第一章 特別な日

第1話 夢は小説家

は何?」


 わたし、夏目ユメの夢は何か。

 そう質問されたら、小さい頃は「本屋さん」と答えていた。


 とっぴょうしもない話じゃない。わたしのおばあちゃんは本屋さんだった。今はやめちゃったけど。だから、いつかは、おばあちゃんのあとをつぐのだと考えていた。


 いまならどう答えるか。


 大きな声では言えないけど、「小説家になりたい」と答える。他人には言えない、ヒミツの話だ。


 わたしは本が大好き。


 三度のご飯より好きかもしれない。家では、ご飯の用意ができたのに本を読んでいて、よくママに注意される。


 一番好きなジャンルは、やっぱりファンタジーかなぁ。ドキドキしながらページをめくるのがたまらない。


 好きな本ベストテンを選べと言われたら、いっぱいありすぎて困る。


 「ナルニア国」と「はてしない物語」は絶対に入る。低学年のころは「マジック・ツリーハウス」や「黒魔女さん」をよく読んでいた。「ブレイブ・ストーリー」や「魔女の宅急便」も好き。もちろん「ハリー・ポッター」も。


 わたしは誰かが本を読んでいたら、気になってしまう。


 何の本を読んでいるのかな?とか。

 その本わたしも好きだよ!とか。

 うんうんそのページが面白いんだよね!とか。

 うっかり横から口を出したくなる。


 だから、読書家のソーサクくんのことは注目していたんだ。


 ソーサクくんは一カ月前、私立小学校から転校してきた。その私立は入るのが難しい名門なのに。なんでわざわざ区立に移ってきたんだろう。


 理由は、誰も知らない。

 ていうか、ソーサクくんはたぶん、ひぐらし小学校にまだ友達がいない。誰とも話さないし、誰とも遊ばないから。


 口ベタなのかというと、そんなことはない。授業中に先生に当てられたら、スラスラ答えている。


 運動も得意だ。サッカーでも鉄棒でも何でもできる。男子の活発なグループにも、なじめそうなのに。


 ソーサクくんは、お昼休みや放課後は、ひとりで図書室にいる。いつも窓ぎわの席にすわり、机に本をたくさん積んで片っぱしから読む。


 なぜそんなことを知っているのか。

 それはわたしが図書委員だからだ。


 わたしは図書委員の当番のとき、ソーサクくんが本を借りに来たら声をかけようと考えていた。


「あ、この本、わたしも読んだよ。おすすめ」。もしくは「あ、この本、読んだことないんだ。面白かったかどうか、後で聞かせてね」


 図書室のカウンターに座りながら、わたしはそんな会話を想像していた。でも、ソーサク君はなぜか本を借りることがない。


 どうしてかな。

 どうしてソーサクくんは家では本を読まないのかな。読書が好きな子は、みんな本を借りてかえるのに。


 謎だよね。

 謎の転校生だよね。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 さて、あれは一昨日の話だ。


 五時間目の授業が終わった後、エマがわたしに声をかけてきた。


「ユメっち。早く先生のところに行こう」

「エマ、ちょっと待ってて。すぐに準備するから」


 わたしの親友、エマこと中島絵真なかじまえまだ。


 エマはTシャツとショートパンツにキャップをかぶったいつもの格好だ。動きやすそうな服が元気なエマによく似合っている。


 ちなみに、わたしはだんぜんワンピース派だ。この日はギンガムチェックのワンピースで、お気に入りのよそ行きだった。


 わたしとエマにとっては月に一度の特別な日だ。入院しているクラスメートの女子、サトちゃんをクラスを代表してお見舞いに行くのだ。


 サトちゃんは病気で体調をくずし、五年生になってからはほとんど学校に来ていない。大丈夫かなぁ。心配だ。


 わたしはクラスのみんなから預かった手紙を忘れないように確認した。


 学校から病院まではちょっと離れているので、先生が車で送ってくれる。


「おうい、ユメ」

 教室を出ようとしたら、サッカーのユニフォームを着た男子が声をかけてきた。


 アラタだ。谷崎新たにざきあらた。わたしの幼なじみで、家族ぐるみでつきあいがある。家もすぐ近所だ。


「アラタ、何か用?」

「今からサトの病院に行くんだろ?」

「うん、そう」

「じゃあこれ、よろしく。おれからのお見舞いってことで」


 アラタはそう言って、オレンジゼリーを差し出した。わたしは笑いをこらえながら言う。


「ちょっと。これ、きょうの給食で出たやつじゃない」

「食べずにとっておいたんだよ」

「安あがりなお見舞いだなぁ」

「本当はゼリーくらい、おれがつくってやりたいけどさ。ショウドクとかエイセイとか、ウルサそうじゃん?」


 いちおうアラタなりにまじめに考えたらしい。アラタは根っからのスポーツ少年のくせに、こうみえて料理が得意なのだ。


「わかった。わたしておくよ」

 わたしはサトちゃんの顔を思い浮かべながら答えた。


 サトちゃんは、先月に会ったときは、あまり食欲がないと言っていた。


 ゼリーなら食べるかな。

 いや、食べなかったとしても、サトちゃんは喜ぶだろう。アラタにはナイショだけど、サトちゃんはアラタのことが好きだから。


 わたしは手紙やお見舞いを入れたサブバッグを手に、ランドセルを背負って廊下に出た。


「遅いぞー」

 廊下で待っていたエマが声を上げる。わたしは小走りで駆け寄った。

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