第5話 何か隠している?

 私はアルに手を繋がれて王都の街を歩いています。アルはごきげんなのでしょう。頭一つ分背の高いアルを見上げますと、無表情ながらも口元がわずかに上がっています。

 今いる場所は貴族が来るような地区ではなく、庶民が暮らすために必要な品物が揃えられた通りになりますので、とてもにぎやかな場所をアルに手を引かれて歩いています。

 冒険者ギルドがある通りですので、私はよく知っている場所になるのです。しかし、アルはサクサクと歩いているのですが、貴族のそれも侯爵子息のアルがこのような下街の土地勘があるのでしょうか?


 そして、周りからヒソヒソ声が聞こえてきました。


『あれ、黒衣のアリシアじゃないか』

『いつか何かを起こすとは思っていたが』

『赤の竜騎士に連行されているじゃないか』

『おいおい、あれ『鬼人の副団長』だろう?』

『とうとうお縄についたのか』


 何故、私が悪者になっているのですか! それに赤竜騎士団は討伐専門の職です。警邏を担っているのは黒竜騎士ですわ!

 私は何も悪いことはしていませんわ。黒いフードの内側から声のする方に視線を向けてみれば、冒険者ギルドで見かける人たちが色々言っているのです。ああ、それなら何かしら言われても仕方がありません。冒険者ギルドでは色々やらかした記憶がありますので。


「シア。どこか行きたいところはあるか?」


 アルが私に希望を聞いて来ましたが、ふと私は肝心なことを確認してないことに気が付きました。


「アル様。私、今回の依頼が結局どういうものか聞いていないのです。それによって用意するものも違ってきますし、数日ダンジョンに潜るとなると、その日数を過ごすために最低限のものは用意しなければなりません」


 私は倉庫一棟分の亜空間収納を持っているので、手荷物が増えるということはないのですが、新鮮な食料は必要ですし、どのようなダンジョンか知ることで、必要な物が変わってきます。今まで日帰りの依頼しか受けて来なかったので、足りないものは今日揃えておかないといけません。


「そうだったな。少しお茶でもしようか」


 アルはそう言って私の手を進行方向とは別の方に引っ張って行きます。

 路地の角を曲がり、別の通りに出て、テラス席がある庶民が利用するカフェに入っていきます。店内はまだ午前中のため、遅い朝食を取っているご老人や、仕事に行く前の一杯の珈琲を飲んでいる人など、パラパラと客がいるのが窺えます。そして、古い建物なのでしょう。床がギシギシとなり、一昔前に流行った形のテーブルや椅子が目の端に捉えられ、年季の入ったカウンターテーブルがこの店の歴史を感じさせてくれます。


「個室は空いているか? ……そこにいつもの紅茶と菓子を頼む」


 カウンターの奥にいる白髪混じりの金髪を後ろに撫でつけた壮年の男性がアルの言葉に頷くだけで答えました。愛想というものは全く見受けられませんが、客層からみれば、静かに時間を過ごしたいという人が利用するカフェなのでしょう。

 それにアルの言葉から定期的にこのカフェを利用しているようでした。とても意外です。


 アルは勝手知ったると言わんばかりに店の奥に行き、重厚な扉を開けそこに入って行きます。

 その部屋の中は先程の店内とは異なり、一番に目に入ったのは白い大理石でしょうか?石のテーブルが中央に鎮座しています。毛足の長い絨毯に足を取られながら進むと、柔らかそうな黒い革のソファーに座るようにアルに促されました。腰を降ろすと沈み込みそうなほど柔らかいです。

 何でしょうか? この部屋だけ特別なのか内装が違っています。

 私が外套のフードをはずして、部屋の中を見渡していますと、斜め上からため息が降ってきました。どうしたのでしょう?


