第9話 トラウマ

「こんにちはー! ご相伴に預かりに来ましたー!」

「おー! めちゃくちゃ良い匂いじゃん!」


 魔法使いっぽい装備の女性がフェミナさんで、腰に二本の剣を提げた男性がドルツさん。二人でパーティを組み、冒険者をしながら旅をしているとのことだった。

 ちなみに二人とも二十歳でB級冒険者で、将来的にはA級になることも期待されているんだとか。

 自己紹介を終えたところでドルツさんはさっそくソワソワしていた。


「よぉし、食べようぜっ!」

「こらドルツ。ロンドさんに言われてるでしょ。主賓はマリィちゃんで、私たちはオマケなのよ」

「へいへい。どの国でも食べられないような美味しいものが食べれるならオマケでもオマタでも構いませんよっと」


 ヅドンッ!


 ドルツさんの軽口と同時、変な音がした。 

 びっくりしてドルツさんの席を見れば、そこには私が大樹林で作ったノノ専用の包丁が突き立っていた。


「お嬢様の前で品位を疑われるような発言はお控えください」

「なっ……まったく見えなかったぞ!? 魔法かッ!?」

「いえ、魔力の動きは見えなかったわ……恐らくは純粋な体術」

「嘘だろ。こんな痩せっぽちのメイドが——」


 あ”?

 痩せっぽち?

 まさかとは思うけれど、ノノのことを痩せっぽちって言ったわけじゃないよね?

 そんな訳ないよね?


「うおお!? 急に寒気が……!」

「ま、マリィちゃん!? 魔力が暴走してる——このままじゃ命に関わるわよ!?」


 がんばって押さえてるつもりだったんだけど、ちょっとだけ魔力が洩れちゃってたみたい。

 暴走なんてしてないし、この程度の魔力で命に関わるなんてあり得ない。


「そんなことより」

「そんなこと!? 魔力の暴走は本当に命に——」

「私の勘違いかもしれませんけど、ノノのことを痩せっぽちって言いました?」

「グッ!? 何だこの圧は……!」

「マリィちゃんごめんなさいッ! この馬鹿はきちんと教育するから魔力を鎮めて!」

「ねぇドルツさん。質問してるんだけど——」

「お嬢様。そんなことよりパスタが茹で上がりますよ。作りたての美味しいパスタが冷めてしまっても良いんですか?」

「パスタっ!」


 ノノのご飯に勝るものなんてあるはずがない。

 しゅびっと私なりの最高速で席に着けば、なぜかドルツさんとフェミナさんはくたっと地面に倒れた。


「た、助かった……死ぬかと思った……!」

「馬鹿ドルツ! 自殺するなら一人でやって! Aランクの魔物に睨まれた時よりヤバかったわよ!?」

「せっかくノノが作ってくれたのにパスタ冷めちゃいますよ?」

「「今すぐ頂きますッッッ!!」」


 ノノが作ってくれたパスタは、鹿すね肉のラグー、という名前らしい。端っこがギザギザになった平たいパスタに鹿肉を解しながら作ったソースがすっごい絡んで、濃厚なお味だった。

 トマトの酸味と香味野菜のペーストの甘味が加わってすごく優しくて、臭みとか食べづらさは一切ない。

 最初はこわごわと食べていたフェミナさんとドルツさんも、


「うまっ!?」

「おいしい……!」


 呟くように感想を告げた後はわき目も振らずに食べていた。

 ちなみに私の分はパスタが三〇グラムルくらい。普通の一人前の三分の一くらいだ。

 ノノは何だかんだ言って優しいのだ!

 ……とはいえ、実はマグカップ一杯分のスープで私のお腹は割と落ち着いてしまっているので、けっこういっぱいいっぱいなんだけども。

 お皿まで舐める勢いのフェミナさんたちがうらやましい。


「さてお嬢様、約束のチーズ料理です」

「うっ……!」


 フェミナさんとドルツさん、そして静かにパスタを平らげているロンドさんの前にはグラタン皿にいっぱいのオーブン焼きが置かれる。

 私の前に置かれるのは手のひらサイズのココット皿。

 焼き目のついたジャガイモとアボカドの上で、とろけてカリッカリに焼けたチーズ。

 美味しそう……!


「お嬢様。お腹がいっぱいならばくれぐれも無理なさいませんよう」

「た、食べる!」


 ノノに満腹なのを察知されちゃったけれど、こんなにも美味しそうなものをお預けされるのはむしろ健康に悪い!

 慌ててフォークを入れれば、チーズの表面がパリっと割れて中のとろとろゾーンが絡みつく。

 ジャガイモとアボカドを少しずつ切って絡めたらパクリ。


「んんんっ……!」


 暴力的なまでのチーズの塩気をジャガイモがほくっと優しく受け止めてくれて、嚙み締めればアボカドがチーズと混ざってコクをさらに濃厚なものにしてくれる。

 思わず口の端がきゅってしちゃうくらいの旨味の洪水に、頬を押さえて足をバタバタさせてしまう。


「おぉ……ちびっこだと思ったけど可愛——ぐがっ!?」

「見るな馬鹿! アンタみたいなケダモノには百年早い!」


 えっと?

