流れよわが涙よ、と怪人ドラゴンスケイルは言った

筆開紙閉

クール便で送られてきた/ジャイアント熊嵐

 日本国では毎年百万人近い人間が行方不明になっている。私の父もパチンコに行って来ると言って二度と帰って来なかったな。そんな昔のことはどうでもいい。

 三日前に行方不明になったホマレの首がクール便で送られて来た。

 飲食店経営者としてどうかと思うほど長かった亜麻色の髪は発泡スチロールの箱に入りきるように首までで切り揃えられている。目は閉じられ、まるで眠っているようにも見える。接吻キスすれば起き上がってくるのではと思った。しかし首の赤黒い断面がホマレの生を否定する。

 送ってきたのは私の親友、ヒイラギだった。何故殺したのかは不明だが、殴り殺さなくてはならない。こんなことをされて黙って許してやれるほど私もお人好しでも甘ちゃんでもない。円満退職したつもりだったのだが。

 行方不明になっただけなら、私のことが嫌になって出ていったのかもしれないという希望を持っていられた。だが、生首を送られてきては現実逃避もしていられない。

 店の扉にしばらく戻らない旨の貼り紙を張る。久しぶりに人を殺す。例え刺し違えたとしても殺す。

「開いてるか?」

 近所の爺が開店しているかどうか聞いてくる。

 ホマレが行方不明になってからも毎日やって来る。いつも焼きそばを食べ、ビールを飲んで帰る。ここは中華料理屋なのだから、中華料理を食べて欲しいとよくホマレに苦言を呈されていた。

「閉まっています。このまま店を畳むかもしれません」

「それは困る」

 彼は自炊をしないタイプの爺と思われるので本当に困るのだろう。

ホマレが死んだので、私は続けることができないと思います」

「それはお気の毒だ。確かに店主が死んでしまっては難しいかもしれんな」

「私もそう思います」

ホマレの祖父が大陸から引き揚げてここに店を開いたときから通っていたが、ここも終わりか」

「私も残念に思います」

 こうして爺と会話している自分は、自分を俯瞰的に眺めているようだった。ホマレが死んでしまって全ての風景が色褪せてしまった。

 私の視界が色褪せても都市はいつも騒がしく、放っておいてはくれない。

 轟音と血の匂いが香ってきた。人々の悲鳴と怒号が五月蠅い。

「殺人熊だ!!」

 山から降りてきた熊が街中に侵攻し、人々が轢き殺されている。殺人熊の速度は新幹線もかくやという勢いだ。久しぶりに人を殴る前に熊を殴ることで慣らした方が良いか。逃げ惑う人々をすり抜けて、徐々に加速する。

 近寄ると殺人熊の大きさが通常より大きいことが分かってきた。雑居ビルくらいの大きさに見える。通常のサイズの熊でも、銃弾を弾くような強固な骨格を持つという。速度を乗せて殴ると、勢い余って熊の胴体を突き破って反対側に飛び出してしまった。血や臓物で全身がドロドロに汚れてしまった。

 咆哮が聞こえる。熊の殺意が消えていない。

 熊の前足をもろに食らう。内蔵のほとんどを破壊したからあと一分も経たずに死ぬだろう。私の足がアスファルトに沈み込んでいて少し鬱陶しい。

 熊の連打が私を襲う。一撃一撃が砲撃のように重い。重いが、それだけだ。

「殺し合いの感覚を思い出せました。感謝します」

 そうだ。殺し合いというのはこういうものだった。完全に相手を殺すまで油断してはいけない。完全に相手の戦闘能力を奪うまで蹂躙し、破壊する。

 熊の手足を引き千切り、首をねじ切り、頭を踏み砕く。

 



 

 

 

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