第18話 ここまでやる?
わたしは周囲を見まわしながら、パタパタと歩いていた。パタパタという音は、上ばきではなく、来客用のスリッパをはいているせいだ。
ここは文林学院小学部の校舎内だ。
建物は古めかしいが、柱も廊下も磨き込まれてピカピカしている。さすが創立百年の歴史を持つ名門校。重々しい雰囲気があり、ひぐらし小とは全然違う。
わたしはユイと志賀センパイに頼み込み、文林小にこっそり
きょうのわたしの服はデニム地のワンピースだった。文林小は制服があるから、そのままだと目立つ。
先生に見つかったら面倒なので、ユイから借りた学校ジャージの上下を着た。ジャージ姿の子もちらほらいるから、これなら違和感はない。
「ユイ。ジャージ、ありがと」
お礼を言うと、ユイはぷいと顔をそむけた。
「あなた、きょう会ったばかりなのに。名前で呼ぶの、なれなれしい」
「だって、ユイは名前で呼んでもらいたい人なんでしょ」
「それ違うから」
「でも『
「いやよ! 勝手に変なあだ名つけないで!」
「そんなに変かな、ムシャムシャって。『はらぺこあおむし』みたいでかわいいのに」
「もうユイでいいよ。わたしもユメって呼ぶから」
横を歩く志賀センパイがポツリと言った。
「なんか、仲いいね。きみたち」
「よくないから!」
わたしとユイは同時に叫んだ。
潜入したのは、文芸部を見せてもらうためだ。
文芸部は週二日活動していて、ちょうど今日が活動日だった。わたしは入部希望者というふりをして、見学させてもらうことにしたのだ。
文芸部はどんな活動をしているのか。
そして、森晶先生はどんな指導をしているのか。
それを知ることで、ソーサクくんの気持ちを少しは理解できるかもしれない。そう思ったのだ。
「ユメ。ソーサクの問題は、あなたには関係ないでしょ。ここまでやる?」
「友達だから。わたしにだって、もう関係あると思ってる。ユイだってそう思ってるでしょ?」
「ふん。まぁ、いいけどね」
文芸部は、国語教室というところで放課後に活動していた。教室にはすでに部員が集まり、座席についていた。十人以上もいる。
何人かが、けげんそうな目でわたしを見る。わたしは心臓がのどから上がってきそうなくらい、ドキドキした。
志賀センパイが声をかける。
「きょうは見学者がいるから。みんなは気にしないでね。普段通りでよろしく」
そのひとことで、みんな納得したようだ。わたしの方には近よってもこない。さすがはパイセン、こう見えても部長なだけある。
ユイが後ろの方に座り、わたしもユイの隣に座った。
しばらくすると、とびらが開き、男の人が入ってきた。
志賀センパイの「起立」という声でみんなが立ち上がり、「よろしくお願いします」とあいさつする。わたしもあわてて立ち上がって頭を下げた。
長身でサラサラの黒髪、整った目鼻立ち。雰囲気がソーサクくんによく似ている。間違いない。ママにもらったチラシの写真と同じ顔だ。
ソーサクくんのお父さんが目の前に立っていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
志賀センパイに聞いた話によると、文芸部の目標は「小説を書く力をきたえること」だそうだ。
そのためのメニューがいくつもある。
毎週一冊の本を読む読書会。
毎月一本の作品を書く批評会。
小説のさまざまな技法を学ぶ講義。
もちろん、リレー小説も含まれている。
これらのメニューをすべて、森先生が考案し、指導しているそうだ。
本当にすごい。
感心してしまう。
小学生のうちから、こんな充実したメニューをこなしていたら、ぜったい小説家になれるんじゃないかな。
そんなの、うらやましすぎる。
森先生がみんなを見渡し、口を開いた。
「さぁ、きょうも小説について考えましょう」
静かで落ち着いたしゃべり口調だ。
わたしは大人になったソーサクくんがしゃべっているような、不思議な気持ちになった。
この日は、まずは講義からだった。
テーマは、小説の「視点」。
小説が、誰の目から書かれているか——。いきなりムズカシイ問題だ。
森先生が話す。
「身近な小説で考えてみましょうか。皆さん、『ごんぎつね』は知っていますよね?」
みんながうなずく。わたしもうんうんとうなずいた。
新美南吉の「ごんぎつね」は、もちろん四年生のときに教科書で読んだ。
「あの小説は、誰の視点でどんな風に書かれていたか、覚えていますか」
意外な質問だった。
わたしは後ろの方から、コソっと様子を見るつもりだったのに、その質問で講義にひきこまれた。
どうだったっけ——。
首をひねっていると、森先生と目があった。まずいと思って、あわててうつむいたが、間に合わなかった。
「きょうは新顔がいますね。じゃあ、ジャージを着たあなた。答えてくれますか」
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