第十話

 私は、ずっと疑問に思っていたことを聞いた。

「ねえ、何であんたは、数学の力で地球の温暖化おんだんかを止めたいの? いや、すごく良いことだと思うけど、何でそんなことを考えてるの?」


 翔真しょうまは、当り前のことを言うような表情で答えた。

「それはね、萌乃もえの先生がそう言ったからだよ~」

「萌乃先生が?」

「うん。萌乃先生が、『こまっている人がいたら、助けてあげましょう』って教えてくれたからだよ~」


 私は少し、面食めんくらった。

「うーん。そう言われてみると確かに地球の温暖化は、地球の皆が困っていることよね」

「そうでしょう~、それで僕には何ができるか考えたんだ。僕は数学が得意だから、数学の力で地球の温暖化を止めようと思ったんだ~」


 翔真の話を聞いて、なるほど翔真らしいシンプルな理由だと思った。萌乃先生がきっかけなのも、数学の力を使おうと考えているのも。とはいえ、それはそれ、これはこれ。めでたく二人きりの、ちょっと気まずかった昼食の時間は終わった。


 私は取りあえず、はげました。

「じゃあその夢がかなうように、がんばってね」

「うん。僕、がんばるよ~。萌乃先生のために、地球の皆のために~」


 次の日の昼食から私は少しだけ、宗一郎そういちろうと翔真の会話に加わるようになった。


   ●


 七月七日には、七夕たなばたいわった。ちょうどその週は、私たち小学生たちが、昼食の当番だった。私たちは、そうめんを作ることになった。


 何でも中国から伝わった伝説があって、それによると小麦粉こむぎこのお菓子かしを七月七日に食べると無病息災むびょうそくさいごせる、というのだ。やがてお菓子は作り方や形を変えて『そうめん』に変化して、七夕にはそうめんを食べることになったそうだ。


 そうめんを食べ終わると、萌乃先生はうながした。

「教室のすみかざってある竹に、願い事を書いた短冊たんざくるしてくださーい!」


 私は七夕の記憶きおくがあいまいだったので、取りあえずググってみた。

 昔々、あまがわのそばに、天の神様と一人娘の織姫おりひめがいました。織姫ははたる仕事をしていました。また天の川の岸では、牛をっている彦星ひこぼしという立派りっぱな若者がいました。二人は相手を一目見ひとめみただけで好きになり、結婚しました。


 しかし結婚生活が楽しすぎて二人は、全然仕事をしなくなりました。そのため皆は、天の神様に文句を言いにくるようになりました。怒った天の神様は、二人を天の川をはさんでわかわかれにしました。


 でも織姫があまりにも悲しんでいたので天の神様は、『七月七日の夜、晴れたら二人が会うことをゆるす』と決めました。それから二人は七月七日の夜を楽しみにして、それぞれの仕事をするようになりました。




 私は、ふかいためいきをついた。確認してみると、何とひどい話だろうかと。


 私はまず、織姫に言いたい。『一目ぼれをして結婚するな!』と。最低でも一年は付き合ってから結婚を考えろと。ビビビッときたのかどうかは知らないがあんじょう、織姫は楽しいことがあると仕事をしなくなるという、彦星のダメな所を見抜みぬけなかった。恋愛れんあいと結婚は別物べつものである。どんなに恋愛が楽しくても、結婚は別である。結婚とは、ひたすら現実の生活を続けていくことである。


 まあ、いい。そこは百歩、ゆずるとしよう。浮気うわきをしなかっただけ、マシかも知れない。しかし私は再び、織姫に言いたい。『男のあつかいが分かっていない!』と。


 はっきり言おう。男はバカである。ちょっとめると、すぐ調子にのる。だから彦星が働かなくなった時も、こうち上げればよかったのである。『えー、私、彦星の働く姿がイケてると思って結婚したのにー。また彦星が働く、カッコイイ姿を見たいなー』と。


 しかし織姫には、そんな技術は無かった。無理もない。天の神様の一人娘なのだから、それこそ箱入はこいり娘として育てられたのだろう。小学校はもちろん、大学も女子校だったのだろう。ひょっとしたら初めて付き合った男が、彦星なのかもしれない。

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