第3話 蟲毒

ここは裏吉野。人里から離れた山の中である。

吉野には金峯山寺という役行者が開いた寺院があるが、その裏には現代では地図にも載っていない裏吉野という土地がある。

裏吉野には、現代の日本では住みにくくなってしまった、妖たちが多く暮らしている。

その裏吉野には銀峯山寺という寺院があり、金峯山寺とともに結界を張り妖たちと人間がトラブルを起こさないように見張っている。

吉野は桜の名所として知られているが、ここ裏吉野もまた桜が多く植えられており、春になると辺り一面が桜の山となる。


「今年も桜が、きれいだね。春になるとウキウキするな。」

神宮司が桜を眺めてうっとりしている。

銀峯山寺から山伝いに行ったところに、妖鬼神社がある。妖鬼神社は奥吉野の中心に位置しており、春になると桜が山を覆い、妖鬼神社の境内からは、裏吉野の桜を眼下に見下ろすことができ、毎年見事な桜の景色を望むことができる。

妖鬼神社の境内の掃き掃除をしながら神宮司とカイトが桜を眺めていた。

「僕は満開も好きだけど、少し葉桜になった桜も好きなんだよね。なんか桜餅みたいじゃん。」

「カイトは食いしん坊だなぁ」

神宮司とカイトが笑っていると、

「おーい、神宮司。お客さん連れてきたぞ。」

大人でも二人掛かりで抱えるぐらいの大きな葛籠を担いだユウタが一人の老婆を連れてやってきた。

「このおばあさん、妖鬼神社に届けるっていって、このでっかい重い荷物もって道に迷っていたから連れてきた。」

見慣れない老婆だった。

「おばあさん一人で、この荷物は大変だったでしょう。カイト、ちょっとお茶入れてきて。」

「はいはーい。」


銀峯山寺は代々烏天狗が守ってきている。ユウタはその直系の烏天狗である。

烏天狗はいつも山伏のような姿をしていて、ユウタも例にもれず山伏の恰好をしている。

少し、おっちょこちょいな面もあるが、いつも困っている人を見ると放っておけないとても頼れる存在である。


神宮司たちは荷物を置くために、拝殿の前に移動した。

ユウタがそっと葛籠を降ろした。

「わしは、ある人に頼まれてこの葛籠を届けに来たんじゃよ。」

そのおばあさんは、神宮司にニヤリと笑った。


神宮司勇太はここ、妖鬼神社の禰宜である。普段は、浅黄色の装束を着て、神社の管理と、銀峯山寺とともにこの奥吉野の結界を守る役目を担っている。烏天狗のユウタと同じ名前のため近しい人たちは皆、神宮司かジンと呼んでいる。とても温厚な性格で、正義感が強く、とても頼れる男だ。裏吉野には妖たちが多く住み、人間は限られたものしか住んでいないが、神宮司の家系は代々、この妖鬼神社の神官として、暮らしている。母は人間だが、実は父は鬼であり、神宮司は半鬼である。


「これは、相当重そうですね。運ぶの大変だったでしょ。おばあさん、少し休んでいってください。

ところで、ある人って、どなたですか?それに、この葛籠の中身はなんですか?」

神宮寺が聞くと、

「開けてみればわかるさ。じゃぁ、わしは急いでるから、これで失礼するよ。」

と言って、帰ってしまった

お茶を持って戻ってきたカイトが。、

「あ、まって。あぁいっちゃった。せっかく、お茶入れてきたのに~

で、ジン何なのその荷物?」

カイトは入れてきお茶をそばに置きながら、不思議そうに葛籠を覗き込んだ。

「さぁ?何だろうか?開けてみようかな。」


カイトはこの妖鬼神社に住み、雑用などをしている。

実は、彼は人間ではなく、猫又である。人間の姿をし松葉色の装束を着ているが、装束の下には二股に分かれた尻尾を隠している。神宮司の祖母の飼い猫だったが、祖母が亡くなる際一度、行方不明になり、その後しばらくしてこの妖鬼神社に猫又になって現れ、その後住み着いた。のんびりした性格はやはり猫だったからだろうか。

神宮司の周りからは、神宮司の弟のように扱われることが多い。ただ、彼自身は、神宮司の祖母から神宮司のことを守るように、言われているので、神宮司の保護者のつもりでいるらしい。いつも神宮司と共に妖鬼神社の細かな雑用を手伝っている。


