第3話 獅子狩り

 小声で呟き、ウィンドウを表示する。

 瞬間、視界に飛び込んでくる、半透明の長方形。

 中には俺を睨みつけている少年の、詳細なスペックが載っている。



【名 前】斎藤獅子王さいとうきんぐれお 

【レベル】1

【クラス】男子高校生

【H P】100

【M P】0

【攻 撃】115

【防 御】110

【敏 捷】100

【魔 攻】0

【魔 防】80

【スキル】無

【備 考】キラキラネームを気にするがあまり、グレた少年。下の名前で呼ぶと発狂する。



 お前……名前が原因でこうなっちまったのか。

 同情はするけど、笑っちゃうよなこれ。


 ちなみに平均的な成人男性で、能力値は100前後といったところだ。

 そう考えるとこの少年は、現代日本人としちゃ腕力のある方だとは言える。


 だとしても、喧嘩売った相手が悪すぎるのだが。

 自慢するわけじゃないが、俺のステータスはこれだ。



【名 前】中元圭介なかもとけいすけ

【レベル】227

【クラス】勇者・ラーメン屋の店員

【H P】55060

【M P】42110

【攻 撃】52390

【防 御】45680

【敏 捷】45000

【魔 攻】51940

【魔 防】51770

【スキル】言語理解 ステータス鑑定 神聖剣 二回行動 心眼 法術 父性

【備 考】かつて大きな代償を支払い、異世界を救った勇者。罪の意識に囚われている。



 負ける気がしないどころか、殺さずに済ますにはどこまで手を抜けばいい? と言いたくなる。

 この性能差は、もはやアリと恐竜を比べているようなものだろう。

 生物としての基本スペックが違いすぎて、踏み潰さないようにするだけで精一杯だ。


「きっしょ。なんか一人で笑ってるわこいつ」


 ライオンネームの小僧に指摘されて、気付く。

 どうやら口元が緩んでいたらしい。自覚なき笑み。体が闘争を望んでいるのかもしれない。

 

 いいさ、ちょうどむしゃくしゃしてたんだ。


 皿を割らないように神経を使ってると、たまに無性に暴れたくなる。

 そろそろ限界だったのだ。


 俺は高校生集団に取り囲まれながら、ゲームセンターを出た。

 まるで護送だ。

 狩る側が狩られる側に警護されるなんて、滑稽でしかないけれど。


「どこまでついて行けばいいんだ?」


 キングレオ達は俺の言葉を無視して、黙々と歩き続ける。リオと呼ばれた女子高生も黙っている。

 レオとリオか。

 そういえばどっちもライオンっぽい名前だな。こいつら付き合ってんのかな、なんて考えてしまう。


 そうして、体感にして二分ほど歩いただろうか。

 高架線の下、金網に取り囲まれた一角。

 ちょうどゲーセンの裏口あたりのところで、ガキどもの足が止まった。

 ここがライオンの縄張りというわけだ。


 俺がきょろきょろと周辺を観察していると、先頭を歩いていたキングレオ少年がくるりとこちらに向き直った。


「で、いくら出せんの?」


 女子高生の盗撮とかしゃれになんねーだろ、とポケットに手を突っ込みながら恫喝してくる。


「これから定期的にATMやってくれんなら、警察には言わないでおくけど」


 色々と、指摘したいことがあった。

 まず俺は金なんて持ってないし、盗撮なんてしてないし、警察も別に怖くない。

 それとこれが一番重要なのだが、お前の名前が面白すぎて緊迫感が出ないんだよ。

 警察なんて心配ないさー、とミュージカル調で叫びたくなる。


「いつもこうやって小遣い稼ぎしてるのか? サバンナで生きるための知恵ってわけか」

「あ?」

「キングレオ君は、オスなのに熱心に狩りをするんだな」

「……おい誰だよ俺の名前教えたの! リオか!?」


 急に怒鳴られたリオは、ビクッと肩を震わせていた。

 この扱い方だと、彼氏彼女の仲じゃないのかもしれない。

 どうだっていいけどな。単に少しだけ、良心の呵責が減るだけだ。


 なぜなら今から俺は、この男子高校生の顔面を破壊するつもりなのだから。


「お前ブッ殺すからな」


 言いながら、キングレオは胸ぐらを掴んできた。

 ほんとこの字面だけ見たら、モンスターと戦っているみたいだ。

 滑稽でしょうがない。

 こいつの名前も、こんなところでガキんちょに絡まれるまで落ちぶれた俺自身も、おかしくて仕方がない。


「笑ってんじゃねえよ」


 腹に一撃、膝蹴りを入れられる。

 よかった。これで正当な防衛行為だ。先に手を出してくれるなんて素晴らしい。

 さすがにどんな力を振るうにも、大義名分は必要だからな。

 世界を救うため、とかな。


「これは身を守るためだ。いいな?」

「はあ?」

「俺はお前達に暴力を受けた。だから仕方なくやり返す」

「なんなんだよさっきからおま――ゲボァ?」


 パァン、と乾いた音。

 俺が左手で裏拳を放つと、大量の白いつぶてが飛び散った。

 つぶての正体は、キングレオ少年の歯だ。


 狙いすましたクリーンヒットが下顎に直撃。口内はズタボロに違いない。

 獅子のような名前を授かったというのに、当分は固い肉など食べれまい。


「あ、……が、……げぼ、げぼ、ごぼぼ」


 口元を押さえてうずくまる仲間に、他の連中は何を思うか。

 助けるか。勇ましく俺に飛びかかってくるか。

 まだ男が四人、リオを合わせれば女が三人残っている。

 

