第1話 とりあえず逃亡中

ここは、ガルフ帝国の南に位置するガーミン自治区に存在するダンジョンだ。

冒険者ギルドが近くにあり、立地上の便利さも有り、冒険者が多く訪れる場所になっている。

元々は炭鉱だったが、掘りつくされて放置されたものが、後にダンジョン化したものだ。

中は腐った水の臭いと、淀んだ空気が漂い、魔物が湧く忌むべき場所に変質している。


このダンジョンの攻略レベルは35以上。

中級冒険者以上のレベルを求められる。

ただ、ダンジョンの入り口側は比較的低レベルの魔物が出現し、より深く進めばそれに応じて魔物のレベルが上がる様になっている。


その為、初級の冒険者の練度を上げる場所として理想的と言える。

また、多少、挑む冒険者のレベルを越える深さでも、ガイドとなる斥候がいれば何とかなるほど、探索も進んで”枯れた”ダンジョンでもある。

トラップの回避やパーティに見合わないレベルの魔物の出現ポイントを避けた移動をするなどで、レベル以上の探索が可能だ。

腕の立つ斥候であれば、それだけ冒険者パーティの危険度は下げることができるのである。


男は、そんな初級冒険者パーティに斥候兼ガイドのアルバイトとして雇われ、ダンジョンに居る。

服装は中級の斥候を生業とする冒険者らしく軽い革鎧を装備し、防水加工された革手袋と革ブーツ。

目にはゴーグル。

顔にはスカーフを巻いてマスク代わりとしている。

肩の辺りに中型のナイフを落下防止の革でできた鞘に入れて革鎧に括りつけている。

斥候では一般的な装備だ。


ただ、少し違うのは、腰に巻く太いベルトだ。

ここには、十数本の小さなダガーが仕付けられており、ベルトに下がる2つのポーチには小さなビンが整然と詰められている。

ビンは割れない魔物由来の特別製だ。

ビン同士が当たって音を出さないように、瓶は1つ1つフェルトで巻かれている。

そんなところから彼の几帳面さが伺える。

経験豊かな冒険者は彼が斥候というだけではなく、他に”特殊”な技能を有することを感じ取ることができるだろう。


彼の名はサイトゥという。


このあたりの国では珍しく無い、わりとよく聞く名前だ。

随分と昔に、この世界に降臨した勇者の名前を英雄にあやかって民が付けたことが由来である。


サイトゥは自らのクライアントを後ろに残して、真っ暗闇のダンジョンを一人で斥候中である。

クライアントより先行し、威力偵察を実施しているのだ。


サイトゥは特殊な技能を使って、足音を立てずに歩いている。

この技能は猫科の動物ですら凌駕する。

松明を持たない彼は完全に暗闇に融けて、気配を消して進む。

この暗闇だと、普通の冒険者では何も見えないが、彼の着けているサーベントのウロコを使ったゴーグルであれば、問題ない。

もっとも、訓練されたサイトゥの目であれば、ゴーグルが無くても、この程度は見えないことは無い。

だが、瞳の白目部分を暗闇にさらすのは愚かな行為だ。


ふと、サイトゥは立ち止まる。

サイトゥの研ぎ澄まされた感覚が、澱んだ空気の中の、魔物の気配を感じる。

匂いなのか、音なのか。

はたまた、微弱に感じる魔物の歩く振動なのか。

どちらにしても凡庸な斥候や盗賊では感じ得ないレベルだ。

これだけで、彼がただの斥候ではないことが、知れよう。


サイトゥは暗闇の先に目を凝らす。

魔物がこちらに次第に近づいてきている。大物だ。

サイトゥはクライアントの条件に合致していればボーナスが期待できると、マスク代わりのスカーフの下でニヤリと笑う。


魔物が大股に歩く足音がはっきりと聞こえるまでになった段階で、サイトゥはその場で跳躍。

天井の小さな窪びに指をかけると 、そのまま体を引き起こし、天井に張り付く。

なんたる握力と腕力。

魔力による人体強化を得ておらず、この行為が出来るのはサイトゥが極限まで鍛えた筋肉と体幹によって成せる技だ。


直ぐに暗闇から魔物達が姿を表す。

先頭のデカブツは身の丈3メートル届かないぐらい。

赤褐色の肌。

大きく盛り上がった筋肉。

鬼の顔に赤く灯る相貌。

右手には人ではとても扱えない大きなバトルアックスを握る。

サイトゥの予想通りオークだ。

後ろには松明を持つゴブリンを数匹連れている。


オークは盛んに鼻をひくつかせる。

これから欲望を満たす展開を臭いで嗅ぎ取ったらしい。

牙の覗く口を大きく歪めて、だらしなく涎を垂らす。

理由は恐らく、サイトゥのクライアントに若い女がいるからだろう。


天井の張り付く彼にオーク達は全く気がつかず、凶器とも言えるイチモツを左右にブラブラさせながら、大股で彼の下を通過する。

パンツはけ。


「バカな連中だ。」


イキリながら顧客の方へ向い遠ざかるオーク御一行を眺めながら、サイトゥは心の中で一人ごちる。


「さてと。どうかな?」


サイトゥはクライアントのパーティの、オーク達への勝算を計算してみる。

オークと言っても、レベルにはバラつきがある。

今回の奴はレベル12〜13ぐらいで比較的高い。

それにレベル2程度のゴブリンが6匹。


一方、クライアントのパーティは、剣士が2人と魔術師と僧侶が1名づつで四人。

レベルは平均で5だ。

前衛の盾役の重戦士がレベル10で後は8から3だったか。


「ちょっと、無理っぽいか?」


クライアント達には正直、荷が重そうだ。

サイトゥはオーク以外の脅威が他に続かないことを確認すると、天井から音をたてないように床に飛び降りる。


降りると同時に腰に手を回し、ベルトにズラリと差し込まれた小さなダガーのうち、左から5番目を抜き出す。

ダガーは小ぶりだが、特別な重金属でしつらえてあり、重く鋭い。

サイトゥはナイフの先に緑色の液体が付着している事を確認して鞘に戻す。

続いて、懐より笛を取り出す。

口のスカーフを外し、それを細かく吹く。


これは犬笛を応用した道具で、魔物には聞こえないが、特定の道具を通すと音を聞くことができる便利グッズだ。

魔力を必用としないことが、サイトゥには助かる。

サイトゥはクライアントから離れる時に、パーティの一人の僧侶の女に笛の音を聞き取れる道具をあらかじめ渡していた。

これで、脅威が彼らに迫ったことが分かるはずだ。


#####


サイトゥとクライアントは、このダンジョンのガイドと、戦闘事の補助行為までの契約だ。