実は、この裏吉野に住む者は、ほとんどが妖や、人ならずの者たちだ。

人間は限られたもの以外は、この裏吉野には住むことができない。

裏吉野は、現代の人間社会に適応できなかった、妖たちが住んでいる。

まだ、人間と妖たちが、共存していた時代では、銀峯山寺の結界もなく、人間と妖も行き来をしていたが、今では結界をはり、人間社会と妖たちの行き来はなくなった。

ただ、神宮司の家系は代々この妖鬼神社を守り、妖たちや、人ならずの者たちの暮らしを見守っている。


葛籠は神宮司たちの腰ぐらいの高さがあり、かなり重そうである。赤い組みひもで括られており、贈 妖鬼神社と書かれている。

「あのばあさん、これを一人で背負ってたから、俺が代わったんだけど、俺でも重かったんだ。あのばあさん、どうやってこの葛籠をしょってたんだろうな。びっくりしたよ。」

ユウタが心底びっくりした顔で話した。


神宮司が赤い組みひもをほどこうとしていると、拝殿の奥から声がした。

「その葛籠を不用意に開けるな。」

三人が振り向くと、そこにはショウが立っていた。

ショウは、この神社の御祭神である大狗神の息子で自身も狗神である。いつも、紅い華やかな着物を着て、太刀を携え、大きく白い豊かな毛の尾がある。

いつもは、本殿に住んでいるというが、あまり人前に出てこない。初めて会うものは、その威圧感で圧倒されるが、本当は優しい

神宮司が小さなころから、いつもそばで成長を見守っていた。


「でっかい葛籠やな。厄介かもしれへんぞ、ショウ」

その後ろから、濃い黒に白の桜の花弁が描かれた着物を着た、大きな尾が九本ある男が現れた。

この男はレン。レンはこの神社の一角にある稲荷社に住む九尾の狐だ。

少し、冷たい印象を受けるが、本当は熱い情熱と深い愛情を隠し持っている。ある事件でショウに一度稲荷社に封印されたが、その封印も解かれ、いまはその稲荷社を拠点にしている。

