第7話 愛と出会う

 掃部かもり千枝美ちえみはいなかった。

 もう一人の澄野すみのあいもいなかった。

 こうなれば長居は無用なので、帰ることにした。

 ところが。

 階段を下りて玄関を出ようとしたら、向こうから人影が近づいて来る。

 さては橋場はしば樹理じゅり

 遅かったか、と身構えた。

 しかし。

 入ってくるなり

「あら?」

朝穂あさほ由己ゆきのほうに顔を上げたのは澄野愛だった。

 言いかたが「とろぉん」としている。

 愛は朝穂と由己がここに到着するのとわずかな時間差で学校から帰って来たらしい。

 この子。

 冬服を着るとほんと「けなげないい子!」って感じがするんだけど、白い開襟かいきんシャツの夏服姿もいいな、と認識を新たにする。

 適度に似合ってなくて。

 とろぉんとした外見、それ以上にとろぉんとした声と較べて、頭の回転が速いことは朝穂も知っていた。

 五月にやった二年生模試の結果も、この子のほうが朝穂より上だった。

 その、頭の回転に比してきわめてとろぉんとした声で、愛が

「樹理?」

ときく。

 朝穂と由己が顔を見合わせた。

 澄野愛が言う。

 「樹理ならもうすぐ帰って来ると思うけど」

 それを避けたいんだけど!

 「それ」とは、樹理、または「樹理がもうすぐ帰って来ること」または「帰って来た樹理とはちわせすること」。

 「あ、いや」

 つまり、愛は、この二人は樹理を訪ねてきたと思っているのだ。

 それは、思うよね。

 同じ部なのだから。

 だから急いで否定する。

 「そうじゃなくて、科学部の」

 「千枝美?」

 愛の反応がよい。

 「千枝美なら夜まで帰って来ないよ、たぶん」

 なんだろう?

 「たぶん」がついている、ということは、どこに何をしに行っているかはわからないけど、帰って来ない、ということだ。

 つまり、「どこに何をしに行っているか」の候補もいくつかあって、そのどれであっても「夜まで帰って来ない」ということ。

 いいのか?

 それ。

 少女らは 野に放たれて。

 いや。

 掃部千枝美一人が野放しなだけだ。だから参考にならない。

 「いや、千枝美じゃなくて」

と、由己が言った。

 「この前の短歌決闘のことで、科学部の意見が聞きたくて」

 「ああ」

 ……由己。

 いま「決闘」って言った?

 あれは決闘だったのか?

 「とくに」

と、それほど自己主張の強くない由己が、顔をまっすぐ上げたまま、言う。

 「三人のなかで、いちばんはっきり意見を言ってくれた澄野さんに」

 そういう話は……。

 ……なかったと思うけど?

 いれば千枝美に聞こうと思っていたのだけど。

 でも、愛に聞けるなら、愛に聞くのがいい。

 たぶんこの子のほうがまじめに話してくれるだろう。

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