だが、クライアントが全滅したりすると、後払い分が貰えないので困る。

なので、少し敵を削っておくことにしようと考える。


サイトゥは大股で進むオーク御一行後ろに素早く忍び寄り、一匹のゴブリンの口を抑えて 後ろに引っ張りこむ。

驚くゴブリンの頭を掴んで、よっこいしょと、180度ひねる。

ゴキリと首が折られたゴブリンは瞬時に絶命。

前を行くオーク達を伺うと、誰も気づかない。


続いて、忍び寄り2匹目に手を出した所でオークが突如加速する。


「シ、シンボー、タマラン。オンナ、オンナー!」


オークが叫び声を上げる。


「あっ、コラッ・・」


サイトゥは暴れる2匹目のゴブリンを急いで捻って、オークを追うが少し遅れてしまう。


サイトゥがクライアント所に急いで戻ると、オークが前衛のラージシールドを持った重戦士を戦斧で吹っ飛ばしている所だった。

後ろで、片ひざを付いている剣士をかばったのだろう。

いきなりヤバい展開だ。


重戦士はくるくると回って、壁に激突。

うめき声を上げて、起き上がれない。


それを見て、僧侶と魔導師が顔面蒼白で互いの両手を握ってガタガタ震えている。

片ひざを付いた剣士はよろめきながらも立ち上がり、ふたりを庇うように剣を構える。

ナイス、ガッツ。


その様子を見ながらオークは、これからのハッスルを確信してニタリニタリと臭い息をはきながら楽しそうである。


クライアントのご要望はレベル8ないしは9レベルの魔物の討伐。

できればオークが良いとのことだった。

希望通りだったが、このレベルではサイトゥの予想通り手に余ったようだ。


サイトゥは急いで、肩よりナイフを右手で引き抜き、オークの後ろでおこぼれを待っているゴブリン達の喉を順に掻き切る。

雑魚ではあるが、複数を相手をするのは面倒だからだ。


ゴブリンを始末した後、左手でダガーをオークの背中に投擲する。

ダガーはオークの分厚い硬い皮膚に2センチほど刺さる。

それほど深くは無いので、すぐにダガー自体の自重で抜け落ちる。

だが、これで十分だ。


さすがのオークも、背中の痛みで振り向き、彼に気が付く。


「ココニモ、虫ケラガ、イタカ。小賢シイ。」


貴様の攻撃には何のダメージも無いよとばかりに、サイトゥに向かって戦斧を振り下ろす。それをサイトゥは後ろへのステップでかわしつつ、お客さんに叫ぶ。


「お客さん、さあ!俺が引き付けてますんで、重戦士の方の回復を!」

「わっ、分かったわっ!」


僧侶の女の子が震えながら健気に重戦士にヒールをかける。

重戦士の体が神の奇跡で青白い光に包まれる。


サイトゥは大振りの斧を避けつつ、カウントダウン。


「もうそろそろかな。」


10まで数えたサイトゥがつぶやく。

すると、どうだ。

オークの動きが途端に鈍る。


「コウルサイ虫メガ、トットト潰エエテシマエバ・・エ・・・オオゥ・・」


オークは吃り始めると、自らの体調の異変に顔が驚愕に歪む。

立ってられなくなり、その場に頭からドスンと倒れると直ぐに小刻みに痙攣を始める。

背中のナイフが刺さった場所はドス黒く変色し大きく腫れている。


「よし、時間通りだ。どうだ、ムラミナゴロシイモリの毒は?特に緑色の奴は効くだろう?高い再生能力と異常ステータスへの耐性が高いお前らでも、こいつは特別だ。」


サイトゥは誰に説明するのではなく呟く。


「ナンダ・・オレハ、ドウナッタンダ・・・」


オークは涙目で目だけ動かし、これから起こる事を想像してか恐怖で慄く。

魔物は総じて、弱い人間をいたぶって犯し喰らって殺すくせに、自分が同じ目に遭うと途端に幼子のように怯え始める。


サイトゥは、オークの頭をブーツのかかとでグリグリしながら大事を取って様子を見る。

問題なく毒が効いているのを確認。

そして、クライアントに明るく話しかける。


「さあ、お客さん。どうぞ、どうぞ。ここから刃を入れると、首落としやすいので。」


ナイフでオークの延髄の左をツンツンして、解体方法をクライアント一行に説明するサイトゥに、呆気に取られた顔をする。

彼は、マスクとゴーグルを外して営業スマイルで言う。


「どーですか?俺は仕事が出来る斥候です。ボーナスを忘れずに。」


#####


「ご苦労。」


彼にまったく心のこもっていないねぎらいの言葉がかけられる。

ここのギルドの事務員のオヤジは愛想が無い。

人手不足で忙しい冒険者ギルドはブラック企業である。


「どうも。」


サイトゥは苦笑いしながら、オヤジに今回の仕事の成果を確認する。


「問題無かったか?依頼通りだったはずだが。」

「ああ、大丈夫だ。数えろ。」


そう言うと、オヤジはカウンターで向かい合わせに座るサイトゥの目の前に布袋を置く。


「依頼料の後払い分で銀貨50枚。オプションだった、討伐対象がオークだったのでボーナス銀貨25枚だ。」


彼は袋を手に取り、軽く手を上下に振って重さを確認する。


「確かに。」

「じゃあ、受け取りにサインを。」


出された羊皮紙に黒炭のチョークでサインする。


「それじゃまた。」


右手を上げて挨拶し、サイトゥは席を立つ。

仏頂面のオヤジは挨拶も返さず、すぐに次の接客へと移っていった。


「さて、飯でも買って帰るか-」


サイトゥが軽く伸びをしていたら、後ろから女の声がかかる。


「あの、すいません。」

「はい?」


振り向くと、クライアントの魔導師の女の子だ。

彼女はサイトゥの今回のクライアントである冒険者パーティーの一人である。

魔導師らしく厚手のローブを着て大きなスタッフを抱える。

ローブには防御魔法を練り込んだ細かい刺繍がされており、スタッフに埋め込まれた魔法石も相当な大きさだ。

これで、裕福な家の者であることが伺える。


「あ、あの。今回は色々と有難うございました。」


ちょっと気品を感じさせる女の子は、サイトゥに大きく頭をさげる。


「いえいえ。それで、お二人とも、お加減いかがでしょうか?」


サイトゥは戦闘でダメージを受けていた、前衛の二人を思い出す。

重戦士の方はヒールで死ぬのは回避できたが、結構な重体だった。

剣士の方も、決して軽傷ではない。

彼らはダンジョンから出て直ぐに治療の為に教会に担ぎ込んだ。

あの後、どうなったのか?


