隊長同士の会話


 騎甲館ドールハウス区画にリリィが戻ってくると濃い緑色の操術衣スーツを着たフィジカの姿が目に入った。どうやら彼も魔獣鋼化筋肉ブルートゥマルスの慣らしに来たようだ。両膝を着いて項垂れているような待騎姿勢を取った〈ガルナモ〉の前に立ち、整備員らが背部へ魔操術器コックピットの取り付け作業を行っている途中である。


「フィジカ、そちらも魔獣鋼化筋肉の慣らしに来たのか?」


 邪魔をするのも悪いかと思えたが一応の挨拶はしておくべきだろうと声をかけながら彼の元へと歩幅広く歩いてゆく。フィジカの刈り上げな後頭部と頭の耳が少しだけ揺れ、身体ごとリリィの方へと振り向いた。相も変わらずな剣を鞘から引き抜いたような鋭い眼光であるが、短期間でも彼という人間が分かれば恐ろしさを感じるものはいないだろうとリリィは思う。


「はい、リリィさんもですか。その格好をお見受けするに」


 喉の奥で言葉をひき潰したような低い声で尋ねるフィジカにリリィは肯定と口端くちはを柔らかく上げてみせた。


「あぁ、そろそろワタシの〈ハイザートン〉の整備も完了する頃合いかと思ってね。しかし、君の〈ガルナモ〉も随分と様変わりなおめかしをしたようだな」


 見上げる格納部に膝立つ〈ガルナモ〉は森のように深く濃い緑色の外装から草花のようなくすんだ黄緑色に塗装され、一般騎な〈ガルナモ〉の鋭角な外装とは明らかに異なる丸みを帯びた造型デザインへと変わっている。


「かなりの無茶をさせてしまいましたからね。整備士と相談の上でですが、魔獣体液の洗浄やキズ深い外装の鍛え直しをするよりも別な外装を取り付ける方が迅速だという事で砦に置いてあった旧型の予備を使用できるようにして貰ったものを取り付けました」

「旧型の予備? ではこれは元々〈ガルナモ〉のものでは無いという事か。いや、しかしこの造型は〈ザートン〉のものとも違うようなのだが。更に旧い魔刃騎甲ジン・ドールなのだろうか?」


 リリィが疑問符を浮かべながらフィジカの改修〈ガルナモ〉を色彩強い青の眼を興味深く輝かせて見上げる。それを見たフィジカは鉄面皮な顔のまま尋ねる。


「もしやとお伺いしますが、リリィさんも本当は魔刃騎甲ジン・ドールがお好きだったのでしょうか?」

「ん? ああ、そうだな。うん、父上や主任マリオの影響だと思うが、実は大好きだったりするな。いや、隠しているつもりも無かったのだが」


 フィジカの問いに素直に応えるリリィの顔は幾分か幼さの増した子供のような明るさを見せる。フィジカは「お好きならば」と少し熱を帯びた説明をすることにした。


「これは〈ザートン〉と制式採用騎を競った魔刃騎甲ジン・ドール〈リフマウ〉の予備ですよ。最終まで競った騎甲ドールだけあり〈ザートン〉とは規格が似ている所がありまして〈ザートン〉から発展開発された〈ガルナモ〉にも外装を取り付ける事が可能なのです。若干〈ガルナモ〉の外装よりも耐久面は劣りますが微々たるものなので問題は無いでしょう」

「そうか〈ザートン〉と競いあった魔刃騎甲。ならば良い騎甲ドールだったんだろ……うん、何故そんな騎甲ドールがここにあるんだ?」

「競合開発された時期は帝国との戦中でしたのでね、使えるものは使えの精神でこのケヨウス砦に試作用に数騎ほど造られた〈リフマウ〉も配備されていたようです。本体は戦中に大破したようで既にありませんが、予備外装だけは倉庫の奥に眠っていたというわけです」

