2. 反撃

 漠然と「ぶつかってやる」ぐらいの気持ちだった。

 ここから届くのかどうか、ぶつかってそれでどうなるのか、そんなことはまったく頭になかった。

 ムカついたんで突き飛ばしましたっていうのと何も変わらない、ガキみたいな。


 跳んでどうする。

 何ができる

 落ちる。

 生首。

「このバカ!!」


 当然の突っ込みと頭突きを喰らって、何かが頭にめり込んだ。視界が激しく左右にブレて、気が付いたらおれも浮いていた。

 崩れた4階あたりで、生首がおれの服を着ているのを見ていた。


 ちがう。


 おれの服を着てるのはおれの身体で、そこに乗ってるのがチェリーピンクの頭なんだ。15歳ぐらいの女の子の顔が、180センチ68キロの身体に乗ってる。


「文句言わないでよ。身体借りた。離れてて」


 チェリーピンクのツインテールが輝く。

 おれのジーンズや白シャツの上に炎が走って、虹色の火炎を縫い合わせたようなドレスが重なる。元・生首少女がおれの拳で額の血を拭い、瞳をガーネット色にギラつかせた。


「あたしココロ。それで連想してみて。ええと、雄大ゆうだいおにーさん」


 ココロはおれの名前を呼んで、そして、燃え盛るミサイルみたいな飛び蹴りが、1階の怪人へ入った。


 真夏のブッ刺しファイアボルトだ。


 技の名前が出てくる。名前が出てくる理由がわかる。

 鋭角に入った蹴りに、怪人の身体がガレキを割りながら吹っ飛び、バウンドし、太い柱にめり込んだ。その柱の陰から慌てて逃げていく高校生の背中が見えた。

 周りに何があるのかにも、誰がいるのかにも構わない蹴りが、どうしてできてしまうのか。その理由がおれにもわかってしまう。


 頭突きをされてめり込んだ感じがしたのは、実際の頭ではなく、お互いのだ。脳みその中身だ。


 ココロ。魔法少女ココロ。おれたちの世界と並行する別の世界で、ずっと戦ってた女の子たちの一人。

 彼女がおれの身体を使って、代わりにおれは空飛ぶ生首になっていた。


熱情拳ファイアナックル


 左右に突き出した拳に巨大な火球が燃え上がる。

つきつめろコンプレス つきつめろコンプレス ぎりぎりとモー・エン・モー!!!!

 ドレスをひるがえしてココロが怪人へ走る。火球は圧縮されて、体積と反比例して明るく白く輝く。

 柱から怪人が抜け出し、その膝からアメジストの棘が突き出る。ノーモーション斜め下からの突きに、ココロは反応した。左脚を軸に背面バックターンでかわし、そのまま側頭部へ右の裏拳を叩き込んだ。打撃がフラッシュする。逆構えサウスポーの左ストレート。そして

 

やたらトゥー めったらマッチ!!!! あちーわサニー!!!!!!

 

 円を描く右手の光。るような右フック。

 拳から伝わったエネルギーが、スピンしながら吹っ飛ぶ怪人の身体のあちこちで爆発した。


 ココロ、ステップバック。


 怪人が立ち上がる。向こうの世界で一度戦った時の様子が、おれにも思い起こされる。彼女の世界もおれたちのとよく似ていて、でも、そこには怪人の勢力と人間の勢力の争いがあった。

 ココロみたいな特異体質の「魔法少女」を育てる技術や、身体をスペアパーツとして生産、運用できる技術によって人間が優勢になり、ようやく終わりの見えた戦いの中で討ち漏らした、最後の怪人がこいつだ。

 人間の総力で武装や装甲を破壊し、どうにか弱体化させて追い詰めて、しかし逃げられたのだ。

 怪人は最後のジャンパーゲートを開いて飛び込み、おれたちの世界へ逃げ込んできた。そのゲートへ、ココロも首だけで飛び込んだのだ。

 そのときの身体はもう、維持できない状態で。

 ココロも怪人も、もとの世界には帰れない。


 おれの視界の隅っこに数字が見える。眼の焦点を合わせれば、カウントダウンしているタイマーだってわかる。


 30分だけ身体を貸せとココロは言っていた。

 魔法「なんでもありの30分ヴァーリトゥード・ハフアンナワー」があの時にはもう始まっていたんだろう。

 

 時間内に指定した怪人を倒せば、それまでの破壊はすべてなかったことにできる。少しでも被害を軽減するための、そして彼女たちが思いっきり戦うための魔法だ。

 倒せなかった場合、破壊は確定する。


燃え上がれドレスアップ 貴炎12層トエルヴ・レイヤード!!!!


 ドレスが変わった。12層の異なるえんしょくからなる羽のようなドレスがはためく。熱波がおれのところにまで昇ってくる。ココロは周りを巻き込むのをためらっていない。

 前の戦いまではためらっていた。人を庇おうとしていた。そして失った。逃げられた。破壊が確定してしまった。

 大勢のココロの仲間や、友達や、名前も知らない向こうの街の人たちは、もう戻らない。


 「責任とらせて」と、彼女は言った。


 向こうでなくした人たちへの責任なのかもしれない。

 怪人を逃がした責任なのかもしれない。

 今ここで起こってる、この状況への責任なのかもしれない。

 ココロおまえ、おれの10歳年下じゃないか。


 おれは飛んだ。

 自分が動くというより、カメラを操作して風景を動かしている感覚が近かった。

 まだモールには人がいるはずだ。

 火の手の上がるフードコートにも、不安定に揺らぐ吹き抜けの渡り廊下にも。


 はるか。遥。許してくれ。きっと見つけるから。一緒に帰れるように、きっと見つけるから。


 たとえ無かったことにできたとしても、いまここにいる誰かに対して、何もしないのをおれが許せないんだ。


「なるべく人は逃がすから! ココロは思い切りやってくれ!! どうなっても、おれは責めない!!」


 チェリーピンクのツインテールが小さく揺れた。


 あと25分。


 消防車のサイレンが聞こえる。

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