「はい、ドバンニの方は引き続き安静が必要ですが、大丈夫です。ステファンはもう、退院しています。」

「そうですか。それは、良かった。それで、何かご用でしょうか?お忘れものでも?」

「いえ、そうでは有りません。今回の事で、ちゃんとお礼を申し上げたくて。」


それから、彼女は今回の自分達の旅についてサイトゥに語り始めた。

割と絵本の物語では有りがちな話だ。

貴族の娘と、書生の恋の物語。

ご多分に漏れず、娘の父親は身分違いの書生との結婚などとは許すわけも無く、二人の仲は引き裂かれそうになる。

だが、若い二人は、障害が有ればまた盛り上がる。

それを見た父親は既成事実で孫を作らされ、駆け落ちされて、あげくにどっかで病気で死んじゃうテンプレは困るってんで、二人の仲を認める条件をだす。

それが、書生が騎士の称号を得ることだ。


先の戦争は人間にとって苦い記憶が今でも色濃く残る。

よって、剣士、魔導師などの魔物と相対できる人間の価値は引き続き高い。

当然、大物を討伐するなどで得られる騎士の称号も、かなり格が高い。


なるほど。

なので、高いレベルの魔物を希望したのかとサイトゥは理解する。


「当事者のステファン。レベルの高い魔物を討伐したのかを確認するドバンニ。どうしても付いていくってゴネた私。それに付き合ってくれたメイドで僧侶のミンティア。それが、今回パーティーとなったのです。」

「だとすると、私の方でオークを弱らせてしまったのは不味かったのではないでしょうか?」

「いえ、元々、ステファンは植物の研究者で穀物の出来を引き上げる研究をしていました。領民の方達の生活向上が彼の夢なのです。なので、荒事の方はからっきしで。でも、私もそんなステファンだからこそ、一緒になりたかったんです。それに、ドバンニとミンティアは、私達には同情的でした。なので実際に討伐が出来ればそれでよかったのです。」

「そうですか。お役に立てて良かったです。」


彼女は笑顔でサイトゥに頭を下げると、軽やかな足取りでギルドのドアに向かう。

そこには、松葉づえを付く剣士の姿があった。鎧を脱ぎ、メガネを掛けている彼は、なるほど。学者らしいモヤシ君である。

モヤシ君はサイトゥに大きく頭を下げると、彼女に支えられ、二人笑顔で何ごとか話ながらギルドを出ていく。


サイトゥは二人を見送り、ギルドから出る。

今日は良い天気だ。

真っ青な空を見上げながら、暖かくなった心の中でサイトゥは過去に思いをはせる。


「勇者よ、聖女よ。俺はこれでちょっとは罪滅ぼしができただろうか?なぁ・・」


一緒に苦難に立ち向かった二人の顔が透き通る青空に浮かんだ。



まあ、勇者も、聖女も死んでない。


むしろ、ガチギレして、サイトゥを殺そうとしている。


聖女の修羅の如く鬼の形相を思い出したサイトゥは、身震いし、涙目になりながら空を見上げるのだった。


#####


今から、約5年前に勃発した魔王と人間との戦争は、直ぐに人間側の劣勢となった。

強力な魔物の軍団を支配下に置く魔王の力は人間の脆弱な力を遥かに凌駕していたからだ。


瞬く間に複数の国が魔物達に蹂躙され、人間は食料や奴隷とされ尊厳が奪われていった。


だが、開戦当時は各国の思惑が交差して、魔王軍に対してチグハグな応戦しか出来無かった。

しかし、追い込まれ始めることで、人間側も各国で戦時協定を結び、いくつかの対応を行った。


・軍事的リソース配分の適正化

・指揮命令系統の整備とその適応

・情報の共有化の同意と手段の構築


結果、何とか魔王軍の進行を遅らせる迄に至った。

また、実際に被害を実感した国民の団結も戦時として良く国を支え、これを後押ししたのだ。


だが、戦力差はいかんともしがたく、人間側も、次第にじり貧になりつつあった。


そこで、次に人間側が手を打ったのが、魔王暗殺作戦だ。


実は魔王は、以前にも何度か現れた記録があり、先の戦いでは、これを勇者が討ち滅ぼしている。(伝説では勇者は異世界から召喚されたとの事だが、これは眉唾ものだ。)

その勇者も、とうの昔に墓の下だ。

だが、その勇者が使っていた聖剣と聖鎧が教会に残っていたのだ。


勇者が聖剣を使うと、海を割り、山をも削ったという。

聖なる鎧はいかなる魔のものからの攻撃を無効化したという。

だが、扱えるのは勇者だけという面倒な代物だ。


そこで、人間側から勇者の血筋を引く者を探しだし、この残された聖剣と聖鎧を扱えるか確認を始めたのだ。


まあ、その勇者ってのが随分とモテたらしく、けしからん事にハーレムみたいなの作っていたらしい。

子孫は分かるだけで数百人にも及んでいた。

しかし、随分と時間が経っており、勇者の血は薄まっていたようで、聖剣、聖鎧を使える者はほとんど居なかった。


しかし、人間にとって幸運な事に、たった一人だけ、聖剣と聖鎧を遣える者がいた。

これが、今回の勇者だ。

また、これは神の加護なのか、勇者が現れるときに、それを導く聖女も現れるっていう予言に忠実に、これまたバカみたいな白魔力をもった女が出て来た。

これで魔王暗殺のお膳立てが整う事になる。


勇者と聖女を中心として、暗殺チームが作られた。

その後、人間軍は大きな犠牲を払いつつ、魔王軍の本体の陽動に成功。

手薄になった魔王のねぐらを暗殺チームが強襲して、魔王の暗殺に成功。

今に至るのだ。


これは今から、1年ほど前の話だ。

魔王がいなくなった魔王軍は統率が取れずに瓦解。

そこに人間軍がつけ込み、今や形勢を逆転できている。


見事、魔王を倒し、その証である魔の宝玉を得た勇者と聖女は結ばれて、今はこの大陸の一角でカーランド王国として若き王と妃となって、神の如く敬れましたとさ。

めでたし、めでたし。


っていうのが公式発表だ。


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この街でも、比較的安い宿に帰って来たサイトゥは、貧相なベッドに体を投げ出す。

そして、恐る恐る、雑嚢に手を突っ込む。


「あるな。やっぱりある。」


もう、さすがにサイトゥは驚かなくなった。

サイトゥが昨日、泣きながら、町外れのドブ川に捨てたのに、ここにある。

いつ、どうやって帰って来たのか、何故か、ここにある。

雑嚢の中に、ある。


汚いドブ川に捨てたのに、とても綺麗なこと、綺麗なこと。臭いもしない。どうなってんだ。


「あぁぁぁぁぁーーー」


サイトゥは頭をかきむしる。

どうしてこうなった?

何でこうなった?

