宝箱に忘れな草色の綿飴を

想月ベル🌙

第1話 星の子に成れた日

あの日のことは何があっても絶対に忘れない

そう僕は誓ったんだ


窓からみえるテーマパークの景色が段々とオレンジ色に染まる頃、ピンク色の桜の花とオレンジ色の夕焼けが溶け合う景色を、僕は眺めていた。この時間帯は僕たちが生まれてからずっと居る家に沢山の人間が遊びに来る。小さな子どもや大人もみーんな笑顔だ。

僕たちの世話をしてくれる人達はせかせかと働いている。

僕たちの兄弟を大切に渡して「仲良くしてあげてね、この子は君の家族だよ」

と言うと子どもも大人も関係なく笑顔になる。勿論僕たちのことを大切にお世話してくれた人も里親に僕たちを託す時はさっきの言葉がまるで幸せの呪文のように窓から見える満開の桜のような笑みになる。

だからいつか僕も誰かに買われて僕が誰かのものになることを待ち望んでる。

「ったくあの女絶対ハズレだろ」

「何がハズレなの?兄さん」

「わかんねえか?新入り。人間のことだよ。僕たちを大切にしてくれるかどうか品定めしていたんだ」

僕が兄さんと呼ぶこのぬいぐるみは僕より先にこの家の住民でたまたま僕の隣になった。最初はお兄ちゃんと呼ぼうとしたけどその呼び方はやめろと言われてしまったので兄さんと呼んでいる。

「あの子どもはまあマシかな?ああ、あの男絶対に彼女にプレゼントするつもりだろ!くっそ俺らはリア充のプレゼント道具じゃねえのになんで男どもは俺たちを買えば彼女が喜ぶと思えんだよ。というかこんなシチュエーションでぬいぐるみを渡す男は大体後でフラれるし、その時は彼女が喜んでも別れたあとは女の方がすぐに俺等のことを捨てるんだよ。あああいつに買われた奴可哀想だな。今度生まれ変わった時はぬいぐるみとかじゃなことを祈るぜ。」

兄さんはいつもこんな風に人間のことを観察して当たりとかはずれとか言っている。

僕はまだこの家に来て一週間も満たないからまだ人間のこととか全然分からない。けど兄さんはこの家に来て長い間、経っていて僕には知らないことをたくさん知っていて、僕はいつもその話を聞いて過ごす。それだけで一日は終わる、それだけ兄さんは面白いことを熟知していて、僕の一日を飽きさせないのだ。けど僕はあまり外の世界はよく分からないし、ホワホワしているからそうゆう所を無くさないとなあと言うと兄さんは知らない方が良いこともあるからお前はそれでいいだよ。と返された。

知らない方がいい事って何だろう?僕はまだ兄さんの言葉の意味はよく分からない。

「兄さんはさあ、もし生まれ変わるなら今度は何になりたい?」

「急にどうしたんだ?新入り」

兄さんは豆鉄砲でも食らったような声を出していた。

「いや、兄さんがさっき生まれ変わったらとかという言葉を言っていたから単純に興味を持っただけ」

兄さんはうーんという何かをひねり出すような声を出して

「金持ちに飼われている猫だな」

「悩んだわりには迷いのない声を出すね兄さん」

兄さんはまるで何かを宣言をするようなはっきりとした口調で言った。

「まあ、そうだな猫だと自由がききそうだし、野良猫だと自分で食べ物とか寝る場所を探さないといけねえけど金持ちに飼われている猫なら上手いごはんと温かいベッドが待ってるんだぜ。絨毯とかでゴロゴロするなんて最高じゃねえか」

