第15話 戌の女、降参する

 メアリの宣言に対してガルシアは何も答えない。

 だが時間いっぱいまで操られた彼女の動きを防ぎ続けたことで、遮幕に包まれた二人は先の虎徹のように路地に連れられていった。


「メアリ?」

「一度始まってしまえば邪魔は入らないって話だったから賭けてみたが……上手く行ったか」


 移動するとメアリの動きが止まる。

 彼女が言う賭けとは第三者からの妨害を防ぐ遮幕の内側ならば、自分を操る誰かのことも封じられるのではないかという淡い期待のことだった。

 キョウトに来てからこの時点でメアリが会った他人のうち、もし自分を黒魔術か何かで操れるとすれば無情のみ。

 そのような手段は常識には考えられず、かと言っていままでの彼女の人生においてそれを叶える非常識とは縁が無い。

 それでもメアリにできることは、予想したもしもをあるモノと仮定して動くことだけだった。

 目論見通りに遮幕の効果で無情の呪縛を解いたメアリだが、この行動すら黒幕には予想の範疇。

 無情は参加者同士が徒党を組むことを嫌がっており、メアリが干支の奪い合いに参戦してくれるのならば結果など二の次として彼女の身体を操っていた。

 彼の目的はイクサを進めつつ敗者を手駒にすること。

 キョウトが血で染まるのならば個々の勝敗に干渉するつもりはない。


「これでもうアタシは無事だよ。少なくとも天覧が終わるまでな」

「と、いうことハ──さっきまでのはキミの本意ではなかったんだネ」

「いいや半分は本気だ。アタシにした仕打ちは殺したって晴らしきれねえんだから」

「だったら今度はボクのことをベッドの上で殺して見るかナ?」

「やるかバカ。天覧ってのは他の参加者からは丸見えになるんだから」

「ボクは構わなヨ。船でも仲間に見せつけたりはしたじゃないカ」

「アレとコレとは話が違う!」

「つれないナア」

「とにかく……アタシの懸念はこのまま天覧を終わらせた場合に、またアタシの身体を操られないかってことだ。今は遮幕のおかげで効いていないが、コレがなくなったらまたやられかねねえ」

「それは困ル。キミとの再開に花を咲かせるのにも邪魔だヨ。さっきまでのが操られたという自覚があるようだけど……口ぶりを見るに、その相手には心当たりがあるんだネ」

「ああ──」


 ここでメアリは手短に無情の特徴をガルシアに伝えた。

 背が高く、和服に身を包み、革のブーツを穿いた大柄の男。

 髪の毛は角刈りで微かに香るのは鉄臭い匂い。

 ギブ・アンド・テイクの関係で一時行動を共にしたが、シラフの場では近づきたくない気色の悪さが隠せない色男。

 それが無情だと彼女は言う。


「そろそろ情報交換はこのくらいにして、アタシの降参で天覧を終わらせようか。アタシはこのまま身を隠すから、アンタは無情の野郎をぶっ殺してくれ。それと……アタシの望みはアンタに譲るから、最後まで勝ち残ってくれ。二人で一緒に……帰るんだから」

「勿論そのつもりサ」

「よし! だったらコレは前払い──」


 話がまとまり、降参の前にメアリが取った行動は彼女から抱きつくこと。

 天覧を観戦する者からは会話の内容はわからないため、ジャンヌ等には立ち話を長々と続けた末の行動は何かの罠かと疑うほど。

 だが実際にメアリがしたのはナイフを突き立てる事ではなく唇を重ねること。

 再会のキスは熱い。


「傀儡だけではなく扇動も通じないとはね。理解ってはいたが恋愛脳ってやつは御しがたい」


 アップでは映されていないので二人の関係を知らない者には何をしたのか理解しにくいそのキスに無情は不快感を示した。

 結局このまま血を流すことなく閉じられた天覧を前に他の参加者らが何だったのかと呆気にとられる中、無情が次に取る行動がこれで決まる。


「こういう女は無理やり手籠めにするに限るな」


 干支を失ったことで他の参加者たちが彼女の動向を無視する最中、無情は遮幕外へと転送されたメアリに狙いをつけた。

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