第37話

次の日、美和はアヤナのクラスに行った。

「アヤナさんいますか?」

美和はクラスのドアから一番近い位置に居た子に話しかけた。

「アヤナ?ちょっと待っててね」

その子はアヤナを呼びに行ってくれた。

「藤枝さん!どうしたの?この間の事考えてくれた?」

アヤナは笑顔で美和を迎え入れた。

「突然呼び出してごめんなさい。話があるんだけど…あの、ここでは話さない方が…」

「オッケーそっちに行こうか」

二人は通路の隅に行った。


「それで、話ってなぁに?」

「あの、こんな事言ったら気を悪くするかもしれないんだけど、この間の動画、あったでしょ?」

「あぁ、あれね。アレ、もう消しちゃったんだ」

思いもよらない答えに、美和は戸惑った。

「え、あ、そうなの?」

「うん、バズったせいか先生にバレちゃって。うちの学校ってSNSアップ禁止でしょ?だから怒られて消すように言われちゃってさー、参ったよ」

「そうなんだ…」

「話って消して欲しいって話だった?そうだよね、迷惑かけて本当にごめんなさい!」

アヤナは深く頭を下げた。

「あ、いやあの、そんなに謝らないで。こちらこそ急にごめんなさい。消してくれたならいいの」

「……藤枝さんっていい子だね。ねぇ、私達友達になれない?」

「と、友達!?」

美和は目を見開いた。

「うん、そう美玲ちゃん抜きで遊びに行ったりしない?」

「美玲さん抜きなら…」

こんな可愛い子が私に友達になろうなんて…そんな事あるんだ。美和は顔を赤くした。

「よかったぁ!じゃあさ、LINE教えてよ」

「LINE…実は昨日スマホ買ったばっかりで、交換の仕方が分からないんだけど」

「そうなの!?じゃあSNSとかやってない?」

「うん、実は…全く分からない」

「そうなの…それじゃあ動画の事、余計に不安にさせちゃったよね」

「う、ううん!それはもう大丈夫!」

美和は手を振って否定した。

「じゃあ、スマホ貸して?勝手に交換していい?」

「う、うんお願いします」

美和はスマホをポケットから取り出すと、アヤナに渡した。

「よーし!ちょっと待ってね」

アヤナは器用に親指を動かして、何やらピコピコとスマホを動かすと

「はい!できたよ」

あっという間にLINEの交換を終えたようだ。

「スタンプ送るね」

アヤナが言った。すると、あっという間にキャラクターが動くスタンプが送られて来た。

「…ありがとう。嬉しい」

「藤枝さんって素直な人だったんだね。私も嬉しい!ねぇ、美和ちゃんって呼んでいい?」

「う、うん…ご自由にどうぞ」

みわは再び顔を赤くした。美和ちゃんなんて呼ばれたのは、久しぶりだ。

「よかった!私の事もアヤナって呼んでね」

「ア、アヤナちゃん…?」

「そうそう!〝ちゃん〟つけなくていいよ!アヤナで!じゃあ、これからよろしくね!LINEするね!」

二人は別れて、アヤナが教室に戻るのを美和は見送った。


予想外の事になっちゃったな…でも…嬉しい。


「アヤナちゃんか…」


高校で女の子では初めての友達…。

美和はウキウキした足取りで教室に戻ろうと、廊下を歩いていた時だった。


「おーい!藤枝。ちょうどよかった」

「村松先生!」

担任の村松が話しかけて来た。

「進路相談のプリントの事…ですよね?」

美和は先回りした。

「お!勘がいいな。出してないのお前だけだぞ。早めに出せよ」

「今日、放課後出しに行きます」

「分かった。必ず来いよ」

「すみません、必ず行きます」

村松先生は大きな体を揺らしながら笑った。

「藤枝は真面目だなー。もっと肩の力抜いていけよ」

「真面目な人はプリントを提出機嫌内に出すと思います」

美和が言うと、村松先生は更に笑った。

「それもそうだな!」



美和は思っていた。最近、何もかもが楽しい。

前までは気付かなかった人の優しさが眩しくて心地良い。




その日の放課後、村松先生との約束通り、美和は職員室に居た。

「村松先生、進路相談のプリントです」

「おう!ちゃんと来たな藤枝。どれどれ」

村松先生は二つ折りにしたプリントを開いた。

「美大希望か。いいんじゃないか?」

「ありがとうございます」

「うん、藤枝の絵は先生も好きだぞ。美大受験、大変だけど頑張れよ」

「…!ありがとうございます!」

村松先生は暖かい人だ。皆んなから好かれるのがよく分かる。



いつまでもこんな穏やか日が続けばいいのに…

美和は心の底から願った。


その願いが、どんなに儚いものか、この時の美和は気付かずにいた。

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