こんな筈じゃあ、無かった。


「俺、悪くない、俺は悪くないだろう?なぁ。何で戻ってくるの?止めてよ。マジで。て言うか、なんでお前、卵の形してんの?何が生まれるんですか?超、怖いんですけど・・・」


半べそで、サイトゥは物言わぬ石に抗議する。


サイトゥの人生を破壊した鶏の卵におぞましい紫色の色を塗りたくった様な物体。

サイトゥには今、その石が自分に嗤った様に見えた。


こいつはサイトゥの手元に有ってはいけない「魔の宝玉」なのだ。


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翌朝早く、サイトゥは宿を引き払うと、乗り合い馬車の停留所で地面に座り込み始発を待っている。

例の宝玉は「クソ宝玉は朝のクソと一緒流れちまえ!」と言って便器から流してきた。

ちょっとスッキリしたサイトゥである。


サイトゥは、この街に3ヶ月ほど滞在した。

悪い町では無かったが、そろそろ追手に嗅ぎ付けられそうで、移動する事としたのだ。

サイトゥは、こんな根なし草な生活をかれこれ1年ほど続けている。


幸いにして、手に職があるので、冒険者ギルドがある町なら、なんとか短期の仕事で食いつなげている。


魔王が討伐されて、組織的な魔物軍による進行は終わったが、魔物自体が居なくなった訳では無い。

一部の街や都市は未だ魔物に支配され、そこの人間もまた、ひどい目にあっている。

一方、魔物から得られる様々な部位は薬になったり、魔道具の部品になったりと、人間にも恩恵がある。

人間世界は魔物に襲われる反面、魔物から獲られるモノで生活も成り立っているのだ。


早朝から乗り合い馬車に乗るのはサイトゥの他に数名。

隣町の親戚の家に行くと言う母と娘。

あと、薬の行商人だという大きな荷物を抱えた男だった。


町を出て少したった頃に、母親に連れられた娘がサイトゥに話しかけてくる。

屈託のないかわいい町娘で、ちょこんと頭にのっているポニーテールがかわいい。

かなり不審者然とするサイトゥにも物怖じせず話しかけてくる。


「お兄ちゃん、どこまで行くのー?」


上手く愛想笑いが出来ないサイトゥだが、ひきつりつつも、笑顔でサイトゥは答える。


「隣町までだよ。」


「じゃあ、一緒だねー」


ニコニコする幼女。

サイトゥのような汚れた大人には眩しい笑顔だ。

笑顔で話しかける娘を困った顔をした母親がたしなめる。


「こらこら、ダメじゃない。ミカ。御免なさいね。お邪魔しちゃって。」

「いえいえ。」


サイトゥは笑顔で母親に応じる。


「娘さんは、おいくつなんだね?」


行商人の男が母親に話しかける。


「10歳になったよー」

「そうか、おじさんの娘も同じぐらいなんだよ。」


行商人は自分の娘を思い出したのか、幼女の頭をなでる。


「ん?」


サイトゥは、幼女から一瞬、妙な殺気が出た気がするが、まあ、気のせいだ。


「へー、そっかー。何て名前なのー」


妙に笑顔がひきつった幼女が行商人と会話を続ける。


「おじさんの娘かい、娘はねー・・・


そんな話を聞きながら、サイトゥがほっこりしていると、母親がおもむろに鞄から、クッキーの様な菓子を取りだし、サイトゥと行商人に勧めてきた。


「おっと、こりゃ美味しそうだ。」


そう言うと、行商人は一つつまみ上げ、口に入れる。


「旨い旨い」

「でしょー、お母さんはお菓子を作るのが上手いんだよー」


そう言って幼女も一つつまんで、口に入れる。


「おいしいー。お兄ちゃんも食べなよー」

「こら、お行儀が悪い。どうぞ、ご遠慮なさらずに。」


そう言いながら、母親がサイトゥの方に菓子を差し出す。

さて、どれを頂こうかと、菓子に顔を近づけたサイトゥのテンションは途端に急降下する。


「ありがとう。でも、お兄ちゃんは甘いものは苦手なんだ。」


サイトゥはうんざりしながら、菓子を断る。


「だ、大丈夫だよ。お母さんのクッキーは甘さ控えめだよー、全粒粉だから、低糖質で、ダイエット中でもオススメなんだよー」

「そうなんだ。じゃあ、薬屋さん、もっと食べなよ。」


サイトゥは隣の行商人に振る。


「いやいや、私は先ほど頂きましたし・・・」


数秒、微妙な空気が流れる。


「いいから、食えよ。」


サイトゥは立ち上がり、3人を見下ろす。


「ダンナコロシテカズラは無味無臭と言うが、そんなことは無い。扱った事があれば、独特な甘い香りでわかる。毒の入っていない菓子にあらかじめ分かる印を付けておいて、自分達で食べてみせて、俺の警戒心を解いて食わせるつもりだったろうが・・・相手が悪かったな。」



「クソ野郎。サイトゥだな?」


幼女が顔を伏せながら漏らす。

無垢な幼女から怖い人にチェンジした模様だ。

サイトゥは幼女から名前を呼ばれたことで、彼女たちが追手であることを理解する。


「やれっ」


幼女がやけにドスの効いた声で命令する。


行商人がナイフでサイトゥの脇腹を狙う。

確実にサイトゥの命を取りに来ている。

体を引いてかわすサイトゥに、母親の足払いが迫る。

サイトゥは、それを後ろに跳んで回避。

そのまま、走る荷馬車から外に躍り出る。

荷馬車から飛び降りたサイトゥを追って、行商人と母親が追撃してくる。

母親のハイキックを左手でガード、腕に受ける衝撃は直接頭に食らっていたら一発KOの威力だ。

続いて、迫る行商人のナイフ。

サイトゥは母親の腹に蹴りを入れて、行商人に母親をぶつける。

小さな悲鳴を上げ、転がる二人。


サイトゥは、それを横目で確認しつつ、道の脇に広がる森へと突入。脱兎の如く走り出す。


「この、ノロマ!、グズめっ、つかえねぇ!」


毒づく幼女の声が、サイトゥの後ろから聞こえる。


#####


小一時間ほど、森を逃げてきたサイトゥは地面に伏せて気配を探る。

どうやら、近くに驚異となる存在は無いようだ。木を背に座り一息付く。


装備を点検。身に付けていたモノは一通り大丈夫。下げていた雑嚢も無事だ。

いつ何があっても大丈夫な様に、必要なものは常に身に付けるか手元に置いておくのは子供の頃からのサイトゥの習慣だ。


「さて、どうするか・・・」


しばし、サイトゥは考える。


街道に戻るのはリスクがありそうだ。

荒ぶる幼女に出会う危険性が高い。

あれは、その辺のゴロツキや強盗の類ではない。

どこかの国の暗部だろう。


このまま山に籠るか?