 人数の上ではそっちが有利だよな? と軽い調子で聞いてみる。

 

 挑発は成功。

 金髪の少年が、二人ほど飛びかかってきた。

 

 俺は意識を集中させ、スキルを起動させる。

 視界に横長のウィンドウと、文字列が表示される。


【勇者ケイスケは心眼スキルを発動。回避率と命中率が50%アップ】

【スキルを使用している間、MPは毎秒2ずつ消費されます】


 瞬間、世界がスローモーションになる。

 別に時間を操作しているわけではない。

 俺の動体視力と認知能力が、加速度的に引き上げられているのだ。


 左右から迫る、鈍足の拳。


 俺は両手を伸ばしてそれらを受け止めると、手首をねじりあげる。

 バギンと音を立てて、少年達の腕はあらぬ方向に曲がった。


「ぎゃああああああああああああああ!」

 

 悲鳴を聞きながら、スキルを終了させる。時の流れが戻っていく。

 今のは異世界じゃ、初歩的な技術なのにな。


 現実世界でこれをやると、一人だけ早送りにされて、数秒先の未来に飛ばされたような感覚になる。

 

「まだやるか?」


 俺の問いかけに、望む答えは返ってこない。

 代わりにガキどもの口から出てきたのは、情けない泣き言だった。


「……やべえ。こいつ多分、格闘技か何かやってる」

「ねえ逃げよ、逃げよーよ」

「こっち来てんじゃん。……く、来んな! 来んなって! ひ、ひ、ひああああああああああ!」


 高校生の群れは、蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。

 残ったのは意識を失って倒れたキングレオと、尻もちをついて震えるリオのみだ。


「……不良が友情に厚いってのは、フィクションだったんだな」


 負傷したダチと女の子を、迷わず置いてけぼりにしやがった。

 異世界でも普段いきがってる奴ほど、緊急事態では頼りなかったように思う。

 どこも同じというわけだ。

 

 俺はうつ伏せで痙攣しているキングレオに近付くと、自動回復魔法リジェネーションをかけてやる。

 これで時間が経てば、傷はじわじわと塞がっていくだろう。

 じわじわ、にしたのはさすがに痛い目に遭った方がいいと思ったからだ。


 すぐに治したらこいつのためにならない。

 一週間も経てば、新しい歯が生え揃うはずだ。

 それまでは反省して過ごすといい。


 さすが元勇者だけあって甘い……というわけではなく。

 あまり深い後遺症を残すと、大事になりかねないと判断したのだ。

 要は証拠隠滅である。


 警察を恐れてはいなくとも、面倒だとは感じるからな。


「君はどうするんだ?」


 応急措置が済んだので、リオに目を向ける。

 がばりと開脚した状態で腰を抜かしていて、スカートの中身が丸出しだ。

 しかも股の間には、小さな水たまりができている。つんとアンモニア臭が鼻をついた。


「……来ないで……来ないでよ……」


 ずりずりと腕の力だけで逃げようとする姿を見ていると、憐れみすら湧いてくる。

 俺は黙ってスマホを取り出すと、ギャラリーの項目をタップした。

 これまでに撮影ないし保存した画像は、全てここに収められている。


 リオは何が始まるのか理解できないという顔だったが、俺は画面を見せつけながら、淡々と説明する。


「見てるか? その辺の風景撮ったのと、ゲームのスクショしかないだろ。君のパンツを撮影した画像、あるか?」


 ないです、とリオは小さく呟く。


「誤解だ。俺は盗撮魔じゃない。わかったな」

「……」

「わかったな?」


 半泣きで首をこくこくと縦に振る女子高生。

 まるで俺の方から襲いかかったような気分だ。

 

 後味の悪い喧嘩だった。


【中元圭介は戦闘に勝利した!】

【EXPを2獲得しました】

【スキルポイントを1獲得しました】


 うるせえよ、と無神経なウィンドウを閉じ、回れ右をする。

 一体これ以上強くなってどうする? 倒すべき敵もいないというのに。

 

 ゴミみたいな経験値、拳に残った不快な感触、惚れた女によく似た女子高生の涙。


 俺が欲しかったのはこんなのじゃない。

 今日はもう、帰ろう。

 この街に俺を喜ばすようなものは、何もない。

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