第12話

秋の風が爽やかな昼休みに一人学食に向かおうとする晴彦を美玲が呼び止めた。


「今日ね、早起きしたから晴彦にお弁当作ってきたんだー。一緒に食べようよ。」


晴彦はモブで、美玲はクラスのアイドルだ。晴彦はそんな美玲にお弁当作ってもらって、一緒に食べるなんて、どれだけの嫉妬を生むのか考えただけでゾッとした。そのため、必死に断ろうとしたが、晴彦は嘘がつけず、出てきた言葉は美玲を歓迎するものだった。


「美玲が作ったお弁当なんて最高だよ。一緒食べよう!」


「やったー。ずっと一緒にお昼ご飯食べたかったんだよ!」


二人は向かい合うように机をくっつけて、一緒にお弁当を食べた。お弁当の中身は全て美玲の手作りで晴彦の好物が沢山入っていた。料理が得意な美玲のお弁当は凄く美味しかった。なにより、美玲が自分の好きなものを覚えてくれていたことに、晴彦は内心喜んでいた。


「美味しい!やっぱり美玲の料理は最高だね!」


あまりの料理の美味しさに晴彦は嘘をつく努力を忘れて本音で美玲の事を褒めていた。


「やったね!料理はずっと練習してたから。」


「それに、俺の好きな物ばかりで最高だよ!」


「晴彦の好きな物ちゃんと覚えてるよ!晴彦が好きな料理は特に練習したから自信作なのー。」


「何で俺の好きな料理は特に練習したの?」


「えっ!あっ、いや・・・、あ、えと、私も晴彦が好きな料理が好きだからだよー!」


美玲は自分が晴彦のために料理を練習していることをうっかり発言してしまったことに気づき、頬を赤らめて慌ててごまかした。


そんな甘い会話を聞いていた周囲の男子生徒たちは嫉妬の炎を燃やした。


「何であんなやつが美玲ちゃんのお弁当を食べられるんだ!」


「俺だって美玲ちゃんの手作り弁当食べたい!」


「俺なんか前に一緒にお昼食べようって誘ったら断られたのに・・・」


周囲からの嫉妬の声に晴彦はハッと我に返った。美玲のペースに巻き込まれていた・・・。しかし、慌てる晴彦に対して、ようやく理想と描いていた高校生活がスタートしたと感じている美玲はテンションが高かった。


「昨日アメリカ旅行のテレビ番組を観たんだけど、やっぱりアメリカは魅力的だなー。いつか絶対に行きたいんだ。晴彦も一緒に行こうよー。」


晴彦の心配をよそに楽しそうに話す美玲。アメリカへの旅行の話なんて、前に優一が美玲に断られたことを思い出すと、晴彦は頭が痛くなった。優一の嫉妬を懸念して何とか嘘をつきたかったのだが、ここでも同意の言葉を口にしてしまった。


「美玲がずっと行きたいと言ってた国がアメリカだよね。それを聞いてから、ふと気がつくとアメリカのことを調べてたり、旅行で使う英語のフレーズを覚えたりしてたんだ。」


「そうなんだ!アメリカ行きたいって話を覚えてくれていたんだ!大学生になったらバイトして行こうよ。絶対楽しいよ!」


これにより、周囲の男子生徒の怒りが増大した。


「おいおい!優一さんがアメリカ旅行に誘って断られてたよな!」


「くそっ!美玲さんみたいな素晴らしい女性が何で晴彦なんかと!!」


「俺、優一さんみたいな男なら納得できるけど、晴彦は納得出来ない!」


男子生徒たちの目が晴彦に向けられ、その視線に宿る嫉妬の色はますます深まっていった。


そして、嫉妬する男子生徒の中に優一も含まれていた。しかし、優一だけは他の男子生徒と異なっていた。彼の瞳に宿るのは単なる嫉妬だけではなく、深くて痛烈な怒りが静かに震えていた。


優一は以前、美玲との会話を思い出していた。


「美玲さんってお弁当を自分で作っているのですか?」


「そうだよ。料理の練習も兼ねて毎日作ってるよ。」


「それは凄いですね!毎日お弁当作ってるなら料理の腕も上がってるんじゃないですか?」


「うん!最近、自分でも自信がついてきたんだー。」


「あの、もし良ければ美玲さんの作ったお弁当を一度食べてみたいなー。もちろん材料費とかは出しますので!」


「ごめんなさい!男の子にお弁当作って変に誤解されると嫌だから・・・。」


実は優一もかつて美玲さんにお弁当を作って欲しいと頼んだことがあり、美玲にそっけなく断られていたのだった。その時のショックは大きかったが、この日のショックはそれを大きく超えた。


<美玲さんが晴彦にはお弁当を作るって事は、晴彦なら誤解されても良いって事か・・・?>


そんな優一にアメリカ旅行の話が追い打ちをかける。自分が断られたアメリカ旅行についても、美玲から誘っているではないか!


優一は自分が愛する美玲に積極的にアプローチして断られた願望を、美玲からの誘いで手に入れる事が出来る晴彦が許せなかった。


<晴彦がまた美玲さんと話しをする様になったのは誤算だった!あれだけ心を折ったはずなのにどういう事だ・・・。>


<これは美玲さんの目を気にしている場合じゃないぞ!美玲さんの晴彦への態度を見ていると、すぐにでも行動を起こさなければ手遅れになるかもしれない!>


優一がまだ晴彦への行動を起こしていなかったのは、美玲が同じクラスにいるからだった。自分の裏の顔を美玲に悟られぬよう、慎重に次の一手を考えていたのだ。しかし、この日の晴彦と美玲の姿を見てなりふり構っていられないと怒りを爆発させるのだった。


<晴彦は目障りだ。晴彦みたいなモブが僕の美玲さんに優しくされるなんて許せない!>


<晴彦をいじめて、あの時のように晴彦の心を粉々にする。晴彦を立ち上がれないほど追い詰め、美玲さんを必ず自分のものにする!>


晴彦を見つめる優一の目は、中学時代に晴彦をいじめた時と同様、どろっと濁っていた。

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