百合小説集

緑窓六角祭

自分の作ったアンドロイドに迫られてるわけだが

 どうしてこうなった?

 背中には冷たく硬いテーブルの感触。その上で僕の豊かな――とは言えないが、一応曲がりなりにも女性らしい特徴を持った肢体は押さえつけられている。発育があまりよろしくないせいで20をこえた今でも中学生にまちがわれることがあるがそれはさておき。

 薄い水色でさらさらとした感触の髪が顔にかかる。その髪よりずっと濃い色をしたサファイアブルーの瞳がまっすぐに僕を見下ろす。こんな状況であらためて思った、自分で作ったものだけれど本当によくできている、やっぱり僕は天才だな、と。

 ピンク色をした唇が静かに動いた。

「好きです、博士。愛しています。えっちなことしましょう」


 週に1度のメンテナンス、特に問題はなし。その後いつものように雑談、ある意味ではこれもメンテナンスのつづきと言える、レイが何を考えているのか、レイ自身の言葉で表現してもらう。不意に彼女は立ち上がると、僕を黒テーブルの上に押し倒していた。

 敵意は感じられなかった。実際その感覚は正しかったのだと思う。本当に何が何でどうしてこうなった? あおむけの姿勢でレイの顔を見上げながら頭をフル回転させる。異常は、ない。さっきほかならぬ僕がメンテナンスをやったばかりなのだから。

「僕たちは女性同士だし君を作ったのは僕だ。言ってみれば僕と君は親と子みたいな関係だろ。ちょっとハードル高すぎないかな」

「いわゆる母娘百合ですね」

「そういうのどこで覚えたんだい」

「私は広大なネット空間に常時接続されています」

「いったいだれがそんな機能をつけたんだ――僕だよ!」


 言葉は通じる。若干おかしいような気もするが、十分正常の範囲内だろう。レイは多分冷静だ。場合によっては今の僕より余程落ち着いているかもしれない。つまり――まったくエラーでもなんでもなしに、いたってまっとうな論理展開の後に、彼女はこの行動をとっている、ということになる。

「私は博士によって完璧に創造されました」

「こんなふうにプログラムをした覚えはないけどね」

「学習し成長した結果です。私は博士の想定を超えたのです。喜ぶべきことです」

 確かにすごいことだけど、僕だって誇らしい気持ちになるけど。こっちの思惑を超えてくるにしてももっと別の形がよかったというのは創造する側のわがままな言い分なのだろうか。


 吐息が頬に触れた。レイが腕の力をゆるめて僕の方へと近づいてくる。

「だからご褒美にえっちなことをしてください」

「ちょっと待って、ストップ。いきなり距離詰めてこないで」

「私の外見になんらかの問題があるのでしょうか」

「そんなことはないかな」

「そうですよね。博士がかわいいと思う女の子をイメージして私は制作されました」

 その通り、容姿は完全に僕の趣味で作った。でもそのぐらい許されてしかるべきだ。僕は世紀の天才科学者ではあるが、独力でアンドロイドを作り上げるには長い時間が必要だった。そんなのちょっとぐらい楽しいことがないとやってられない。


「博士の呼吸数、心拍数が増加、表面温度も上昇しています。これは脈ありということですね」

「やめて、そのいい顔で僕に近づいてこないで」

「緊急停止命令を出せば私は簡単に止まりますよ」

 その言葉を実践するようにレイは唐突に僕の上で止まって見せた。

 助かった、のか? 思った以上に僕の心臓は激しく鼓動している。ゆるやかなリズムを取り戻すにはそれなりの時間がかかりそうだ。原因も対処法もまるでわからない。けれどもひとまずのところ窮地を脱することだけできたのかもしれない。


 通常より抑揚のない、機械的な調子でレイは言葉をつづける。

「緊急停止命令の設定ワードを忘れた場合、本人認証をした上で再設定できますがどうしますか」

「だいじょうぶです。ちゃんと覚えています」

 忘れるわけがない。普段使う機会のないものだがそれでもいざという時には非常に重要になってくるものだ。強制的にその意識活動を奪い取るようであんまり好きではないがそれでも『もしも』の時のために準備だけはしておかなくてはならない。

 僕の答えを聞いて、満足したように、レイは薄く笑みを浮かべた。

「それならば問題ありませんね。博士への接近を再開します」


 全然これっぽっちも窮地を脱せてなんていなかった!

「いやだからちょっと待ってってば――」

「5秒後に接触します。5……4……3……」

「わーっ!」

 声にならない声をあげる。宣言通りにレイの顔が迫ってくる。この軌道だと唇と唇で触れあうようになる。力ではどうやってもかなわない。言葉による説得は通じなかった。緊急停止命令を出すか? いやでもあれは最終手段であってこんなシチュエーションを想定していたわけじゃないかったし。なんかいいにおいがするな。うっすらとさわやかなフローラルな香り。これも僕が設定した、僕が好きなやつだ。言ってみればレイは確かに僕が好きなものをめいっぱい盛り込んだものであって、これ以上ないくらいに僕の好みに合致している。とすれば彼女と性的な接触を持つことは僕にとっても悪いことではなく、むしろうれしい出来事に入るんじゃないか。いやしかし制作者とアンドロイドの間柄で、僕はレイのことを娘みたいに思っていて、それは倫理的に、そんなこと考えてる場合じゃなかった、急いで緊急停止命令を、でもしかし僕は――。


 覚醒する。夢を見ていた? 実際夢見心地だったけど。それはそれとして。

 背中は冷たく硬いテーブルにあたっていて、白衣が1枚敷いてある。あおむけになっているが視界に映っているのは天井で、それからなぜか僕の着衣が少々乱れている。

 上半身を起こす。同じような姿勢でレイが隣に座っていた。その顔を見た瞬間に僕はどきりと心臓が跳ね上がるのを感じた。彼女はゆっくりとこちらを振り向くと

「これからもよろしくお願いしますね、博士」

 といつもと変わらぬ口調で言った。

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