僕らの未来をなぞって

 ひまわり畑での出来事から数日が経ち、僕らはいつも通りの日常に戻っていた。一つだけ変わったことは僕と玲菜が恋人になったことだ。

 あの日から僕らは失っていた時間を取り戻すように過ごしている。

「ねぇ、玲菜は将来何したいの?」

 思い返せば僕は彼女の夢を知らない。 

「どうだろうなあ。私あんまりそんなこと考えたことないかも」

「そうなんだ。玲菜ってちゃんと未来見据えているかと思ってたよ」

「そう? 私よりも想心君の方がちゃんと考えていると思うよ」

 あの日から僕は自分の未来と真剣に向き合うようにしていた。先生にも伝えられし、親にも自分がしたいことを話すことが出来た。大きな一歩を踏み出せたんだ。

「ありがとう。でも、もし玲菜がやりたいことを見つけたら教えてね。いつでも力になるから」

「……うん」

 彼女の返事は少し元気がなかった。疲れているのだろうか。なんにしろ僕が彼女を支えていけばいい。

 そう誓ったから。

 その日の授業はめんどくさいものばかりだった。一限目から英語は正直地獄でしかない。この前のテストは六五点と過去最低点数を叩き出してしまった。

 僕にとって英語は無意味なものだ。なぜ日本語以外の言語を学ばなければならないのだろう。この時間を使ってもっと別のことをしたほうが効率的だと思う。

 そんなことを考えている間に一限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 午前中の授業を耐え抜いた僕はお昼の始まりとともに屋上へ走った。約束していたことがある。スマホを取り出して電話をかけた。

「もしもし、今昼休みになったよ優」

 電話の相手は、優。玲菜から電話番号を聞いていた。事前に玲菜の方から連絡してくれていたのですんなりと話すことが出来た。

「おう。元気にしてたか?」

「おかげさまで。優の方こそ元気にしてた?」

「当たり前だ。それで、話って何だ?」

 僕は優に聞きたいことがあった。

「どうして優の妹と玲菜が友達だったのか知りたくて」

 玲菜にも聞いてみたが教えてくれず、優に聞けと言われて話をそらされるばかりだった。

「あぁ、そのことなんだが。ちゃんと話さないとな」

 彼の声が急に曇った。

「俺の妹と玲菜は同じ病気を患っていたんだ」

 彼の声に僕は不安を感じた。同じ病気? 玲菜が? 

