらで訪れたのは、阪大にある大きな人工池。

 最後に来た時と違い、風景はがらりと変わっていた。

 竹林で隠された憩いの場は、きれいに伐採されていた。

 その場を歩きながら春望の一文を口ずさむ。

 だが、なにも始まらない。なにも再生することもない。

 元には戻らない。

 ここに来れば何かが変わると思っていた。

 外に出れば誰かが見つけてくれると期待していた。

 でも、そんな奇跡など起こるはずもない。

 空想は人に夢を見せても、救ってはくれないのだ。

 テレビのヒーローが現実に助けてくれることもないし、魔法で傷も癒せない。


 そしてなにより空想の少女たちは存在しない。


 落胆のため息と共に身体から力が抜けたように地べたに座り込む。

 そこに誰かが通りかかることもないかのように視界には誰もいない。

 来るときコンビニで無駄に一個多く買ったハーゲンダッツのアイスを手に取った。

 蓋を開けると中身は少し溶けていた。

 もくもくとアイスを口に運ぶ。

 自分の怒りを鎮めるように・・・・・・。

 あっという間にひとつ食べ終えると、沈黙した。

 やはり何も変わらなかった。

 ただ、手持ち金が少なくなっただけ。


 諦めかけた時、最後の二つ目のアイスに手を伸ばしたその瞬間だった。


「えっ」


 後方の道から女学生が歩いてきて、自分がいることに驚いていた。

 まあ、道のど真ん中で地べたでアイスを食っている男性を見たら、誰でも声をあげるものか。

 女学生の驚きは何一つおかしくはなく、おかしいのは僕だろう。

 僕は陰キャの如く早々と荷物をまとめ女学生とは反対の道へと立ち去った。

 その後、声をかけられることもなかった。

 そして何も変わることなく、僕は無職のままだった。

 だけど、食べ損ねたアイスは溶けてなくなってしまった。



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