第15話 振り出しに戻る
収録を終え、秋生君に向き直る。
「さて、これで君は逃げられなくなったぞ。一蓮托生だ」
「あの、僕はなにに巻き込まれたんですか?」
「槍込家の業のようなモノだよ。僕は何かと敵が多い。名前が売れれば売れるほど、足を引っ張ろうとする輩がいる。君も似たようなことを思ったことない? なんで自分だけ、僕が何かしたの? って事を」
「あ!」
思い当たる節があるようだ。
大塚君のは自業自得だけど、身内がそうだってだけで世間の目は一気に冷え込むモノだ。
僕も自業自得、出不精で錬金術以外の興味がわかなかった理由で冷たい目で見られたっけ。
「うちの子と一緒になりたいなら、背負うべき業だ」
「あの、諦めるって選択肢は」
「そうか、君の選択を引き止めることはできないが、残念だ。これは出すところに出させてもらうよ」
先ほど叙情酌量の余地があるとして取り上げたデータ。それを持ち出す。
「脅すんですか!?」
「君はもう、うちの子に目をつけた時点で逃れられない運命なんだ。それによく考えてもみなさい。君はうちになにをしにきたんだっけ?」
「あ!」
罪の意識に耐えきれず、自白しにきた。
脅すもなにもない。それに本気で脅すならもっとやばい場所に送り込まれてるはず、と即座に思い至ったようだ。賢いね。
それとも想像力が豊かなのかな?
「大丈夫だよ、悪いようにはしない。君の学園生活が脅かされることはないさ」
「あの……」
「何かな?」
「僕の父も、このようなしがらみに巻かれていたんでしょうか?」
「僕は彼のことはよくわからないんだ」
「同期だと聞いています。なのによく知らないんですか?」
「じゃあ君は、クラスメイトの全てを理解できる?」
「いえ」
「そんなものさ。同期と言えど、その人の経歴の全てに理解があるわけじゃない。生まれた年代、入社したタイミングが同じだっただけで、その人のことなんかよくわからないよ」
「そんなものなんですか」
「もう聞きたいことはない?」
「あの、最後に一つだけ」
「なんだろう? 答えられることならいいけど」
「あの、父を訴えたのは槍込さんですか? それだけを聞きたくて」
僕はヒカリに知ってるか? と促す。
彼女は首を横に振った。何かを隠してる時のそぶりじゃない。
本当に知らないみたいだ。
世間では被害者のように受け取られる僕だけど、僕は大塚君に感謝すらしてた。
訴えるなんてそんなそんな。
「僕じゃないよ。僕はむしろ大塚君を尊敬してたし」
「え、さっきはよく知らないって」
「内面はね。外面は完璧で後輩を引き連れて後任育成に重きを置いていた。自分のことばっかりの僕には眩しく見えたもんさ」
「なるほど。外向きの顔に対しての評価と、内情は異なると」
「そう言うこと。まさか僕との共同開発した薬品を全て自分の手柄にしてたとは……全く気づかなかった僕も僕だけど。不思議と怒りは湧いてこない。彼って口が上手いじゃない? 口下手な僕は彼の陽気なところを羨んでいたよね」
「じゃあ本当に恨みや怒りはないんですか? その、憎んでるとか」
「ないない。だったら一緒に住んでないよ」
「えっ?」
あ、やべ。
彼にはまだ大塚君がどこに居るかの情報が入ってないんだった。
「父が、ここに居るんですか?」
「君が僕と彼の関係にどこまで聞いているかわからないが、彼は生きてるよ。そしていつも君を見守っている。今は社会復帰に向けて日常生活に溶け込む準備段階だ。元家族だからと言ってあまり接触しないでくれると助かる。養子は、明菜の他にもう一人いたんだよ」
「それが父だと?」
「どう取ってくれても構わない」
あまり深く突っ込まれるとボロが出るから、後で適当に一人くらい男の子を入れよう。そうすれば勝手に勘違いしてくれるだろう。
「分かりました。父が世話になってると言うのなら、僕もこの件を重く受け止めます」
「良かった。じゃあ、これからよろしくね」
「はい!」
「けど、だからと言って明菜を無条件で引き渡すと言う話ではない」
「え?」
違うの? と言う顔。
当たり前だろう。それはそれ、これはこれ。
「今回はうちの子の盗撮を黙認するための交渉だったのをもう忘れたか? 僕じゃなかったら君は警察に突き出され、経歴に新たな傷を重ねるところだった。その罪を見て見ぬふりすることで罰を逃れた」
「はい」
「君は相手が犯したミスの責任に結婚を持ってくる卑怯者なのか?」
「違います」
「ならば自分の持てる全てを持って、うちの子を落としなさい。あの子が望んだ相手なら、僕からはなにも言わないよ」
「わかりました」
「それはそれとして殴る」
「じゃあ、殴られてもいいように鍛えておきます」
「その意気だ」
彼とはその場で別れた。きた時の陰鬱そうな顔は霧散し、正攻法で振り向かせると思い直してくれた。青春だね!