「シア。生活が苦しいのなら言ってくれれば、いくらでも援助する。だから、働かなくてもいい」


 はぁ、やはり貴族の令嬢が庶民の格好をして冒険者なんてしているのは外聞が悪いのでしょう。

 しかし、ここでアルに生活費を出してもらうのは違うと思います。


「アル様。私はいやいや冒険者としているのではないのですよ。これはこれで楽しいのですわ。偽善かもしれませんが、困っている人を助けることができるのですもの。そういう意味ではアル様のお仕事と同じですわね」


 私は好きでこの冒険者をしているのだと、笑みを浮かべてアルに言います。

 冒険者と言っても誰かから依頼がなければ、職が無くなる存在です。冒険者ギルドは依頼人と冒険者という依頼を受ける人たちを繋ぐ仲介業社でしかありません。依頼人は様々です。畑がワームに荒らされて駆除をして欲しいが、少ししかお金を出せないとなると、その依頼を受ける人はいないでしょう。ですから、別の依頼を抱き合わせて、ついでにこの依頼も受けて欲しいと言われるのです。

 言い換えれば、冒険者は“何でも屋”なのでしょう。

 妹のクレアほどの歳の少年たちが、『ドラゴンを倒して有名になるぞ』と意気込んでいるのを微笑ましく見ていたりしますが、ドラゴン討伐となれば、いち冒険者というよりアルの所属する赤竜騎士団が動くことになりますので、ドラゴンスレイヤーに成るのはほぼ無理です。

 それよりも確実にお金を稼げる依頼を複数受けるのが一番です。それで私は弟と妹とばあやと爺やの暮らしを維持しているのですから。


「同じ……同じ……同じ」


 アルがブツブツと言葉を呟いていますが、どうしたのでしょう? 私が言ったことが気に食わなかったのでしょうか?


「わかった。今までどおり続けてくれていい。ただ条件がある」

「条件ですか?」


 何を言われるのでしょう? 私はアルの碧眼を見つめてドキドキしながら言葉を待ちます。


「あのデュナミス・オルグージョと同じ依頼を受けるな」


 金ピカと共闘するなということですわね。元々性格的に相性が悪いので、同じ依頼を受けることは無いでしょう。


「そのフードは絶対に外すな」


 黒い外套のフードですわね。もともと顔を隠す為に被っていますので、人前でフードを外すことはありません。大丈夫です。


「あと、シアの悪口を言った奴の顔は覚えたから後でしばいておく」


 ……え? あの私が連行されているのではとコソコソと話していた冒険者たちのことですか?


「アル様。そのようなことは必要ないですよ。冒険者同士で揉め事が起こらないかと言えば、そうではありませんもの。私はお金を稼ぐ為に色々依頼を取っていきました。気に食わないと思われるのは当然のこと」


 私はアル様の大きな手を握ります。


「ですから、アル様が手を出すことではないのですよ」


 その時、扉からノックが聞こえてきました。


「入ってきていい」


 アルが入室の許可を出しますと、先程の壮年の男性がカートを押して入って来ました。

 そして、無言のままアルが注文した紅茶を白いテーブルの上に置いていき、焼き菓子を置いてすっと後ろに下がり頭を下げてました。所作がとても綺麗な方というのが印象的です。まるで、何処かの貴族の方に仕えていたのかと思ってしまうほどです。


