3-1 魔法の鏡

「小鳥遊カンナは犯人じゃないのか」


青木薇あおきぜんまいはゴーグル越しにモニターを見ながら呟いた。彼女は夏目リサが殺害された事件を調査中だ。手元の資料とモニターを交互に見つつ、時折眉をしかめたり、ニヤニヤと笑みを浮かべるなど、表情がころころと変わっていく。



薇のいる部屋は、彼女専用の科学捜査室で、広さは二十一平米ほどだ。


モニターは全部で十三台設置されている。中央の二十四インチモニターの周りには、十二インチモニターが十二台、中央のモニターをバランスよく囲むように壁面に並べられている。デスク下には、複数のハードディスクドライブを格納する多段ケースが置いてある。


モニターにはそれぞれ、分析した物証、遺体データ、犯行現場の写真データ、監視カメラ映像など、数多のデータが映し出されていた。


薇は特殊な分離式キーボードを素早く打鍵し、全てのデータをもとに、第一発見者、もしくは第三者による他殺に至るまでの犯行シュミレーションの再検証を行っていた。


別室にて稼働中のスーパーコンピューターへ幾度も検証依頼をかけるが、現実ではあり得ない結果が表示され、エラーが生じていた。



「意味不明だな。特異中の特異じゃん、手強い」



薇はゴーグルを外し、デスクの引き出しから飴が入った大きな瓶を取り出す。蓋を開け、中にある飴を鷲掴みして口の中に放り込んだ。ガリガリと飴を噛み砕く音が部屋中に響き渡る。薇はモニターを睨んだまま独り言を呟いていた。




しばらくして、部屋のドアから三回のノック音と「私だ、大神だ」と渋い男性の声が聞こえた。薇は「どうぞ」と応えると、ドアロックが自動で解除されドアが開いた。



スリーピーススーツを着こなす長身の白髪混じりの男が、薇が座るデスクチェアの後方へ歩み寄った。彼は薇の上長の大神清嗣おおがみきよつぐという男だ。



「BU01による検証と考察結果は出たか?」

「大神課長、残念。まさかのエラー、あとブルーちゃんね、その呼び方ダサいからやめて」


大神は薇の返答に微動だにしない。


「……ブルーちゃんは、音を上げるのが早くないか?」


薇はククッと下を向いて笑ったが、大神は表情を崩さなかった。


「こんなこと、今まで起きたことないからねぇ」

「スパコンなのに?」

「スパコンだからこそだよ」

「どういうことだ?」


薇はニヤリと笑みを浮かべ、本棚から雑誌を取り出した。タイトルは〔超能力や魔術は本当に実在するのか?〕という、オカルト雑誌だった。


「なるほど、特別な能力を保有する人間か、人間ではない何かの仕業と判断したのか」

「よく分からないってのが私の意見。ブルーちゃんは、課長の言う通りの予想だった。全くふざけているよね」

「そうとも限らん」


薇は目を丸くして驚いていた。


「……課長、何か心当たりが?」

「いや、今のところは何もない。だが、必ず何かがあるはずだ」

「ふーん。そういえば、右の大腿部の異物質について成分分析の結果が出たから、スマホに送った」


大神は胸ポケットからスマホを取り出し操作する。


「アモルファス状態である。ガラスに似て非なるもの、か。このアモルファス状態とは?」


薇はキーボードを操作し、中央モニターでPDFファイルを開き表示させた。


「ガラスはそもそも結晶を持たない液体でその粘度を増し、常温で固体化したものになるんだけど、結晶構造を持たないんだよ。この個体の状態をアモルファス、非結晶の固体。液体の分子は結晶格子を立体的に構成していないからね」

「なるほど、非結晶の固体か。ガラスは液体の分子なんだな」

「うん。結晶化しているものは規則的な割れ方をするけど、ガラスが割れていく方向は予測できない割れ方でしょ? 原子や分子が不規則に密集している物質の状態、まさにガラスは液体って言われる理由ね」

「ガラスに似て非なるもの、については?」


薇は別のPDFファイルを開き、表示させる。


「大腿部の組織がガラス化したかと思いきや、ガラスじゃない全く別の物質への変化なんだよ。ただ、現状はガラスに似たようなものとしか言えない。海外の火山近くの村で、脳細胞が一部ガラス化した人間の遺体を発見したなんて論文があったけど、それは環境的要因が引き起こした体中のタンパク質によるガラス化の例で、今回のケースに当てはまらないんだよね。こんな人体の異物質変化、オカルトでしか考えられない」



「まるで……未完成だな」



「未完成?」



大神はモニターを見つめたまま、何かをじっと考えている様子だ。



「最初の印象だよ。中途半端と言うべきか、変化の過程において必要な要素のような、……言葉にするには難しいな」


薇はニヤリと笑みを浮かべる。


「課長もそう思うのか」

「何だ、君も同じか?」

「ブルーちゃんが興味深いことを言っていてね、それを証明するためには調査が必要なの」

「興味深いこととは何だ?」


「今、巷で流行っている都市伝説だよ」


薇はゴーグルを装着し、「ロック解除」と呟いた。中央モニターに南京錠のアイコンが表示され、南京錠に鍵が差し込み、カチャリと音をたてて鍵が解除されると人物データという青色のファイルが表示された。

すると、膨大な人物データが十三台のモニターに表示され始める。


「薇君、これはどういうことだ?」

「情報調査室のデータを覗き込んでいるだけ」

「君は本当に悪いやつだな」


大神は呆れてため息をついた。


「課長、それ……、褒め言葉」

「五月蝿いな。それで、これは何の関係が?」

「ここに表示された人間は、この半年間で行方不明になった者たちだよ」

「半年間でこれだけの人間がか?」

「情報調査室は、各都道府県の行方不明者リストを管理しているけど、あまりにも数が異常だから、もうそろそろうちに事案が上がってくると思うよ」

「つまり、これが都市伝説と関係していると?」



「全ては繋がっている、ってこと」



薇が左端のモニターだけを表示させた。大神はモニターへ目線を移すと、そこには夏目リサの証明写真だけが表示されていた。


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