第15話 事件の真相

双子の両親が来たと聞いて、ハドソン夫人は、戸惑った表情でわたしたちを見た。この面会室を使うなら、一旦わたしたちは退室しなければならない。しかし、シャロンが驚くべきことを言った。


「私たちも一緒に同席させてもらってもいいですか?」


「そうしてあげたいのは山々だけどさすがに無理よ」


「お願いします。二、三聞きたいことがあるんです」


頭を下げるシャロンに、ハドソン夫人は困り果てたが、一応交渉してみるとは言ってくれた。


それから間もなく、アルバート校長と担任の先生に伴われて、両親が面会室にやって来た。二人ともやつれた表情をしている。娘たちがいなくなったのだから無理もない。お母さんは仕事用のスーツ姿で、お父さんはネクタイをしていないジャケット姿だ。担任の先生に紹介され、ハドソン夫人がお辞儀をした。


「あの……申し訳ないんですが、この子たちも同席させてもらってもよろしいでしょうか……一緒に二人の捜索に当たってくれたんです」


「なっ……ホームズさん……」


アルバート校長は、何か言いたげに口を開いたが、それ以上は言わなかった。どうやら、前にも何かあったようである。もしかして、今みたいにシャロンの助けを借りたことがあるのかな? とわたしは想像した。


「ヘレンとジュリアには日頃からかわいがってもらっているんです。優しいお姉さんが二人ともいなくなったと聞いて、心配で心配でいても経ってもいられません。どうかお願いします」


いつもはつんけんした態度のシャロンが、両手を組み、少しもじもじした態度で真剣にお願いしたのを見て、わたしは驚いた。この小芝居は一体何? 普段は別に仲良くないじゃない! それを見た双子の両親は、半ば迫力に押される形で受け入れた、受け入れたと言うよりも、シャロンの小芝居に一杯食わされて呆気に取られているうちに押し切られた形だが。


堅物だと思っていたシャロンが、こんな機転を利かせられるとは思ってなくて、わたしは内心びっくりしてしまった。横を見ると、グロリアも同じ気持ちらしく、口をあんぐり開けている。


あらかじめ、校長と担任の先生から説明はあったものの、改めてハドソン夫人からも二人がいなくなった経緯を説明した。ここではシャロンの推理の話はせず、実際に起きたことだけを話した。


「二人がいなくなった理由に、何か心当たりはありますか?」


ハドソン夫人が気づかわしげに尋ねると、両親は眉をひそめて考え込んだ。


「電話は毎日ではないですが、メッセージのやり取りはしょっちゅうやってます。学校での出来事とか、こちらの状況とか。そこでは特に気になる話は出ていませんでした。前に会ったのは、一ヶ月くらい前でしたが、どこも変わったところはなくて、一緒にご飯を食べて帰ってきました」


お母さんの方が一通り話し終えると、今度はお父さんが話し出した。


「私の方も特には……母親ほど頻繁ではありませんが、メッセージのやり取りは定期的にしています。何かに悩んでいるとか、うまく行ってないという話は聞いていません。あの……ジュリアの方は、シックスナポレオンズというバンドのファンでして、それのコンサートが今日あるから見に行ったのではないでしょうか……」


「それはないと思います」


そこへいきなりシャロンが割って入った。みんなびっくりしてシャロンを見つめる。


「もしそうならば、ヘレンもいなくなったことの説明がつかないし、昨日からいなくなっているということとも矛盾します」


「でも、昨日はまだ二人はいたのでは……」


「いえ、いたのはヘレンだけです。ジュリアは昨日からいなくなっています。今日になってヘレンも出て行ったのです」


当然ではあるが、両親の驚きようは尋常ではなかった。シャロンは、先ほどわたしたちにした説明をもう一度、両親にも行った。


「でも、そんな工作までして二人が出て行く理由がないじゃないですか! 一体どうして!? 外出許可なら簡単に出るのに、どうして親に何も相談しなかったの?」


お母さんは、すっかり取り乱して、どうしたらいいか分からない様子だった。確かに、親としては、自分に相談しなかったと言うことは、子供が自分を信用してくれなかった意味になるから、ショックを受けるのは当然だろう。そこへ、お父さんが苛立たしげにお母さんに言った。


「お前が色々と厳しいことを言うからじゃないか? 怖くて外出許可をもらうことができなかったんだよ、きっと」


「その言葉、そのままあなたに返してあげるわ。私より子供と接する機会が少ないくせに、よくそんな偉そうなことが言えるわね? 私は、一日たりともあの子たちと連絡を欠かしたことはないの。どちらが信頼されているか一目瞭然じゃない?」


にわかに険悪なムードに包まれて、アルバート校長が慌てて止めに入った。


「まあ、まあ、お二人とも。娘さんを心配する気持ちが強いあまりにいがみ合っていたら、本末転倒になってしまいます。ここは落ち着いてください」


しかし、ヘレンとジュリアの両親はどこまでもヒートアップし、今度はシャロンを標的にした。


「娘の友達って言うから黙っていれば、口から出まかせをべらべらと! 根拠のないでたらめじゃないですか! 学校もどういうつもりですか? こんな子に打ち明けるなんて!」