その昔、まだこの奥吉野に結界など張られていなかった時代から、ショウとレンの二人はこの奥吉野で妖たちと暮らしてきた。

そして、この裏吉野でおこる様々な不可思議な事件を、ショウ、レン、神宮司、ユウタ、カイトの5人が、解決している。


「その葛籠からは不穏な気配がする。開ける前に一度結界を張れ。」

ショウにそう言われた神宮司は、「わかった」といい、結界を張る準備を始めた。

葛籠の周りに結界を張り巡らせ、ショウと神宮司が結界内で葛籠を開けると、紫色の瘴気のようなものが漏れ出ている壺が現れた。

「これはかなり強力な呪がかけられている。ジン、すぐに結界から出ろ。俺が処理する。」

「わかった。ショウ、頼む。気を付けて。」

神宮司が避難したことを確認したショウは、その壺を葛籠から取り出して、不思議な呪文を唱え始める。

「 オンバサラウンケイソワカ。オンバサラウンケイソワカ」

しばらくすると壺がガタガタと音を立て始め、その中から、大小の気味の悪い黒々とした生き物たちが塊になって出て、ショウに襲い掛かろうとする。

その黒々とした生き物がショウの身体を覆い、グチャグチャと気味の悪い音を立てた。

「ショウ!」

神宮司が慌てて、ショウに駆け寄ろうと結界に入ろうとした時、

「ジン、結界に入るな。ショウなら大丈夫や。見てみろ。」

とレンが神宮司を止めた。

「・・・・・・・・覇ッ!!!!!!」

その黒々とした生き物たちの中から、白い光の筋が幾筋も出て、ショウを覆っていた生き物たちが、剥がれ落ちた。

ショウの気合でその生き物たちは、地面に落ちて動きを止め、シュウシュウという音を立てながら、紫色の煙と腐臭を放ち、次第に消えていった。


「もう安全だ。瘴気も消えた。だが、しばらくはこの結界はそのままにしておこう。」

と、結界から出てきたショウに、カイトと神宮司が駆け寄った。

「ショウ、大丈夫なの?」

神宮司が心配そうにショウに尋ねた。

「あぁ、大丈夫だ。それよりこの葛籠を持ってきたのは、誰だ?」

「さっき、おばあさんが、この葛籠を持ってきたんだ。ある人からの寄進だといって。」

ショウがそれを聞いて頷き、顎に手を当て、眉をひそめた。

そして、壺の中や葛籠の中を調べだした。


「ショウがいなかったらどうなってたんだろ。これはいったい何なの?」とまだ少し不安げにカイトが尋ねる。

「これは,蟲毒といってあらゆる生き物の呪いを集めた呪物だ。あの瘴気に当たるだけで生身の人間なら死んでしまう。」

と、ショウが答える。

「いったい誰が何のために、こんなものを?あのおばあさん、どうゆうつもりなんだ?」

と神宮司がこわばった顔でつぶやくと、

「結界の外からでも、かなりの邪悪な気を感じた。これを作ったものは相当な力を持ってるやろな。」

とレンが言った。

すると、壺の中を調べていたショウが、

「レン、見てくれ、壺の中にこの札が入っていた。」

と、ショウは札をみんなに見せた。

「封妖」その札には書かれていた。そして裏には「魔塊鬼再来」と。

その札を見て、レンの顔が険しくなる。

「これは、魔塊鬼!奴か」

「そう、あの時、俺たちが封印したはずの魔塊鬼だ。封印が解けてしまったのか?いったいどうして?」ショウがつぶやく。

ショウとレンは、どうやら状況が分かってきたようだが、他の三人は全く分からないという顔でいる。だが、とてもまずい状況のようだ。

「いったい、魔塊鬼って何?あのおばあさんが、その魔塊鬼だったの?わかるように説明してくれないかな」

神宮司が二人に聞いた。

ショウもレンもどこから説明したらいいやら、という顔で、顔を見合わせていたが、重い口を開いたのは、レンだった。

「3人はあの戦いは知らんのやな。ユウタは修行に行っていて、留守にしていたし、カイトはまだ猫やったし、ジンはまだよちよちの赤ちゃんやって、カイトとジンは、桜子さんたちと安全なところに避難していたから、ほとんど記憶はないんあたりまえや。

ある時、魔塊鬼という悪鬼集団がこの集落を襲ってん。

そん時、ショウの親父さんやジンの親父の仲間たちと、俺やショウも一緒に戦った。」

ショウがその言葉を引き継いで、語る。

「壮絶な戦いだった。双方失うものも多くて。その時にジンの親父さんは、黄泉の谷に落ちて行方不明になった。」

「ちょ、ちょっと待って。父さんが、黄泉の谷??父さんは死んだんじゃないの?」


「黄泉の谷に落ちたものは、生きて戻ったものはいないといわれてる。でも、龍樹さんならもしかしたらッて俺たちも思ていた。でも、今もまだ戻ってこうへんということは・・・」

レンが神宮司に申し訳なさそうに答えた。

「そうか…。で、その戦いはどうなったの?」

ショウが続ける。

「うん、こちらもかなりの痛手をおって、かなり不利な状況だった。でも、俺たちの仲間の一人が、自分の身を犠牲にして魔塊鬼の魔力を封じることに成功した。

そのおかげで、魔塊鬼を殺生石に封印することができたんだ。」

「そう、玄樹が犠牲になったんだよね。僕も後で聞いて、悔しかった。」

ユウタも修行から帰ってきてから、その時の戦いのことは周りから聞いていたという。

そして、仲間だった一人が犠牲になったことを後に聞いて、悔しがり、自分がいなかったことを悔やんでいたという。


そして、札を睨みながらレンが言う。

「そして、魔塊鬼を封印した時に殺生石に封じ込めるための札として貼ったんが、この札や。この札が剝がされているということは、魔塊鬼のの封印が解かれて、解放されてしまったということや。その老婆が何者なんかってのも問題やな。」

レンが忌々しそうにつぶやいた。

「とりあえず、殺生石の状況を確かめたほうがよさそうだな。よし、これから、その殺生石の場所に行って確かめよう。」

ショウが言うと、みんながうなずいた。

「俺と神宮司で殺生石の様子を見に行く。カイトはここに残ってこの神社の警備を。レンは、村の様子を見てきてくれ。あと、ユウタは銀峯山寺に行って、親父さんに事情を話してきてくれないか?場合によっては協力してもらわないと行けなくなる。」

それぞれが口々に「わかった」いい、それぞれ分かれた。


「じゃぁ、ジン、俺と一緒に来てくれ。ここから少しかかる。今日中には帰ってこれるだろう。そうだ、お前がいつも身に着けている勾玉は、今も持っているな。」

「あぁ。父さんの形見のこのお守りのことだろ?」

神宮司は勾玉がついた根付を胸元から取り出した。

「それだ。絶対にその勾玉は肌身離さず持っていろ。」

「これが、どうしたの?」

「いずれわかる。」

ショウはそういうと、

「じゃぁ、行ってくる。カイトここは頼んだぞ。」

「うん、わかった。ショウとジンも気を付けてね。」

カイトは心配そうに2人を見送った。


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