放っておけば犯罪者まっしぐらだった。止めておかないとやばいことになってたよね。
「若いっていいですね」
「本当にね」
「ところでいつ思い人が自分の父親だって明かすんです?」
「え?」
ヒカリがカミングアウトのタイミングを見計らっているが、そんな酷いこと僕にはできないよ。
「僕は大塚君次第だと思ってる。それに顔はいいんだ、男に戻るか、女のまま生きていくかは大塚君に任せるよ」
「学会に発表する経過報告は詳細に伝えませんと」
「そう言う野暮なのはどこかのお偉いさんが調べてくれるさ。そのためにいくつか現物を用意してるんだし」
「ですが見た目だけと内面まで女性化の判断はしておきたいですよ」
「性転換ポーションを押すよね、君も。誰か性別を変えたい相手でもいるの?」
「内緒です!」
大塚君以外に引き取る相手居たっけか?
それはさておき、当の本人は。
「やべー、血便だわ。だるいし今日晩御飯要らねー」
お腹を抑えてげっそりした顔で帰宅した。
どうやら不快極まりないようで、この世の全てが憎い! みたいな顔をしている。
ヒカリはなぜか喜び勇み「お赤飯炊かなくちゃ!」とキッチンに引っ込んだ。
病人を放っておいてなにやってんだか。
「大丈夫?」
「綺麗な顔で近づくな。ムカムカするんだよ」
「えー風評被害。そう言えば今日、君の息子来たよ」
「は、秋生が? 俺がいない時になにしに?」
「罪の意識に駆られて……かな? 彼、君にストーキングしてたらしくて。知ってる?」
「最近あいつの視線がキモい感じだったのはそのせいか」
「反省して、今度は真正面から告白するって。対応頑張って!」
「うげぇ。あいつ、いつ俺が父親だって気づくんだよ」
「面影0だから無理じゃない?」
キッチンから戻ってきたヒカリが、甲斐甲斐しく大塚君を自室に連れて行く。
「ここから先は男の人禁止です! 女の子のことは女の子以外秘密なんですー」
そう言って雑談を中断させられて、大塚君は引きずられながら連れて行かれた。
立って歩く気力もないようだ。
恐るべし、女の子の日。
僕にできるのは頭痛と倦怠感を緩和させるポーションの開発くらいだ。
チャチャっと制作して渡した翌日。
「これ、やばいくらい効くわ。友達に教えて良い?」
大塚君はキャッキャと喜んでいた。息子以外にいつの間にやら友達を作っていたらしい。やっぱり彼はどんな場所でも生きていける素質あるよね。僕が再び中学生になったところで、社会不適合者まっしぐらだろうし。
「良いよ。でも市販しないから内々にね」
「え、これで稼げば良いじゃん?」
「ただでさえエリキシル剤とオリハルコンで対応忙しいのに、そこにそれを加えたら忙殺される未来しか見えないよ」
「バカだなぁ、もっと俺みたいに上手い立ち回り覚えろって」
「それができたら苦労しないよ。見た目こそ変わっても僕は僕だからね」
「お前はそう言う奴だったな。俺より先に望月さんをモノにしやがって、羨ましいぞこのやろー」
「まだ羨ましいと思うの?」
「いや? 全く思わんな」
「やっぱり女の子になると性欲対象は男?」
「そりゃお……言わせんじゃねーよ! プライバシーの侵害だろ!」
ちょっとづつ精神が肉体に引っ張られてる様子を観測する。
「ほら、そこの二人! バカやってないでご飯食べちゃいなさい。痛みは緩和されても、物理的にドバドバ出るのは一緒ですからね! 明菜ちゃんはこれ持っていきなさい」
渡された布製品。それを嫌そうに見据えながら、背に腹はかえられぬかと諦めて鞄に詰めていた。それでもまだ諦めきれないかのように僕に縋る。
女の子の日緩和ポーションの効果にすっかり味を占めたようだ。
「なぁ、物量をどこかに移す装置とか作れねぇ? この鬱陶しいものを送りつけてぇ」
「作れるけど素材がない」
「作れんのかよ!」
「君は僕の配信にもっと興味持って良いんだよ?」
「配信にはトラウマがあってさ、あんまり視界にいれたくねーんだわ」
「あー……」
そう言えば彼も配信やってたもんね。
じゃあ、自分の時と同時接続数や登録者数とか比べちゃいそう。
そりゃ見る気起きないわ。
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