その場合、大規模な山狩りが有ると面倒だ。

その可能性は低いが、幼女の背景が不明なので、思い込みは危険だ。


よって、街道を行くより時間がかかるが、このまま森を抜けて、国境を越える事にする。

まずは、水を補給すべく川を探そうとサイトゥは動き出した。


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「どうだ?見つかったか?・・・ああ、分かった。引き続き監視を怠るなよ。」


そう言って街道に仁王立ちする幼女は耳に当てていた魔導通信機を部下にほうりなげる。

これは、短距離であれば互いに通信できる便利な魔道具だ。


「まだ、森の中か・・・おい、山狩りするか?」


見た目は年端の行かない小娘が、整列して並ぶ2人の大人達を一瞥し、問いかける。

代表して、先ほど商人役だった男が直立不動で問いかけに答える。


「はっ、ですが、この人数では難しいかと。特に奴はこの様な場所で手数の多い斥候です。」

「ちっ。クソ野郎。毒喰らってとっとと死ねば良いものを・・・・」

「申し訳ありません。ですが、毒を見抜いたことと、あの体さばき、普通のこそ泥とは思えません。」


手に魔導通信機を持った母親役だった女が答える。


「こそ泥だろうが、なんだろうが、仕事はきっちりこなす。そうだろう?」


幼女の目に射られた様に、女が姿勢を正す。


「はっ、はい。」


はた目から見ると、子供から大人が怒られている妙な光景だ。しかも、大人達の真剣な表情は滑稽でもある。


「虫使いが来たら、荷台に残った奴の臭いで追わせろ。奴は足がはやい。モタモタしてると、逃げられるぞ。」

「はっ」

「増援と合流して、山狩りだ。準備しろっ」

「はっ」


敬礼し、二人は行動を開始する。


「あ、それと、貴様、さっき私に触ったな?」


幼女は行商人役の男を呼び止める。


「あ、いえ・・・演技上、必用だと思って・・・」


男が冷や汗を流しながら、幼女に言い訳を始める。


「ロリコン野郎!死ね!」


幼女は有無を言わさず、男に鉄拳制裁を加える。

幼女から繰り出される、アッパーカットは身体の回転が加わり、効果は絶大だ。

極東では昇竜拳と呼び、一部の空手マスターしか習得できない大技である。


#####


程なく川を見つけたサイトゥは、水を水筒につめ、水場から少し離れた位置で休憩。

本当なら、もう少し休んで夜になってから移動したいが、追っ手が近くに居る可能性があるので油断はできない。

雑嚢から干肉を取り出すと、それをかじる。

小休憩をしたサイトゥは再び移動を開始。


川を渡り、大体の方向を太陽の位置で割り出して国境を目指し歩く。

そのうち、サイトゥは森の中に人の気配を感じる。

さっきの連中とは違う様だ。

集団の唸り声の様なものが聞こえる。


サイトゥは迂回してやり過ごそうかと思ったが、他の旅行者かもしれない。

そうだったら、国境までのルートを聞ければ、助かる。

そう思ってサイトゥは近づくが、当てが外れてしまったようだ。


テニスコートぐらいの広さの広場で、石作で半ば朽ちている祠の前に魔方陣が描かれている。

そこにフードを頭まで被った男女とおぼしき人間が二十人ほど輪を組んでいる。

その中央で、化粧のケバい魔術師らしい女が妙な踊りを踊っている。

端から見ると酒に酔っているかの様に見える踊りは、等の本人達はいたって真面目の様だ。

なかなかのシンクロ状態。

踊りから漂う雰囲気は、神への供え物である神楽だ。


「うっうがぁぁっああ」


突如、踊っている一人が妙な声を上げると、自ら魔方陣の前に躍り出る。

何事かと、サイトゥが注目しているとウゴウゴ言っていた奴がフードを外す。

痩せた、幸薄そうな女だ。

幸薄顔の女は短剣を懐から取り出すと、躊躇せずに、自分の喉を自ら掻ききる。

喉より鮮血を吹き出しながら、倒れ地面で痙攣する女。

だが、それに目もくれず、踊りを続ける集団。


それを見ながらサイトゥは一人愚痴る。


「あー、これはマズイ案件だ。」


君子危うきに近寄らず。

謎のダンサーズに気が付かれない様に、サイトゥは後退り始める。

その時、ふと、サイトゥは別の気配に気がつく。


「誰だ!」


突然、魔術師の女が声を上げる。


「マズイ、バレたか?」


サイトゥが、そう思った瞬間、サイトゥの場所とは逆の茂みが揺れる。


「ちっ」


舌打ちが聞こえ、数人が広場に躍り出る。

続いて剣を持つフードを被った連中も茂みから出て来る。

広場に追い立てられた方のうち、二人の顔は知っている。

さっき、サイトゥを殺そうとした奴らだ。

何故か、行商人の男の顔がボコボコになっている。


どうやら、サイトゥの見知った連中も隠れて、この踊る連中の様子を伺っていた様だ。

そこに、別に潜んでいたと思われるローブ連中の仲間から背後より襲われた様だ。


囲まれた奴らは、それぞれに抜刀して戦闘体制をとる。


「誰だか知らんが殺せ。邪魔だ。」


魔術師が命令する。その声を聞くと同時にローブの連中が一斉に斬りかかる。

応戦するサイトゥを殺そうとした連中もそれなりに手練れで、乱戦模様だ。


魔術師がイラついた様子で、手を掲げ呪文を唱える。


「とっとと、殺さんか。」


そう言うと、乱戦状態の集団に向かってファイヤボールを無詠唱で何発も叩き込む。

悲鳴が上がり、敵味方関係なく燃え上がる。


「うっわ、エグっ。」


魔術師は無詠唱魔法が連発で打てる相当高レベル者だ。

サイトゥは人の肉の燃える匂いを嗅ぎながら、ジリジリと匍匐状態で下がる。


人数ではフード軍団の方が圧倒的に有利なので、既に勝負は決したか。

そうサイトゥが思った矢先、森の中から、突然、数本の矢が飛来し、フード軍団を貫く。

只の弓矢じゃない。

矢は体をに大きな穴を穿ち破裂する。

一撃、必殺の威力だ。


「どうしたの、みんなー。こんなんじゃ駄目だよー、後でおしおきだからねー」


呑気な声が聞こえると 、草むらから幼女がひょっこり姿を表して、広場に進み出る。


#####


「なんだ、お前は?ん?見た目と中身が違うな。」


怪しげに、幼女を見る魔導師。

この魔術師も相当に怪しい。