兄さんは大きくため息をついてはあ、何でぬいぐるみなんかに生を享けてしまったんだろうなあと呟いた。

「そういや新入りは何になりたいんだ?」

「僕は…少し人間に興味があるかも」

「はあ!?」

兄さんは僕たち兄弟しか聞こえない大声を発した。まるで壊れたラッパみたい。

「ちょっと、せっかく昼寝していたのに起きたんだけど」

少し離れた棚の方から寝起き声がした。猫がモチーフのホワイトカラーのぬいぐるみだ。最近出てきたキャラクターで少し前、兄さんは新しい奴は羨ましいなあ、人間は新しい物好きな飽きっぽい生物だからな。と言っていたのを思い出した。

「全く、せめて静かに喋ってくれない?しっかり睡眠とらないとふわふわの毛並みがゴワゴワするから」

優しさの欠片のかけらもない冷たい言葉を言い放ったあと直ぐに眠りについた。

「お前何言ってんだよ。人間だぞ。くだらなくて心底愚かな行動しかできないこの世で一番バカな生き物だぞ」

さっきよりもヒソヒソと小さな声で喋り始める

「それでも僕は人間になってみたい。僕達ぬいぐるみは自分で動くことはできないし、意志を持つことも許されていない。だから自分で考えて行動できることが羨ましくて、かっこよくて、憧れているんだ。」

「憧れな…」

兄さんはやれやれと呆れているような顔をしていたがすぐ目を細めて遠くを見つめていた。

こんなことを話していると今度は僕達の居る棚の方に若い男の二人組がこっちにやって来た。

「なあ星夜、さっき乗ったアトラクやばくなかった?暁斗の顔やばすぎて笑い死にそうだったなんだけど」

「確かに幸助も暁斗も潰れたミカンみたいだった」

「ちょっと星夜、潰れたミカンはひどくない」

二人は笑い合っていた。砕けた口調から親友と言えるだろう。セイヤという人は雰囲気が朗らかで誰に対しても優しそうな雰囲気を出していてまるで綿飴みたい。

それに対して、もうひとりコウスケという人はムードメーカーで、表情は一秒ごとにコロコロ変わる。そして言葉のセンスが少し兄さんに似ているなと思った。

「暁斗達からは水上ショーの場所取りを頼まれたのにお前がみたい店があるって言うから付いて来たけどさ、何か目当ての物とかあるの?」

「ああ、妹におつかい頼まれちゃって。このお土産屋でしか変えないお菓子を買って欲しいと買わなきゃ一週間は口聞いてくれなそうだから」

「ふーん、そうなんだ。あ!ガチャガチャあるじゃん俺引いたら戻ってくるわ」

「じゃあ、入り口に集合で」

「おーけー」

セイヤはお菓子コーナーにコウスケはガチャガチャのあるレジ付近に行ってしまった。

「妹のお使いをするなんてきっと優しいお兄ちゃんだろうなあ」

さっきのやり取りを見て僕は素直に思ったことを呟いた。

「リア充じゃねえなら今回は見逃してあげるよ……どうせシスコンだろうけど」

「ねえ兄さん、そのシスコンってなに?」

「お前は知らなくていい」

兄さんは口を尖らせ拗ねる表情をしていた。多分僕がさっきのセイヤという男の人に優しいお兄ちゃんだねとか言ったからだろう。

それから兄さんとくだらない話をしていとセイヤがお土産袋を持ってこっとに戻って来た。

「えっと火夏《ひなつ》のお土産も買った所だし、どうしようかな………」

彼が見上げたその瞬間、僕と目が合った。

その瞬間、時間を操る魔法使いが、僕にだけ時の流れを遅く感じさせている魔術をかけているかと思った。

綺麗な満月を半分に切ったような半月形の瞳が僕を見つめてくる。

僕は目をそらすことができない。

セイヤが僕に手を伸ばしてくる。ふわっと体が浮いた。まるで自分自身の重力が無くなったような初めての感覚。お世話してくれる人にも抱えられたことはあるのにこんな不思議で少し気恥ずかしい気持ちは今までに無い。

