第19話

「あれが、来ないんです」

「あれっていうのは?」

「新、わかるじゃん。女性特有の月一でくるもの」

「ああ、あれか。……え?」

「ん?何、何か思い当たるの?」

「比島さ、お前彼氏いないって言っていたよな。あれが来ないってことは……」

「もしかしたらって思って検査薬使ってみたんです。陽性反応でました」


数分間三人は無言になり壁時計の針の音が鳴り響いっていった。


「川澤さんの前で言うのもどうかと思うんですが、知っているかと思いますが……課長と一度だけ関係を持ったんです」

「うん、聞いている。ねえ、仮の話ですけどその陽性反応が出たっていうのは、つまりその相手ってもうわかっているんですよね?」

「はい」

「誰か、わかるの?」


久ヶ原は恐る恐る聞いていくと彼女は急に笑顔でこちらを見たのでどうしたのか尋ねた。


「黙っていてごめんなさい」

「どういうこと?」

「実は以前課長に話をした元彼の事なんですが、最近になって復縁したんです。色々話もしてやっぱりお互いが必要なんだっていう結果になって。そうしたら、彼と……したというか」

「じゃあ相手の人っていうのはその彼氏さんで間違いない?」

「はい。だから心配しないでください。確かに課長とは私が一方的に好きになって一度だけ求めたいって要求はしてそういう関係になりました。でも、やっぱり違ったんです」

「違った?」

「息子さんもいらっしゃる、こうして川澤さんという最愛の人もいる人の事に私が割り込むように入っていくのって何かが違うなって考えました」

「でも、久ヶ原さんとは寝たことは後悔した?」

「していないです。抱かれて気づいたこともありました」

「それは何?」

「お互いに愛情などそこにはないんだっていう事。しらみ潰しみたいに私があなたに要求したことをどうお詫びしたらいいのか結構悩んだんです」

「比島は、ほんのわずかでも抱いて後悔はしなかったし、もう過去の事だから吹っ切れたんだよな?」

「はい。心残りもないです。むしろこれからは仕事もいつも通り励んでいきたいし、課長からもアドバイスをもらって部署のみんなと社内を支えていきたい。課長もそれは考え方も似ていますよね?」

「うん。部下のみんなが懸命に業績を取ってくるのが誇りに感じているし信頼も大きいよ。比島も大事な人材だ。異動がない限り会社にはいてくれ」

「はい、常に邁進して働いていきたいです」

「近いうちに婦人科には行った方がいいですよ。僕、医療機関に知り合いがいるんでそこのクリニックを紹介できますよ」

「良いんですか?」

「はい。何件か当たれるところがあるので後で教えます」

「かえってすみません。私もMRとしてやっているので時間が取れないんです」

「それなら休暇を使って行きなさい。俺が部長にも話しておくから調整できるようにしておくよ」

「お二人とも、ありがとうございます」

「ああ、それじゃあ飲み物烏龍茶があるからそれに替えよう。ちょっと待っていて」


途中で止まっていた食事を進めていき比島も安心しながら僕たちに笑いかけて話をしていった。皆が食事を済ませてると比島は先に帰ることを伝え、上着を羽織って玄関へ行き、彼女が次回自分で選んだ店に三人でまた一緒に食事をしたいと言い、二人で見送りをした。

二人で後片付けをしながら会話を続けていくと、久ヶ原はシンクのところで僕に頭を下げて彼女と関係を持ったことに改めて謝りたいと言ってきた。


「大丈夫。もう怒っていない。二人ともちゃんと正直に割って話してくれたんだからいいってば」

「次に何かやらかしたら今度は世間の晒し者にされるだろうな……」

「何かしたの?」

「してません。してどうするんだよ。お前のジャブが飛んできそうで怖いわ」

「さっき新が席外している時、彼女言ってきたよ」

「何を?」

「二人とも自然体のカップルで手本になりそうだって」

「手本か……」

「家族っていう意味合いだよ。理想の家庭像ってその家柄があるから大まかにしか言えないけど、俺たちのような仲のように今の彼と長く続けていきたいってさ」

「そうか、それならいい。あいつ普段からも人よりも負担をかけてまで、遅い時間になって外勤から戻ってくることがあるから無理するなと言ってあるんだ。負けず嫌いなんだよな」

「良い部下だよ。そうした人たちがいてくれるおかげで機関も支えられている。時間の改正とかってどうにかならないのかなあ?」

「現状を維持するのなら仕方がないんだ。顧客も減らしたくないしさ」

「そうか。……はあ、食器片づけ終わったね。ねえ、なんか口直しに呑まない?」

「ああ、いいよ」


ソファに腰を掛けてグラスにワインを注ぐとお互いにゆっくりと含ませながら吞んでいった。僕は冷凍庫に入っているアイスクリームが食べたくなり彼の分とスプーンを持ってきて、差し出すとカップのふたを開けて食べていった。


「ああうまい。スリーマウスブラザーズのバニラって赤ワインにピッタリなんだよ」

「夏よりも少し冷えてきているこの時に食うアイスって良いよな。これ北欧のものだろう、こっちに入ってくるのって珍しいな」

「買ってきた甲斐があった。あの家具メーカーの食料品コーナーでしか買えないからストックが無くなったらまた買いに行こうよ」

「そのアイス、この間近くのスーパーで置いてあったぞ」

「ええっ?いつの間にぃ?なんだよそれ先に行ってよぉ」

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