「おばさん誰?私に酷い事しないでー」


幼女は棒読みなセリフを言いながら、顔に笑みを浮かべる。

とても幼女の笑顔ではない。

獲物を前にした獰猛な野獣そのものだ。


幼女は短冊状に切られた紙の束を取り出すと周りに放りなげる。

紙には文字が書かれ、朱印が押されているのが見える。

紙は意思があるように宙を舞い、幼女の周りを等間隔でグルリと取り囲む。

枚数は10枚程度だ。それが、すぐさま鉄の矢に変化し、そのまま取り囲むフード軍団を目掛けて一斉に飛来する。


矢が次々とフードを被る連中を貫く。

しかも、逃げる者に矢はそれが意思を持つが如く、追いかけて貫く。

矢の威力は、絶大で命中と同時に人体を破裂させる。


「式神?」


サイトゥも噂は聞いた事がある。東の国の魔術と聞いていたが、見るのは初めてだ。

予め、護符に式神となる物体を封じる魔術だ。


二度、三度と紙を振りまくと、鉄の矢は瞬く間にフード軍団を全滅させる。

あっと言う間の出来事だった。


「うぬっ・・・、奇術の様な真似を。だが、妾には効かぬはっ!」


魔術師はとんできた矢を魔法陣の結界で弾き飛ばす。

続いて聞き覚えの有る魔法の詠唱を開始。


それを見て、幼女が魔術師に話しかける。


「おっと、ファイヤストームか?だが、それには詠唱時間が必要だぞ。お前が誰だか知らんがまあいい。予定外だったが、私に会ったことを後悔しろ。」


幼女は笑いながら、新しい紙を自分の左側にかざす。何事が囁くと紙が変化し始め、短く太い筒に変化する。丸い筒の後ろに矢の様な風切りが付いている。幼女は短くさけぶ。


「ファイヤ」


声と共に筒の後ろから閃光が走る。そのまま飛翔。

慌てて、魔術師は障壁を展開する。

筒は障壁魔法に激突すると、轟音と共に大爆発。

辺りの地面を揺るがす。


「ひー、なんだあれ。危ねぇ。」


爆風を避け、地面に伏せるサイトゥは、巻き込まれては堪らんと、息を殺す。

最近、火薬なる爆発する粉が有ると聞くが、これがそうか?爆裂魔法にも劣らない威力だ。


魔術師は悲鳴を上げる暇もなく、バラバラに消し飛んでいる。

所々に焼けた身体の一部が散らばり、結構グロい。


「余計な道草食った。おい、負傷者を連れて一旦戻るぞ。」


不機嫌そうに森に戻る幼女の後に負傷者を抱えた部下が後に続く。


サイトゥは、しばらく動かず、じっとして幼女達の気配がなくなるのを待つ。

気配が無くなっても、小一時間は様子を見る。

サイトゥは臆病なのだ。


そろそろ、行こうかと身体を起こそうとすると、魔術師の居た場所に変化が現れた。

飛び散った肉片が集まり、足りない部分は土から補完し人間の形に形成されていく。

次第に形が整い始めて、魔導師の女になっていく。

魔導士は全裸である。

服までは再生できないらしい。


これは、復活の魔法か?

先程の詠唱はこれだったのか。

自らの不利を悟って、手を打っていたのか。

なかなかに手強い。


「おのれ、小娘め・・・・ まぁいい。奴が配下を殺してくれたおかげで手間も省けたわ。召喚の儀はあと少しだ。」


全裸の魔術師は一人呟く。

なかなかのワガママボディな魔導師は、詠唱を行いながら妙な踊りを再開する。

すると、地面に先ほどの魔法陣が輝き現れる。


全裸の魔術師の裸踊りは何だか凄くシュールな光景だが、サイトゥには、これから起こることは嫌な予感しかしない。召喚とか言ってたし・・・


正直、サイトゥは逃亡の身だったりするので、人間に仇なす存在が現れようとも、それを討伐すんのは、自分の役目じゃないと思う。

そう判断してサイトゥはずらかる事に決めた。

当然だ。


「そうと決まれば、さっさと・・・・」


「!」


サイトゥは気配を感じ、その場から飛びのく。

そこには、さっき居なくなったハズの幼女がそこにいる。

なんたるミス。

サイトゥは魔術師のはだか踊りに気が取られたのか。

わがままボディー恐るべしっ!


「ほほう、私の隠形に気が付くか。」


幼女は関心した様に、独り言を漏らす。


「どうしたの?おばさんの裸がそんなに好きなの?」


図らずも、はだか踊りの真っ最中の魔術師の目の前に躍り出てしまったサイトゥを、幼女はゆっくりと歩きながら問いかける。


くっ。だが、ここは、はっきりさせておかねばと、サイトゥは考える。


「ちっ違う、俺はあんなの趣味じゃない。」


「えーでも、ずいぶんと熱心に見ていたじゃない。やっぱり、すきなんしょー。あんなのが。お兄ちゃんのエッチー」


サイトゥは焦る。

ガン見してたのバレてると。

このままでは、サイトゥは覗き野郎の変態になってしまう。


「いやいやいや 、て言うか何でここに君は居るの?」


サイトゥは話題をそらすべく、幼女に問いかける。


「ちょと、気になって戻って来てみたら・・獲物が発情中だったってこと。」


口を歪めニヤリと笑う幼女。


「くっ、誤解だ。俺の趣味はもっとこうだな・・」


サイトゥは誤解を解こうと必死になる。


と突然、サイトゥ達のいた場所にファイヤボールが炸裂する。


「うわっと!」


「ちっ!」


サイトゥと幼女、左右に飛びこれを回避。


「はははははははは、時は来た。我、望み。今こそ成就せんっ!」


高らかに全裸が叫ぶ。


魔方陣が真っ赤に染まり、赤い光が空まで照らす。

細かい地響きと共に、何者かが魔方陣より現れ始める。

黒いオーラを宿すその者は、頭から地獄の沼から湧き出る如く、徐々に姿を見せる。


「これは、ヤバイぞ。」


現れる存在の圧をサイトゥは感じる。

強者が与えるプレッシャーだ。

幼女もそれを感じるらしく、腰を落として、戦闘体制になってる。

だが、幼女なので、ちょっと可愛い。


全身を表した禍々しい存在は正に悪魔であった。

頭にはねじくれた角が生え、肌は燃えるような赤色。

赤い髪はそれ自体が炎の様に発光している。

その瞳を見れば、心が弱い者は直ぐに自ら命を手放すだろう。

首には暴力を体現する太いチョーカーをはめ、革でできた水着のような衣服を纏い・・・・身の丈は子供の様に小さく・・体の凹凸はまさに子供のそれで・・・髪はオカッパで? え、幼女じゃねーか。こっちも幼女だ。どうなっとる。