「すまないが、ネフリティス侯爵邸に連絡を取って、馬車をここに回してくれるように伝えて欲しい」

「かしこまりました。アルフレッド様」


 壮年の男性はそれだけを言って、部屋を出ていきました。あの方はアルのことをアルフレッドと呼びましたわ。ネフリティス侯爵子息ではなくて。もしかしてあの方は……


「アル様。もしかして、あの方はネフリティス侯爵家に仕えている方なのでしょうか?」


 するとアルは驚いたように目を見開いて私を見てきました。


「シア。よくわかったな。お祖父様の子飼いだ。今でも前ネフリティス侯爵の権力が健在な理由の一つだ」

「まぁ、そうなのですね。この部屋だけ見たことがあるような内装だと思いましたら、ネフリティス侯爵家のサロンに似た感じだったのですね」


 それにこの紅茶の香りはいつもネフリティス侯爵家でいただいている紅茶の香りですもの。


「ネフリティス侯爵邸にいるように落ち着きます。アル様、とても素敵なところに連れて来てくださって、ありがとうございます」


 私が出された紅茶を飲もうと手を伸ばせば、腰を引き寄せられ、アルが私を抱きかかえています。あの?私、紅茶が飲みたいのですが。


「シアが可愛すぎる」

「え? それは黒髪がいいということでしょうか?」


 アルからの突然の言葉に思わず白髪より黒髪の方がいいということなのかと尋ねてしまいました。


「シアはどんな色でも似合う」


 ああ、そういう意味だったのですか。確かに黒髪だと雰囲気は少し変わりますね。


「見た目もだが、シアは全部が可愛い」


 ……いつもですが、アルは言葉が足りないと思うのです。私の全部が可愛いというのはどういうことなのでしょうか? 私には言葉の意味が理解出来ないです。


「そうなのですか? 容姿のことはよく褒められますが、それ以外は色々言われることがありますわね」

「……容姿って誰に褒められたんだ?」


 褒められたと言うよりは、比較するのに使われると言った方が良かったでしょうか? アルの婚約者だと、令嬢たちのお茶会の席で色々言われるのです。

 『顔で誑かしたのでしょう』とか、『顔はよくてもあのガラクシアース伯爵家の者が何故、アルフレッド様の婚約者などに』とか、『見た目しか取り柄がないですものね』とか言われるのです。これは褒められたと言うには語弊がありましたね。


「お茶会の席にいた、ご令嬢の方々ですわね」

「そうか」


 はっ! なんだかいつものように、ただお話をしているだけになってしまっていますわ。


「アル様。今回の依頼の話を教えていただけますか?」

「……シアは道案内をしてくれるだけで、大丈夫だ」


 全然大丈夫では無いです。準備を怠って命を落とすのは私達の方なのですから。


「では冒険者アリシアとして聞きますわ」

「依頼をしたのは赤竜騎士団であるから、必要な物はすべてこちらで用意する」


 なんだか、話が平行線になりそうですわ。ここは私が折れた方がいいのでしょうか?

 いいえ、備えあれば患いなしですわ。


「アル様。何故教えていただけないのですか?」


 私は首を傾げてアルを見上げます。すると、少し考えるように斜め上を見たアルが、その後真剣な目をして私に視線を合わせてきました。


「シア。シアが望むのであれば、愚兄の寝首をかいて、次期侯爵の地位を得てもいい」


 ……ちょっと待ってください。どこをどうしたらお家問題に発展するのですか? 今は依頼の内容を教えて欲しいという話だったはずです。


「フェリシアは権力を望みませんよ」

「はぁ……(ジークフリートと仲がいいとは聞いてなかった。いざとなれば、侯爵爵位ぐらい必要だ。あの兄は婚約者と上手くいっていない。そこをついて……)」


 アルがボソボソと呟いていますが、第二王子との仲はよくないと言っているではないですか。それに何故、仲がいいと爵位云々の話になるのですか? このままだとお家騒動に発展してしまいます。

 この思考を止めさせればよろしいのですわね。


 私は身動きが取れませんので、少々無作法でも許していただけますよね。風の魔術を使って、焼き菓子を一つ浮かび上がらせます。


 それを右手でつまんで、アルに差し出しました。


「アル様。せっかく焼き菓子を用意してくださったのですから、食べませんか?」


 私はニコリと笑みを浮かべながら、焼き菓子をアルの口元に持っていきます。するとアルは少し目を細めてパクリと焼き菓子を口に含み、もぐもぐと食べてくれました。あまり表情は変わりませんが、アルがまとう雰囲気が穏やかなものになったと思います。


 結局、ネフリティス侯爵家の方が迎えにくるまで、いつものお茶の時間が過ぎていったのでした。


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