元魔王の英雄ライフ~追放された"元"魔王を追いかけてきたのは、ちょっぴり愛の重たい獣耳娘でした~

ふぃるめる

プロローグ 追放された魔王

 良くも悪くも実力至上主義、それが魔族社会の在り方だった。

 それ故に魔族の首長たる魔王と言ってもその座は不動ではなく、常に魔王の座を巡って派閥争いが起きていた。


 「今日こそ、テメェの統治に終止符を打ってやんよ!!」

 

 目の前でそう息巻くのは、対立派閥の擁立する魔王候補グラガンだった。


 「またお前か、懲りないなぁ……」


 この男、度々俺に対して挑んで来ては敗北を重ねている。

 処分したいのは山々だったが、大規模な派閥なだけあってそれは難しかった。


 「その舐めた態度、今に後悔することになるぜ?」


 いつにも増して自信満々、さては魔王の座を巡るこの争いで禁則でも犯すつもりなのか?


 「舐めてるわけじゃない。挑戦には全力で応じるぞ?」


 もはや物置と化している影の領域から取りだしたのは魔杖レーヴァテイン。

 魔杖とは言いつつも、いくつかの形態に姿を変えることがこの武器の特徴でもあった。


 「フン、なら一つだけ教えてやるよ。この場所に来たお前は既に敗北しているということをな!!」


 チッ……その言葉、やはり禁則を犯しているということか!?


 「【終末永滅ゲヘナ】」


 グラガンの言葉に違和感を感じつつも、試しに放つのは即死魔法。

 だが次の瞬間、嫌な予感は最悪の形で的中した。


 「魔法が使えなければ所詮はただの魔族ということか?」


 したり顔のグラガンの視線の先、驚くことに【終末永滅ゲヘナ】の術式は消え去った。


 「何をした!?」


 古来より魔王の座を巡る決闘は神聖視されてきた。

 それ故に、禁則と呼ばれる厳格なルールが存在する。


 「魔王陛下、残念ながら禁則は機能しませんわ」


 背後からかけられた声に振り向くとそこには、隠蔽魔法において魔族随一の実力を誇るヴァレリアがいた。


 「お前、裏切っていたのか?」


 彼女には平和維持のためのプロパガンダを一任させており、大事な臣下の一人だった。


 「元来、魔族というのは争いが好きなのですわ。そんな私達に陛下の崇高な理想は理解できませんの」


 バカにしくさったような物言いに、俺の中で何かが壊れるのを感じた。


 「そうか……バカだったのは俺一人ってわけだ……」


 魔族最強と呼ばれた俺、魔王メイナードをもってしても、その道の天才であるヴァレリアが膨大な時間を擁して作り上げた精緻な術式を一瞬にして看破するなど無理な話だった。

 

 「流石は陛下。それがご理解頂けたのならその座をお譲りなされませ」


 禁則は衆目の目があってこそ禁則足りうるのだが、この闘技場にはヴァレリアの展開した認識齟齬、若しくは隠蔽魔法によりこの状況は観衆の目には触れていないのだろう。


 「そうだな……どうやら俺の思いは伝わらなかったらしい」


 自身を支えてくれている派閥の皆には申し訳なかったが、さりとて今の俺に出来ることなどありはしなかった。

 諦観の念―――――俺に残ったものはそれだけだった。


 「えぇ、残念でしたわね」


 グラガンの手の者によって拘束された俺の耳元で、すれ違いざまにヴァレリアはそう囁いた。


 ◆❖◇◇❖◆


 『魔王軍、不可侵条約を破棄して人族領土へ侵攻か―――――』

 『魔王メイナード追放』

 『魔王世代交代が条約破棄の原因か』


 こんな辺境にもそんな話は聞こえて来ていた。


 「困ったものね〜、折角平和になったって言うのに……またメイナード様に戻ってくれないかしら?」


 ここは片田舎の診療所で、愚痴をこぼしたのは助手のフローラ。


 「ほんっと情けないよな……魔界最強とも呼ばれたはずなのに……」

 

 あの後、様々な拷問を受け、それでも死なないどころか耐性が高まってしまったこの身体。

 結局は魔界から追放されるに至り、今は診療所で医師を務めている。

 ちなみに助手をやってくれてるフローラに、そのことは伏せたままだった。


 「あれ?バージル先生は魔王について詳しいのですか?」


 キョトンとした顔でフローラはこちらを見つめた。


 「ここに来る前は、それこそ魔族との領境にいたからなぁ……いろんな噂が聞こえてくるんだよ」


 適当な嘘で追求を逃れる。

 あくまでも今の俺は、人族の国の辺境で小さな診療所を営むバージルという男なのだ。

 魔王だった過去がある――――なんて言えないだろう―――――?

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