第三十六話

 そして私も、クッキーをわたした。

「あの、どうぞ萌乃もえの先生。私のクッキーは一応いちおう手作てづくりです……」

「本当? うれしいー!」と萌乃先生は、私の手作りのクッキーを食べた。そして笑顔で、「とっても美味おいしいわよ! 春花はるかちゃん!」と言ってくれた。私が、『ほっ』としていると萌乃先生は、別の先生に呼ばれた。「はーい!」と返事をして萌乃先生は、私たちのテーブルをはなれた。


 すると思い出したように、翔真しょうまが私にクッキーをくれた。

「はい、これ! 萌乃先生に、あげたのと同じクッキーだけど!」


 宗一郎そういちろうからも、「俺も。やっぱり萌乃先生のと同じ、クッキーだけど……」とクッキーをもらった。


 二人のクッキーを一枚づつ食べた私は、言いはなった。

「ま、あんたたちにしては、上出来じょうできね!」


 すると翔真は、よろこんだ。

「春花ちゃんにはいつも、勉強を教えてもらってたりするから、そのおれいでもあるんだ。美味しいって言ってくれて、僕は嬉しいよ!」


 意表いひょういた翔真の言葉に、私は少し動揺どうようした。

「あ、いや、別に。まあ、いいんだけど……」


 ふと宗一郎を見ると、やはりニヤニヤしていた。当然とうぜん、私はイラついた。


   ●


 その日の夕食。私はお母さんに、注意した。

「もう! 食べ物をテーブルに落としたら、すぐにかなくちゃ! 時間がっちゃうと、よごれが落ちにくくなるんだから!」


 お母さんは「はーい!」と答えて、したをペロリと出した。そしてティッシュペーパーでテーブルを拭きながら、聞いてきた。

「何か春花って、たくましくなったわねえ……。昔は私に注意なんて、できなかったのに……」


 私は、『ハッ』とした。あいつらだ。あの翔真と宗一郎のせいだ。大海たいかいでいつもあいつらにツッコんでいたら、こんな私になってしまった……。大人おとなしかった私が、たくましくなってしまった……。


 しょうがないので、私は決心けっしんした。こうなったら、どくらわば皿まで。世の中のおかしなことにツッコんでツッコんで、ツッコみまくってやる! だが次の瞬間しゅんかん、自分にツッコんだ。


 いや、それはどうだろうか?


 私は、大きなショックを受けた。まさか自分にまで、ツッコんでしまうとは……。




 次の日。

「こらー! 宗一郎! 四年生の女子を、ナンパするなー!

 そして翔真! もうすぐ理科の授業じゅぎょうだから、数学の勉強をやめて理科の授業の準備をしろー!

 あーもー! いちいち私に、ツッコませるなー!」


   ●


 八年後の七月上旬。

 私は大海での授業のアルバイトが終わったので、後片付あとかたづけをしていた。私は地元じもとの大学の、教育学部きょういくがくぶに入学していた。卒業したら大海で、先生として働くために。一段落ひとだんらくして、「ふう~」とため息をついていると、教室の戸がガラリと開いた。


「あの~、今日の授業は全部終わって……。って、翔真君? どうしたの急に?!」と私は、あわてた。翔真君は大海の小学部を卒業すると私たちと同じように、中学部に入学して卒業し、高等部にも入学して卒業した。


 そして今年の春に、東京大学に入学した。更に入学して一カ月で、『数学的すうがくてきアプローチによる、地球温暖化ちきゅうおんだんか防止方法ぼうしほうほう』という論文ろんぶんを書いた。それはつまり、これから地球の平均気温へいきんきおんが何度になるのかが分かる、グラフの作り方のプログラムだ。西暦せいれきを入力すると、二〇一五年からその西暦までの地球の平均気温がグラフになる。


 そしてグラフは、四つできる。

 一つ目は、このまま何もしない場合のグラフ。

 二つ目は、燃料電池ねんりょうでんち再生可能さいせいかのうエネルギーを使い、発電はつでんによる二酸化炭素にさんかたんそ排出はいしゅつをゼロにした場合のグラフ。

 三つめは、二酸化炭素などの温暖化の原因のガスを、地下や海底にめた場合のグラフ。

 そして四つ目は、燃料電池や再生可能エネルギーを使い発電による二酸化炭素の排出をゼロにして更に、二酸化炭素などの温暖化の原因のガスを、地下や海底に埋めた場合のグラフだ。


 ねらいはもちろん、発電による二酸化炭素の排出をゼロにして更に、二酸化炭素などの温暖化の原因のガスを、地下や海底に埋めて地球の温暖化を止めることだ。グラフはもちろん数学を使うので、『数学的アプローチによる、地球温暖化の防止方法』というタイトルにしたそうだ。ちなみに二〇一五年は、SDGs(エスディージーズ)が国連こくれんサミットで採択さいたくされた年だ。


 そしてこの論文は大学の教授に認められて、学会がっかいで発表された。私は翔真君にLINEでそのことを教えてもらっていたので、あらためておいわいした。

「すごいよね、翔真君。夢がかなったよね」


 改めて翔真君を見てみると、八年前よりずっとびて、たくましい表情をしていた。 

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