「そうですよ! この子の口ぶりじゃ、まるで娘たちが悪いみたいじゃないですか! そんな、言いがかりも甚だしい! おたくは、生徒をダシにつかってうちの子を悪者にするつもりですか?」


わたしとグロリアは真っ青になってガタガタ震えるしかなかった。唯一、シャロンだけがすました顔でじっとしている。大人に寄ってたかって責められているのに、どうして動じないでいられるんだろうと、わたしは彼女のメンタルの強さに驚くしかなかった。


「どうか落ち着いて。我々は以前もシャロンの推理力に助けられているので、今回も相談したんです。シャロンの推理力は本物です。生徒のことは私が責任を持つので、どうか信じてください」


アルバート校長が落ち着いた口調で両親をなだめた。それで、両親は一応は口を閉じたが、顔を見るとまだ不満がくすぶっているのは明らかである。私は思わず背筋を丸めて小さくなったが、アルバート校長は、淡々とシャロンに尋ねた。


「シャロン、二人がいなくなった理由について調べは付いているんじゃないかい?」


アルバート校長はシャロンの推理力にゆるぎない信頼を置いているのだろう。シャロンは、何事もなかったかのような冷静な態度で両親に向き直った。


「以前一匹の猫を飼っていませんでしたか? 二人の部屋を調べさせてもらったところ、ジュリアもヘレンも、猫と一緒に写っている写真が多く飾られていました。猫だけの写真もたくさんありました。家族同然の大事な存在のように思えましたが、今、その猫はどこにいますか?」


シャロンがここまで言った時、お父さんが「あーっ!」と声を上げた。


「そうだ! 一週間ぐらい前にマロンがそろそろ危ないという話をしたんだった! もう年だからいつ亡くなってもおかしくなかったけど、もしかして……それが原因?」


すっかり青ざめたお父さんに、シャロンは黙って頷いて見せた。


「写真で見ても年寄り猫なのは分かりました。それより私が疑った根拠は、ジュリアの部屋だけ荒らされていたんですけど、猫の写真立てだけは無事だったんです。頭に血が上ったヘレンでも、愛する飼い猫の写真に八つ当たりすることはできなかったんでしょう。それを見て、この猫が関係しているのではないかと疑いました」


「マロンは、元々4人で暮らしていた頃5人目の家族として、飼っていた猫のことです。2年前に、私たちが離婚して、家を引き払い、娘たちは寄宿舎に入ることになりました。私たちは、猫を飼う余裕がなかったので、近所の人に引き取ってもらったんです」


「今でも時々、近所のお宅を訪ねてマロンに会いに行っていると言っていたわ。二人とも赤ちゃんの頃から一緒にいたから、親が思う以上に愛情を注いでいたのかも……そんな気持ちを分かってやれなかったのかしらね……」


さっきまで怒っていた両親は、今度はがっくりと肩を落とした。猫が引き取られた先は、二人が元住んでいた家の近所に住むおばあさんの家だという。お父さんから連絡先を聞いて電話したところ、シャロンの推理通り、二人はその家にいることが判明した。おばあさんから、いよいよ猫が危ないと聞いて、慌てて駆け付けたらしい。


「でも、外出許可を取るにも、元飼い猫が死にそうだからという理由では両親を説得しずらい。そこで、交代で寮を抜け出してお見舞いに行こうとしたんでしょう。幸い、元住んでいたところはここから近いから、日帰りで行って帰って来られる。しかし、ジュリアがいつまでも戻って来ない。おそらく、死期が迫っていて離れられなくなったのかも。そしたら、ヘレンは納得しませんよね、本来なら自分と入れ替わるはずで、偽装工作までしたのに、いつまで経っても帰ってこないのだから。そこで怒って、もうどうなってもいいと寮を出て行ってしまった。ヘレンも猫に会いたくて仕方なかったのでしょう」


わたしは、すっかりシャロンの名推理に感心していた。シャロンが二人の部屋で何を調べていたのか、どんなことを考えていたのか、今なら分かる。床に散らばっていない、無事だった写真はどれも猫が写っていた。ヘレンは、猫が写っていない写真だけを選んで八つ当たりしたから、あのようになったのだ。雑然とした部屋からこれだけの情報を読み取るなんて、やはりシャロン・ホームズはただ者ではない。


シャロンに圧倒されていたのは、一緒に聞いていたグロリアも同様らしく、さっきから口をぽかんと開けたままである。今度からはシャロンに一目置くようになるだろう。いや、とてつもない変人だと言って騒ぐかな? 少なくとも、彼女にもシャロンのすごさは伝わったようである。


「さあ、もう遅い時間だから、あなた達はもう休みなさい。シャロン、ありがとう。あなたには感謝してもしきれないわ。それにジェーンとグロリアもね。明日になったら、改めてお礼を言わせてもらうわ。ではまたね」


話がひと段落したのと、もう夜も遅いので、ハドソン夫人は私たちにそろそろ寝るようにと促した。この後は双子と、その両親が話し合う番だろう。どうか、平和的な結果に終わりますようにと、わたしは心の中で祈った。

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