「なるほど、面白い話を聞けた。では今も使えるものは使えの精神で外装を改修したというわけだ」

「ええ、その通りではありますね」


 フィジカは鋭さのある眼を横に動かし、満足納得したと頷くリリィを見下ろし、煌びやかな蒼い瞳と目が合う前に〈ガルナモ〉へと視線を戻した。リリィは視線を外された事に気づきはしたが特に気にせず人差し指を立てて何やら得意気な声を響かせる。


「ところでだ。古着に着替えたコイツの名前は〈リフマウ〉の「リ」を頂戴して〈リ・ガルナモ〉というのはどうだろうか?」

「はぁ、中身は〈ガルナモ〉ですからね。名称を変える必要は無いかと思うのですが……」


 ちょっと得意げなリリィの提案は特に意味は無いと指摘をしようかとフィジカは思ったが。


「……個人的には悪くは無いと思いますので頂戴しても?」

「そうかっ、あぁ、君の騎甲ドールだからな好きに使ってくれ。ははっ」

「まぁ、今回の任務限りではありますが」


 名を気に入ってくれた事に嬉しげに笑うリリィをもう一度横目に見ながらフィジカは表情変わらぬ鉄面皮な口端を少しだけ動かしていた。


「ふむ、まだまだ時間はかかるようですね」


 フィジカ騎の〈ガルナモ〉こと〈リ・ガルナモ〉の整備を行う作業員のひとりが両手で「まだダメです」を表す独特なポーズで真顔に戻ったフィジカに伝えているのが見えた。


「うん、どうやらワタシの方も同じらしい」


 リリィも指揮型の方を見やるとマリオ主任が何やら慌てて肩を怒らせている様子が見えたが、他の整備員達せいびいんらが羽交い締めにしてひとりが「まだまだです」と体全部を使って伝えてくる。いったい何をして肩怒らせなマリオが羽交い締めにされてるのだと首を傾げたが「俺が判断を間違える事もある。その時はおめぇらは俺を止めろよっ」と日頃から言っているマリオの言葉を思い出し、何が何やらリリィには分かりはしないが今がその時だと一致団結をしている様子な整備員達を見ると何かがあったのだろうなと納得をしてリリィは片手を上げて了解を示した。


「では、もう少しだけ話をしないか? 君がよければだが?」

「……特に断る理由は今の私にはありません」


 リリィのおしゃべり延長のお誘いを受け、フィジカは短い言葉で了承をした。



 少し背にもたれかかれる方がいいだろうとリリィの提案で二人は壁際に向かったが、何故かガルシャ側の整備員らが手早く椅子を持ち込んでくれ、すぐに作業に戻っていく後ろ姿が見えた。


「こちらの整備員さん達は気遣いがよくできるんだな」

「はぁ、いつもはそこまで気を回すような方々では無いのですが」


 フィジカは何故か親指を上げる整備員の背をまばたきひとつ無く数秒眺めてから「せっかくなので、座りますか?」とリリィと並んで椅子に腰掛けた。


「それで、何を話しましょうか?」

「そうだなぁ、魔刃騎甲ジン・ドールの話をするのも楽しいが」


 二人並びに座って整備中の騎甲ドールを眺めなが左腕を膝に立てた頬杖な指で目尻横を叩きながらリリィはなんの気なしとフィジカに尋ねてみる。


「テティフはあなた専用のシャドと言っていたのだがあれはどういう意味なのだろう? よかったら聞かせて貰えないか?」

「ッ……っっ」


 フィジカは鋭い眼だけを動かして無言でリリィを見つめるのだが、リリィはただの興味で聞いているだろう事は表情で察しがつき、フィジカは引き結んだままの口を開いて「専用」の意味を答えた。