「あははははははははははは!凄い!凄いぞっ!この力、これが悪魔なのかっ!」


高笑いをする全裸は、悪魔幼女がそのまま成長したか様な出で立ちに変化していた。全裸はそのままではあるが。


全裸は召喚した悪魔から力を供給されている模様だ。

さっきまでの魔術師とは脅威の度合いが比べ物にならないくらい上がっている。

一方の幼女悪魔はぼおっとした焦点の合わない目付きで棒立ち。

なんだっけ、こういう目の呼び方。


サイトゥは全力で逃げると決めて踵を返す。


「ひゃははははははっ!逃がさんよ!」


パチン


指を鳴らすと同時に、サイトゥと幼女を取り囲むように、火の手が上がる。ゴウゴウと燃えるそれは、瞬時に酸素を奪う。


サイトゥは異形に変わった魔術師を見て、自分に問う。


“俺に、あいつを殺せるか?“


“大丈夫だ。殺せる。“


サイトゥは自分に答えを出すと、首のマスクを引き上げ、ゴーグルをする。

そうする事で、目と肺が熱で焼けるのを防ぐ。

幼女は防御魔法を展開し、それを防いでいる様だ。

例の式神といい、この幼女は、かなり高レベルの魔術師だ。


幼女は式神を自身を中心に三重に転開。

それらは同時に鉄の矢に変幻して、一斉に既に魔物に変わっている魔術師へ時間差を持って殺到する。

敵の力量を瞬時に計り、出し惜しみせず力押しするようだ。悪い手では無い。


全裸は防御魔法を展開。

これに対処する。

一方の矢は、防御を射ぬかんと防御壁を撃破する。

次第に矢の方が押し初め、全裸の最後の防壁が撃破される。

全裸めがけ、矢が殺到する。


前の攻防の再現と思われたが、突然、全裸の姿が消滅。

ターゲットを失った矢が次々と爆散してしまう。


「ぐぎゅっ!」


幼女が変な声を発して、吹き飛ぶ。着ている服が破れ、十数メートル飛んで、地面に激突。幼女がいた場所には、幼女に腹パンかました全裸が拳を握りしめて、ニヤリと笑う。


召喚した魔物の力は、召喚師の身体能力も大幅に向上するらしい。


「幼女に腹パンとか、酷いな。」


サイトゥは全裸に抗議する。


「何を言う。こいつは見かけだけだ。実際はもっとスレてるぞ。このオンナ。」


ネタバレする全裸を横目にスレてる幼女を伺う。

内蔵が飛び出たり、背骨がへし折れたりして、体が変な方向に曲がっていないことを見ると、咄嗟に防御魔法を使ったらしい。

小さな胸の動きも確認できる。ただ、このままでは、長くは持たないだろう。


サイトゥはノンポリのエセ平和主義者なので、一応、自分の助命を許うてみる。


「俺はたまたま通りかかっただけだ。貴様をどうこうするつもりもない。ここは、どうか見逃してはくれないだろうか?」


「駄目だ。ここで、死ね。藁の裸を見れたのだ。冥土の土産には十分だろう。」


自分でマッパになって踊っていたのに、酷い。

まあ、マッパにしたのは、そこの死にかけ幼女ではあるが。


「んー、そこを何とか・・・」


そう言いながら、サイトゥは地面を蹴る。


全裸は、一気に接近するサイトゥに驚愕の色を顔に浮かべながら、後ろに回避する。

だが、遅い。サイトゥのナイフは全裸の首を跳ねんと走る。

ガツっと鈍い音がする。

ナイフは全裸の首をとらえたが、分厚いゴムを切りつけた様な感触が手に伝わるだけで、首は体についたままだ。


「硬っいなー。これも、その魔物の強化された力か。」


サイトゥは手がしびれた様に、ぶらぶら振る。


「お前、何物だ?」


さっきまでの余裕を持った態度を改め、全裸が低い声で問う。


「しがない只の斥候だよ。」


サイトゥは答える。


全裸は手をサイトゥにかざすと、無詠唱で炎の矢を連続で打ってくる。

サイトゥはステップと移動でこれを回避する。

疲れるが、当たると間違いなく死ぬので、頑張って避ける。


「うむ。これも避けるか・・・」


一旦、手を止めて全裸は忌々しそうに呟く。


これだけの数のファイヤアローを放ってもなお、全裸は疲れた感じがしない。どうやら本当に全裸は人間を止めたらしい。


サイトゥは力の源となっていると思われる魔物を攻撃するか考えたが、下手に刺激して、戦闘に参加されでもしたら面倒だ。


仕方無いので、サイトゥはこの全裸を煽る作戦を取ることとした。

全裸に話しかけながら、左手で雑嚢をさぐる。


「あんた、何者なんだ?ここで、魔物の格好して、遊んでいたい訳でもあるまい?」


「ふふ、知った事。我は人間を超え力を得て、この腐れ切った人間の世界に新たなる秩序の国を建てるのだ。」


「んな高尚な事、全裸で語っても説得力無いぞ。」


「フフフフ、人間を超えた者に衣服の有無など関係無いわ」


「ふむ、そのだらしない体を晒して王様を気取るか。なかなかに、お前の国の臣民は特殊性癖の持ち主ばかりの様だな。」


「なんっ、だとっ・・・」


全裸の顔が怒りに歪む。額の血管がピクピク震える。


サイトゥは再び全裸に突撃を行う。

全裸はファイヤアローを打ち込んでくるが、これを避けて全裸に接近する。


力が並みの冒険者程度しかなく、魔力にも恵まれなかったサイトゥの売りは、速度だ。


全裸はサイトゥの動きに付いていけない。

サイトゥは全裸の腹部をきりつける。

だが、サイトゥのナイフは全裸の皮膚を貫けない。


「くそっ、駄目か。」


サイトゥは悪態をついて、全裸から離れようとする。

その刹那、全裸に腕を捕まれてしまう。不味い!


「ははははは!捕まえた。捕まえたぞ!散々、馬鹿にしてくれたなっ!楽には殺さん!まず、この腕を引きちぎっってぇ、うぐっ」


全裸は驚愕した顔で、サイトゥの腕を離す。

喉を両手で抑え、その赤い瞳でサイトゥに問う。


「な・・・何を飲ませた・・・?ぐぅぇ、ゴホッツ、ゴホッ。」


「ふふん、大口を開けて喋ってくれて助かったよ。おかげで、薬丸を口に放り込み易かった。しかし、作ってから随分経つが、効果は未だ有効だな。」


サイトゥは疲れた顔で全裸に答える。


「げぇぇぇぇ、くっ、これは毒なのか?バカなぁ、うげぇぇぇ・・・・毒などに・・・」


全裸はその場で膝をついて嘔吐する。

内臓らしき溶けた紫色の液体を吐き出し、痙攣が始まる。


「こ、こんな・・・終わり方で・・・」


血の涙を流す全裸を見下ろしながら、サイトゥは既に聞こえていないだろう全裸に呟く。


「魔王すら殺した毒だ。魔物になったお前には、良く効くだろう?」


全裸は全身の穴という穴から、溶けた内臓を漏らしあっけなく絶命した。


「ふー、やれやれだ」


手をパンパンと叩いてため息をつく。


ふと、サイトゥは視線を感じ、そちらを振り向く。

そこには、悪魔幼女がさっきまでと異なり、明確な意識を持った目で、サイトゥを凝縮している。

そうだった、未だコイツが居たのだ。


#####


召喚主が死ねば、召喚された悪魔も帰ってくれそうだが、どうもそうでは無かったらしい。面倒な魔術師め。さっきみたいに生き返れ。

謝罪と賠償をサイトゥは要求する。


こんなナリしてるが、ヤバさは魔術師の比ではない。

逃げれるか?いや、難しいか?