僕は緊張しているのだろうか。

「君の体はとてもふわふわしているね。うちの子として君を迎えたいな」

ーうちの子

その言葉に僕は息をのむ。

「僕みたいな男でも君みたいなぬいぐるみを持っていてもいいかな?」

いいと思う

そう言っても僕の言葉が届かないに気づいた時には低いピアノの音が鳴り響いたように落ち込んだ。

「星夜!目当ての物取れた」

「あ…ああ良かったね」

罰が悪そうに僕を抱いてくれた手が離れていった。

「新入り、お前あいつのところに行きたいんだろ?」

「で、でも僕…」

「ったく面倒くさいな、顔に書いてあるんだよ。まああいつならお前を任せてもいいそうだな。それにお前のことしっかり大事にしてそうな善人オーラが滲みでておるもんな。」

僕はあの人のところに行きたい、確かに今まで僕を抱いていた人間の手とは違う。

丁寧に、でもすばやい手で僕を抱いてくれた僕達兄弟の優しい世話人。

無邪気に触っては飽きた玩具のように置いていく無知な子ども。

爪にとても小さな宝石を散りばめたようなおしゃれな手を見せてがさつに僕の体を触って、僕の瞳には眩しいほどの光を浴びせたあとお会計にいるお姉さんに注意された人。

セイヤの手は僕を抱いてくれた手とは何かが違っていた。

「ほら、行きなよ」

そのせつなに僕の背中は軽い衝撃が走った。ほんの軽いビー玉をはじくような衝撃。それでも僕が棚から落ちるには十分だった。ちろりと僕の体が床に落ちる前に、また抱きしめられた。

「おっとと…大丈夫?」

ほんの一瞬のことなのにセイヤはすぐに僕のことを受け止めてくれた。不安そうな瞳が僕をみつめてくる。

キャラメルのようにとろりと瞳が溶けてしまいそうだった。

「おいおい星夜の子になりたくて飛び込んだのか?お前なかなかに勇気あるな、こんな可愛い顔してんのに」

さっきガチャガチャしてきたコウスケが僕を茶化すように僕の頭をわしゃわしゃしてくる。

「ちょっと勝手に触らないでくんない」

「うわ、もう親ヅラしてる」

「ちょっと、僕会計のとこ行ってくる」

「照れんなよ、いってらしゃい」

セイヤは僕を抱えて会計の所まで行って、僕をお会計のお姉さんに渡した。

「お願いします」

はいとお姉さんはいつもの笑顔で黙々と作業を進めた。

「この子と一緒にパークを周りますか?」

「え、ええ…はい。お願いします」

恥ずかしそうにお願いするセイヤの表情にお姉さんも微笑ましい物見たように

「ふふふ承知しました」と言った。

微笑みを浮かべたお姉さんが僕についてるタグをスムーズに切っていく。僕は正面に向かいあっていたお姉さんと最後のお別れをした。

「よかったね。優しいお兄さんに見つかってもらって」

きっと今日で最後であろうお姉さんの笑顔をみた。お姉さんがくるりと反転させて今度はセイヤに向き合った。

「新しい家族ですよ。お兄さん、この子と仲良くしてくださいね」

「……ありがとうございます」

「いってらしゃいませ」

僕はお姉さんからセイヤのもとに渡されお姉さんは手を振ってお別れした。セイヤは僕の手を使ってバイバイと動かした。初めて自分の手を握られた感触に僕は左の胸の内がほんのり暖かく感じる。

出口でコウスケと合流し、初めての外の世界の空気に触れる前に

「達者でな」

多分僕にしか聞こえない兄さんの声が僕の鼓膜に届いた。

僕の目には兄さんの姿は見えないけどぶっきらぼうな口調にしては優しい声色だった。

兄さん

僕、兄さんの分まで大事にされて幸せになるよ。

いつかまたどこかで生まれ変わったら一緒に笑いあおう。

たった七日しか居たことがないこの家に僕のたった一人の兄さんに、はなむけの言葉を送った。


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