「彼女はガルシャの地に古くから住む「シャド族」の──」

「──あぁ、それは本人から先ほど聞いたな。連絡役シャドの役職の意味も理解しているよ」

「……そうですか、ならばそこの話は省きますがシャド族の血と文化を色濃く残す彼女達は気に入った相手としか契約を結ばないのです」

「なるほど、テティフはフィジカを気に入ったというわけだな」

「はい、私の何を気に入ったのかは分かりませんが、彼女の森を渡る力と私には無い人柄の良さからくる人脈というものには助かっています。私の連絡役に収まらずとも彼女ならもっと良い役職に着ける事も考えているのですが、テティフは連絡役シャドとしての誇りプライドがあると言って断られています」


 フィジカは眼を瞑って鼻で溜め息を吐く。自分の下などに付いてテティフの才能を潰してしまうのが惜しいと感じているようだが、リリィはそんなフィジカを見て素直な言葉を口にした。


「テティフはじゃないのか?」

「……は?」


 リリィの言葉に彼としては珍しい惚けた言葉を吐いてその横目で見つめる蒼の瞳としばらく眼をあわせる。リリィは首傾げに次の言葉を口にする。


連絡役シャドという仕事が好きだからこのままでいいんじゃないのか? 一族の名の着いた誇りある仕事だろう。あなたもそう言われたと言っているぞフィジカ」

「あぁ、なるほど。確かに」


 フィジカはリリィの言っている意味を理解し、短く言葉を切った。


「まぁ、あなたの事も好きだから離れたくは無いのだと思うが」

「……は?」


 また不意打ちなリリィの言葉に先ほどと同じような惚けた言葉をフィジカが吐くと、リリィは思わず小さく噴き出して笑ってしまう。


「と、すまない。あなたも意外と可愛らしい反応をするのだなと思ってついな」


 リリィは噴き出しな口を小指で抑えて謝ると、口端くちはを少しだけ上げて彼の朴念仁とした硬い顔を眺めた。


「フィジカ、あなたは好かれている人だよ。テティフだけじゃない、第四小隊の皆もあなたが好きなんだと分かるよ」

「……私は、あまり自分を好きにはなれないので彼らの好意は理解できないのですが」

「なに、それは勿体ないな。あなたはもっと自分を理解した方がいいぞ」

「は?」


 リリィの言っている「自分を理解した方がいい」という意味がよく分からず、フィジカはまた惚けた言葉を返していた。


「ああ、話していたらなんだかお腹が空いてきたな。こんな事ならベティが持ってきていたレイズサワークリームサンドを一切れいただいておくんだった」

「今の話でお腹の空く要素はよくと分かりませんが、ベティ隊員のレイズサワークリームサンドはとても美味しいので貴女の方こそ勿体ない事をしましたね」

「そうか、それを聞くと確かに勿体ない事をしたな。よし、ならば慣らしが終わったらまた食べに行こうか。残っていればいいが。アハハ」


 リリィは口元を手の甲で抑え笑いながら椅子から立ち上がると、タイミングを見計らったかのように両整備員達が大きく両手を振って声を掛けてきた。


「フィジカ隊長そろそろお願いします」

「リリィ隊長、こっちも準備できましたッ」


 どうやら準備が完了したようだなと笑顔のままにリリィは腰に提げた銀ベルトから操術杖ケインを抜き取り片手で軽くひと回しすると、同じく立ち上がったフィジカへと顔を向けた。


「おしゃべり楽しかったよフィジカ。また魔刃騎甲ジン・ドールや、あなたの色んな話を聞かせてくれ」

「はぁ、私の話なぞ面白みが無いとは思いますが」

「そんな事は無いさ、あなたは面白いから好きだなワタシも。では」


 片手を振って指揮型〈ハイザートン〉へと向かうリリィの背を数秒と見つめたままになっていたフィジカは自身の頬を殴りつけ銀ベルトから操術杖ケインを抜き取りこちらを見下ろしてくる〈リ・ガルナモ〉へ足早に近づき無言で乗り込むのであった。






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