第4話 シャロンはエスパーだ!

食堂は、すでに多くの生徒たちでごった返していた。料理はどれもホカホカでおいしそうだ。具だくさんのビーフシチューに温かいパン、サラダにヨーグルトのデザートまでついている。私はお皿の載ったトレイを持って空いている席を探したが、大体の子は一緒に食べる子が決まっているようだった。


そんな中、シャロンだけは一人離れた場所で食事している。わたしくらいの年ごろの女の子だと、独りぼっちは避けたがるものだが、シャロンに限ってはそうではないらしく、全く周りの状況を気にかける様子がなかった。わたしはそんな彼女を見て、変わってると思うと同時にどこか羨ましい気持ちもあった。さっきから独りぼっちを異様に怖がっている自分に、いい加減疲れたせいもあるのだろう。


「あの、ここ空いてますか?」


わたしは空いている席を見つけたが、これから誰か来るかもしれないことを考えて、一応そばにいる子に聞いてみた。大丈夫だと言われほっとしながら席に着く。今日のところは仕方ないが、これからここで生活するようになるのだから、わたしも一緒にごはんを食べる友達を見つけなければならない。シャロンは全く当てにならないから、別の子を新しく探す必要がある。


「ねえ、初めて見る顔だけど、噂の転入生の子?」


先ほど声をかけた子がわたしの顔をのぞき見るようにして聞いて来た。噂の転入生の子、だなんて。わたしは、自分が噂になっていると知って少し驚きながら答えた。


「ええ、ジェーン・ワトソン、1年生です。よろしくね」


「私は、グロリア・レストレード、こちらは、トリッシュ・グレグスン。私たちみんな1年生ってことは同級生ね」


「じゃあ、シャロンとも一緒?」


わたしは偶然の一致に驚いて、思わずシャロンの名前を出した。すると、二人は少し驚いた表情を浮かべた。


「あなたシャロン・ホームズを知っているの?」


「知っているもなにも、今日学校を案内してもらったよ。部屋もいっしょなの」


それを聞いた二人は、明らかに顔をしかめた。シャロンの名前を出したのはまずかったかしら? わたしはすっかり戸惑ってしまった。


「そうなの……確かに、あそこは一つ空いていたものね。じゃあ、もしかしたら、これから大変になるかもしれないわね」


「えっ? 大変ってどういうこと?」


「実は、今までに3人あの部屋に入ったんだけど、シャロンと一緒なのは我慢できないと言って変えてもらったのよ。あなたは4人目になるかもしれない」


「そんな……でも一体どうして?」


わたしはすっかり青ざめた。まさかそんないわくつきの部屋だったなんて。グロリアとトリッシュは、お互い顔を見合わせて話そうか迷っているようだったが、声をひそめて説明してくれた。


「どうやらシャロンが怖く感じるみたいよ。なんでもお見通しで、知らないはずのことまで言い当ててくるんだって。まるでエスパーみたいに」


エスパー!? そんな言葉が出てくるとは思わなかったわたしは、すっかり仰天してしまった。


「まさか。超能力なんてこの世にあるわけないでしょう。なにを言ってるの?」


「でも、3人が口をそろえてそう言うのよ。これは偶然とは思えないわ。それもあって、みんな気味悪がってシャロンを避けている。シャロンの方も別に気にする様子もないし、そのままになってるわ」


わたしは全く信じられなかった。オカルトやミステリーの本は、わたしも好んで読むが、それは架空の話だから楽しめるのであって、まさか本当に信じているわけではない。そんなバカな話があってたまるものか。そう思ったが、すっかり食欲はなくなってしまった。せっかくおいしそうなご飯だったのに、わたしは大分残して食堂を出た。


シャロンはすでに部屋に戻っていた。わたしは、さっきの話を思い出しぶるっと震えたが、何事もなかったかのように中へと入った。これからお風呂に入らなければならない。面倒だなあと思ったが、また部屋を出られる口実ができたためほっとしている部分もあった。


しかし、お風呂から出てきたらいよいよ何もやることがなくなった。就寝の時間まではまだ1時間近くある。今日は色々あって疲れたから早めにベッドに横になろう。そう思ったが、目がらんらんと冴えて全く眠れない。じゃあ、イヤホンで音楽を聞こうと思ったが、自宅でいつもそうしていたので、ホームシックになりそうで怖くてできなかった。


家ではもう晩ごはんは終わったかしら? ママがメアリーの寝かしつけをしている頃かな。それが終わったら二人で荷造りをするのだろう。私がいなくなって寂しがってくれているだろうか?


まずい、すでにホームシックになりかけている。わたしはぶんぶんと頭を振って、家のことを思い出さないようにした。


辺りはしーんと静まり返っている。シャロンも同じ空間にいるはずだが、気配が全く感じられない。こういう時は誰でもいいからお喋りがしたい。わたしはいても立ってもいられなくなり、がばっと起きてシャロンに話しかけた。


「ねえ、消灯時間までまだ間があるから、なにかお話しましょうよ。一人じゃどうしても寂しくなっちゃって。わたしのことを教えるから、シャロンについても聞いていい?」


「あなたのことは別に聞かなくても分かるわ」


意外な答えが返ってきて、わたしはびっくりしたまま言葉を失った。食堂の話は本当だったの? 本当にこの子はエスパーなの? まさか信じられない。それなら確かめてやろうじゃないの。わたしは、半ばヤケになって、とことんシャロンに付き合おうと決心した。


「わたしの何を知っているというの? なんにも話してないじゃない?」


すると、机に向かっていたシャロンは、ゆっくりと向きを変え私をじっと見つめた。そして、一通りわたしの机周りをぐるっと見まわしてから口を開いた。


「直接話さなくても観察すれば簡単に分かるわよ。住所は、ロンドン西部の〇〇街。地元の中学校に通っていたが、父が日本へ転勤することになったためここに転入した。家族は父と母の他に小さな異母妹がいる。母は後妻で血がつながっておらず、少し複雑な感情を抱いている。これは、自分だけ日本へ連れて行ってもらえず取り残される感情と関係があるかもしれない。成績はそこそこ優秀、性格も真面目なほうだが、本当はレールを外れたい願望が奥底にある。でも行動に移す勇気まではない」


シャロンは、よどみなく一気に言い切った。それを聞いたわたしは、口をぽかんと開けたまま呆然とした。噂は本当だった。シャロンはエスパーだ!

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