融解の標

冷田かるぼ

1.虞

 あっ、目が覚めた? 施術は成功したから、もう安心して。君はもう安全に生きられるからね。……え? もしかして、何も分からないの? 記憶喪失? まさか代償が記憶だなんて……そりゃあ難しい施術だったけれど、なるほどね。また一つデータが得られたかも。


 そっか、全部忘れちゃったんだし軽く説明しておくね。君は臨床試験を受けて、どうやら記憶を失っちゃったみたい。これは最先端の技術だから大丈夫。君はもう溶けることはないよ。安心して。


 ……もしかして、融解についても忘れちゃった? それは大変。説明すると長くなっちゃう……えっとね、簡潔に言うと人類はみんな溶けちゃってるの。あれ、びっくりした? そうよね、今はこれが当たり前だけど……本来人間って、ちゃんと形があるもの。


 あ、とは言ってもみんながみんなどろどろになっちゃったんじゃなくて、少しずつ、どろどろになっていっている途中って感じかな。その進行も人によって違うから、まだ原型を保てている人もいるけど。


 君? 君はね……うん、そこまで酷くなかったよ。たぶん、そのボディが最新型だから……臨床試験でお金がもらえるから、応募したとかもあるのかな? 今となっては分かんないよねえ。


 まあ施術も終わったとこだし、もう帰っていいよ。あ、記憶ないから帰れないのか。そっかあ……しばらくしたら記憶も戻るかもしれないし、一旦この施設の探検でもしてきたらどうかな? もしかしたら何か思い出すかもね。


 戻らなかったらどうするかって……私にはどうもできないよ。だって私はそんないい医者でもないし。放浪者にでもなるんじゃない?


 とりあえず行ってきなよ。私もそろそろ次の人が待ってるから。そんな暇じゃないんだからね? あ、でもそこの扉の奥には入っちゃだめだよ。すごく危険な実験体がいるからね。それで、あっちは研究者しか入れないとこ。言わなくても入れないだろうけど、一応忠告ね。


 ってことで、それじゃあね。君の幸福を祈ってるよ。




 ――――機械的な扉が開く。君は待合室のような場所に出た。手足がどろどろに溶けた人間たちがいる。中には首から下が完全に溶けてしまっている者を抱えている人間も見える。


 君は辺りを見回した。窓の外には近未来的な建物が立ち並んでいる。まずはこの建物の中を探索してみることにした君は、地図を探そうと思った。どうやら病院のような場所ではあるが病院ではない。『未来融解対処センター』と書かれている看板を見つけた。


 安直なネーミングに不安を覚えながらも君は廊下を歩き回ってみる。先程の彼女が述べた通り、『研究者実験室』と書かれた部屋があった。君は興味本位で扉を開けてみようとしたが、もちろん開かない。警告が鳴らなかっただけマシだな、と君は思った。


 その部屋の鍵のような部分に鍵穴ではなくボトルのようなものがついているのが分かった。鍵は液体であると君は推理した。


 さて、いつまでもこの場にいても仕方がない。次はどこへ行こうか、と君が目を向けた先には、ほんの少し開いた扉と立ち入り禁止を示すデザインが見えた。君は悩んだ。君は人間らしい欲求に襲われた。知的好奇心だ。この中に何があるのか。そしてそれは君の記憶に関わることなのか……?


 さあ、どうする? 君は扉に手をかける。そして、君は――――

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