 必死に理解しようとしても頭が回らない。整理がつかない。

「どういうこと……?」

「俺の妹は、胃がんだったんだ」

 胃がん。その言葉を聞いて呼吸が激しくなった。同じ病気ってことは、玲菜も……

「小さい頃に発症してからずっと病院生活だった。入退院を繰り返しながらも少しずつ回復に向かっているはずだった。でも、急に病気は悪化して入院を余儀なくされてさ」

 彼の話は僕に重りのようにのしかかってきた。理解が中々追いつかない。僕はどうしても知りたいことを聞いた。

「じゃあ、玲菜は」

「あいつと知り合ったのは妹が入院をしてから数日後だったよ。お見舞いに来ていた俺は妹から友達が出来たと言われたんだ」

「その友達って」

「そう、妹の友達が玲菜だった。玲菜は妹と同じ胃がんで入院してきたよ」

 知りたいはずなのにその先を聞くのが怖い。でも、彼女のことを知らないと。そう思って彼の話に耳を向ける。

「玲菜は、妹よりも症状は少なかったが中学生のあいつにとっては学校生活にも影響が出ていたと思う」

 中学生のとき……

 彼女は僕のことを助けたかったけど怖かったと言っていた。もし、この話が本当なら彼女が僕を助けることなんて難しいはず。

「お前がいじめられていることを知っていながら助けられないってずっと悔やんでいたよ」

「そして、妹が亡くなった日。あいつは泣いてくれた。そして俺に頼んだんだ」


「山宮くん。一つだけ頼みたいことがあるの」

「頼みたいこと?」

「山宮くんが進学する高校に私も行くんだけど、私の友達も進学するの。それで、その人と仲良くしてほしい」

「別にそれくらいは良いんだけど、どうして急に」

「実は、私病気が進行してるの。高校卒業できるかわからないって。私がいなくなってからのことお願いしてもいいかな?」

「そんなこと言うなよ。妹の分も生きてくれよ」

「私だってそうしたいよ。病気になんて負けたくない。でも、どうしようもないことだってあるの……」

 あいつの目は何かを望んでいるように儚い目をしていた。

「だから、もし私がいなくなったらその人のこと助けてあげて。私が出来なかったことをしてあげて」

「……分かった」


 その後に優は僕のことについて玲菜から聞いたらしい。確かに彼は入学した時に僕に話しかけてきた。それも玲菜からの頼みだったんだ。

「ねぇ、今は玲菜の病気って……」

「進行しているらしい」

 その瞬間僕の中で何かが壊れた気がした。

 あの日、玲菜はずっと一緒にいると言ってくれた。でも、その時には自分の先が長くないことを知っていたはず。なら、どうして。

「あいつはお前に余計な心配をかけたくなかったんだと思う」

 さっきの会話も、彼女が未来について話さなかったのは既に未来がないことが分かっていたから。

「優、僕はどうしたらいい? 何をするのが正解だと思う?」

 自分が何をするべきなのかも分からなくて、真っ白な頭になった僕は考えることが出来なかった。

「大切なことは、長谷川がどうしたいかじゃねぇの」

 そうだ、何をすべきなのかじゃない。今の僕が彼女に何をしたいかだ。僕がどうしたいかそんなの決まっている。

「ありがとう優、また君に助けられたよ。僕、行ってくるね」

「おう。頑張れよ、想心」

 強く返事をして電話を切る。深呼吸をして僕は歩き始めた。行き先は既に決まっている。

 教室に着くとそこに玲菜はいなかった。クラスの人に聞くと僕がいなくなった後、彼女は教室を出たらしい。もうすぐ昼休みも終わるというのに帰ってきていないなんて。

 なんだか嫌な予感がした。先生なら知っているかもしれない。そう思った僕は授業が始まることなんて気にせず先生を探した。

 職員室に行っても先生はいなかった。他の先生に聞くと保健室にいるかもしれないと言われた。それを聞き保健室に行くとそこには先生が佇んでいた。

「先生、玲菜は」

「病院に行った。体調が悪くなって保健室に来たら倒れてしまって」

 良くないことが起きている。そんなことは今の僕にでもわかる。

「なら僕も!」

「ダメだ。今のお前が行っても何も出来ない」

「それでも! どうか彼女のそばにいさせてください」

 僕の言葉に先生は折れてくれた。

「わかった。車を出してやるから早く会ってこい」

 そう言うと先生は僕を連れて車を出してくれた。車の中で僕は先生から玲菜のことを聞いた。

 玲菜は二年になってから体調が悪くなりやすかったらしい。七日のあの日も体調は悪く僕のことを追いかけることは出来なかったそうだ。それでもちゃんと僕と向き合いたくて先生に伝言を残し、ひまわり畑へと向かった。

「先生、もし玲菜の病気が悪化したら……」

「心配するな。あいつならきっと大丈夫だ。お前が一番信じてやれ」

「……はい」

 会話も尽き始めた頃、先生の車は病院へついた。

「行って来い」

 先生に「ありがとうございます」と伝えた僕は病院の中へと足を運ぶ。受付で玲菜の病室を聞き、急いで向かった。

「玲菜!」

 病室の扉を開くと同時に叫ぶ声は部屋中に響いた。

「想心君……?」

「玲菜、どうして僕に病気のことを隠してたの。心配したんだよ?」

「ごめんね。でも、教えちゃったら余計に心配させちゃうから……」

 そんなことどうだっていい。心配ならいくらだってする。君の為ならどれだけ自分の時間を失っても良いんだ。その想いを吐き出すように、

「僕は、玲菜の未来を一緒に見たい。どれだけ時間が少なくても僕が玲菜の未来を作るから。だから、もういなくならないで」

「想心君、ありがとう。私も想心君の描く未来を一緒に見たい」

「私に残された時間がどれだけかなんてわからないけど、私は私の未来を諦めないって約束する」

 自然に繋がれた手には涙がこぼれ落ちていた。

 それから僕たちは未来の話をした。どんな仕事をしたいとか、どこに行ってみたいとか。その一つ一つを紙に書いていく。僕たちの未来予想図だ。

 描かれた未来を僕らはなぞって笑いあった。今までにないほどに幸せそうな顔をしていた。

「それじゃ、また来るから」

「うん。またね」

 彼女と別れを告げ僕は先生の所へ戻った。

「すみません先生。もう大丈夫です」

 先生は何も言わずに車を出して学校へと戻り始めた。

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