 何かよくわかんないけど頬を真っ赤にして私を見つめたフェミナさんがドルツさんに目潰しして、その後なぜかノノと握手していた。

 あ。

 ノノを馬鹿にした罰を受けたってこと?


「お嬢様? 何を納得されてるんですか? まだパスタもオーブン焼きも残ってますよ?」

「うぅっ……た、食べれる……食べれますぅ……!」


 駄目だ。

 食べたいけど、これ以上食べたら絶対に後悔する……!


「ではこちらを」


 ノノは私からココット皿とパスタを取り上げると、代わりにガラス容器を差し出した。中にちょこんと盛られているのは私が魔法で凍らせたレモンとハーブを削りながら混ぜたものだ。


「ノノぉ……」

「残りはまた食べましょう? こちらのシャーベットは口の中をさっぱりさせますし、胃腸の働きを助ける効果もあるので少しでも召し上がってください」

「うん……冷たい……美味ひい……」


 でも悔しい……!

 揚げ物! 夢の揚げ物がまた遠のいてく……!




「いやー、良いもの食べさせて貰ったわ! ほんと、サンキュッヴェレヴァッ!?」

「お礼くらいきちんと言いなさい! 食べたことないくらい美味しいものばかりで、本当にご馳走様でした! 指名依頼も物納ごはんで良いかなって思えるくらい!」


 わき腹を強打されたドルツさんが悶えている横でフェミナさんが私とノノに握手を求めてくれた。両手をぎゅっと握りしめてにっこりしてくれたフェミナさんは、何か困ったことがあったらいつでも相談に乗って、と言ってくれた。


 続いて復帰したドルツさんも握手を求めてきた。

 言葉遣いはちょっと乱暴だけど、無礼というよりも気安い雰囲気だし嫌な気持ちにならなかったのはドルツさんの才能だろう。

 失言がある度にフェミナさんから物理的な制裁が飛ぶからそれで納得しちゃうってのもある気がするけどね。

 応じようとしたところで、手に鎖が掛かったんじゃないかってくらい重くなった。


 心臓が暴れだしたんじゃないかってくらい脈打つ。


「マリィちゃん!? すごい汗よ!? 顔色も……!」

「ごめ、な、さ……」

「すみません。お嬢様のご気分がすぐれないようですので今日はここまでとさせて頂きます。ドルツ様も、どうかお気を悪くされませんよう」

「俺のことはどうでもいいけど、お嬢ちゃんは本当に大丈夫なのか!?」

「ええ、少し休めば」


 ノノが私を抱えて離脱してくれた。

 石みたいに硬くなった体はとっても冷たくなっていて、ノノに抱っこされたところがじんわり温かかった。


 私の体調が戻ってきたのは宿のお部屋に戻ってきてからだった。


「ノノ……ごめんね」

「いえ。私が不用意に他者を招いた食事会を了承してしまったせいです」

「違うの! ご飯は一人で食べるより、いろんな人と一緒に食べた方が美味しいし、全然嫌じゃなかったの!」


 私の体調が崩れたのはドルツさんと握手しようと思った瞬間だ。

 ドルツさんが悪い人じゃないのは分かってる。

 にも関わらず、私の脳裏に思い浮かんだのはエクゾディス大樹林で一緒に生活していた騎士たちだった。


『おい、次はこっちだ』

『グズグズするなうすのろ』

『魔力切れなんて甘えだ。みんな苦しいなか戦ってる』

『お前がためらえばまた人が死ぬ』

『お前のせいで』

『お前が回復魔法を使わなかったせいで』

『呑気に気絶してる間に大勢死んだ』

『お前のせいで死んだんだ。お前が墓を掘って埋めろ』


 胃の奥を殴られたかのような痛みと不快感。

 吐き気がこみ上げてくる。


「お嬢様!」


 ……我慢できずに戻してしまった。

 ああ、駄目だ。すぐ片づけないと。汚いって怒られて、蹴られて、吐しゃ物に叩きつけられて頭を踏まれてしまう。

 あれは苦しい。

 息ができず、本当に死んでしまうかと思うくらい苦しいのだ。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「お嬢様、お加減は——」

「すぐ片づけますごめんなさい殴らないで刺さないでお願いしますごめんなさい」


 慌てて自分が戻したものを指ですくう。

 駄目だ、これじゃ綺麗にならない。

 着ていた服で床を拭おうしたところで、後ろから抱き抱えられた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 殴られるか蹴られるか。

 思わず身を竦めた私に待っていたのはしかし、痛みも苦しさもない、ノノの言葉だった。


「お嬢様、大丈夫です」

「の、の……?」

「私がついています。ですから、ゆっくりおやすみになってください」


 ふ、と体が軽くなるのを感じた。

 同時に意識が遠のく。

 最後に見えたのは、目に涙を溜めたノノの姿だった。


 のの、なかない……で…………。


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