そんな脳内でシュミレーションをしているサイトゥに、悪魔幼女が口を開く。


「やはり、それは魔の魂。貴方は魔王、メガバイト様を倒された方なのですね?」


突然しゃべった悪魔幼女は思ったより普通の声だ。


「なんの事だ?」


とぼけるサイトゥに悪魔幼女は首をかしげ、


「貴方様から、魔の魂を感じます。これは歴代の魔王様にて御持ちになるもの。そして、それは先代魔王様を倒したものが引き継ぐものです。」


思い当たることが有るサイトゥは、雑嚢を確認する。

案の定、いつの間にかクソ宝玉がクソ溜めからここに潜り込んでいる。


「コイツか?魔の魂とか言うのは。」


宝玉を取り出すと、幼女悪魔に見せる。

それを見て、悪魔幼女は興奮した様子で応える。


「正に魔の魂。そして、あなた様に漂うオーラと魂との結び付き。間違いありません。なん足る偶然。素晴らしい。」


そう言うと、悪魔幼女は片膝を折り、頭を下げる。


「新魔王様。お目にかかり光栄でございます。まずはお詫びを。」


そこまで言うと、もう片膝も折り、さらに深く頭を下げる。

土下座だ。


「召喚の術式に囚われていたとしても、貴方様に敵対したこと。誠に申し訳ありませんでした。」


目の前には土下座を決める悪魔幼女。

隣では半裸になって傷だらけで横たわる幼女。

人が見たら明らかに、社会的に即死状態な絵づらに、サイトゥは震撼する。


「では、新魔王様。」


「ちがうってんだろ。」


「それでは、魔魂を使って魔力を増幅させ、私に魔界に帰れと念じてください。それで私も魔界に帰れます。」


「えっ、いや、あのっ」


「ご一緒に世界征服出来無かったのは残念ですが、魔王様が私をチェンジと言われるのであれば・・・」


「なんで、そんな言葉知ってんだよ?っていうか、あのなぁ・・・」


「さあ、どうぞ。ズバット一気にやっちゃってください。」


幼女悪魔が目をつぶって、たたずむ。


しばらく沈黙が続く。



「どうしたのですか?」


幼女悪魔が、うっすら片目を開き、サイトゥに尋ねる。


「いや、あのな。俺は魔力ゼロの人間で、お前の言っている様なことは出来ないんだが。別の奴にお願いしては、駄目なのか?・・」



「え、新魔王様、マジですか?」


「はい、マジです。て言うか、魔王じゃないです。」


「でも、魔王メガバイト様を倒されたんですよね?」


「ああ、まあ、結果的には。予想外でしたが。」


「おかしいです。魔王様は魔力を膨大に持っている者が忌々しい聖なる武器を使わないと、倒せないはずです。」


「まあ、何て言うか、毒殺したって言うか。まあ、そんな感じで。」


「エエッ!魔力が無いのにメガバイト様を倒されたと!毒などと・・いや、先ほどの私を呼び出した人間を葬ったのが、それですか・・・・」


大きく目を見開きサイトゥをまじまじと見る悪魔幼女。手を顎に当てて悪魔幼女は何かブツブツいい始める。


「まさか・・・そんな。だが、さっきのは確かに・・・魔王様が毒使いの暗殺者、そんな設定・・・アリね、アリだわ。全然オーケー、むしろ萌えるわ・・」


「えーと、あのー、他に帰って頂く方法は無いのでしょうか?」


さっきから妙な事を口走る悪魔幼女に、不安になるサイトゥだ。

何とか、とっとと帰って頂きたいと願う。


すると、悪魔幼女はサイトゥを真っ直ぐに振り向き、いい放つ。


「帰る方法は先ほどの方法以外に有りません。こうなっては、仕方ありません。新魔王様にお仕えし、人間をとっとと殲滅し、新魔王様のお子を産む所存でございます。」


「いやいやいや、最後、さらっと怖いこと言うなよ。俺、ロリコンじゃないよ。他人が聞いたら俺、社会から抹殺されちゃうから、止めて!」


マジ怖い。サイトゥは、悪魔幼女に懇願する。


「て言うか、帰って!マジで。ホントに帰ってよっ!」


悲鳴を上げるサイトゥを見ながら悪魔幼女は神妙な顔で引き続き、物騒な事を言い出す。


「ここまで言ってもお側に置いて頂けませんか・・・わかりました。忠誠心をお見せすれば、よろしいのですね?では、人間のオスとメスをそれぞれ100匹狩って来て、首をお持ちします。また、首を刈るときは新魔王様誕生の供物にすると宣伝し、派手に・・」


「いやっ、ちょっと待って待って!それじゃ、マジで新魔王の爆誕じゃねーか。」


見た目はこんな感じだが、魔族であることには変わりはない。

やはり、人間の敵である。

ここで、殺しておく必要が有るのか?

薄い殺意を感じたのか、サイトゥを、真っ直ぐに見つめる悪魔幼女。


「私を始末されたいのでしたら、それに従います。ここで、自害するようにご指示ください。魔王様にお手間はおかけいたしません。」


・・・・


「わかった。わかった。とりあえず、お前が魔界に帰る方法が分かるまでだ。あと、世界征服とかしないよ。だから、俺を、魔王と呼ぶな。」


「有難うございます。其では、何とお呼びすれば、宜しいでしょうか?」


ちょっと、本名をいう事に抵抗があったが、まあよくある名前なのでいいかとサイトゥは考えてしぶしぶ名前を教える。


「俺の名前は サイトゥだ。」


「承りました。サイトゥ様」


「お前の名前は?」


「私の名前はラウムと申します。以後、お見知りおきを。」


悪魔幼女が深く頭を下げる。


これは俺への罰なのか?て言うか、俺なんにも悪いことしてなくね?


そう、心で愚痴るサイトゥは、ふと思い出す。


「えーと、ラウム。お前、アレにヒールとか使える?」


指差す先には、別の幼女が痙攣を始めていた。



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