第二十話 鹿野と千明の爪隠し


 ひめりとぼくのペア成立を皮切りに、十分ほどで他のチームの組み合わせとそれぞれの指標も決定した。


 最初に決まったひめりとぼくはAチーム。調査と並行して安全地帯の確保を行う。


 一時は反発していた奉司、亜月はBチーム。教師との定時連絡を行いつつ情報も探る。


 そして夕奈、雄星、玲生の三人はCチーム。積極的に謎の解明を担うメンバーだ。


 対立するのが村の因習、それも霊的な現象であると仮定すると、破ってはならない禁則事項が複数存在することが予想される。その事項を調査するのが最もリスクの高い行動であり、一チームにそれを委ねるのは懸念が大きい。ゆえに調査は二チームに分け、それぞれに具体的な調査目標を設定しよう――というのが玲生・・の意見だった。


 昨日の困難なコミュニケーションを反省したのか、玲生がとった手段は筆談だった。七宝高校ではスマートフォンの携帯が原則禁止されているため、発話の代替手段がアナログな手法しかない、というのは納得できる。そこまでの手間をかけなくてはならないほど、玲生の発声に係る事情は重いものなのだろう。


 ともかく、玲生は決して参加意欲がないわけではないことが分かったのはひとつ収穫だ。行方先生によってやらされているだけなら、あれほど凄まじい速度であの文量を書き切ったりはできない。


「ま、メインの謎解きは精鋭揃いのうちらに任せなって」


 夕奈がドンと胸を叩く。同率一位が二人いるのだから精鋭なのは間違いないのだが、自称されてしまうと逆に不安になってくる。


 寺生まれで霊感のある夕奈のPCを筆頭に、雄星と玲生のPCもオカルトに関する素養を持っているらしい。この三人を各チームに分散させる案もあったが、編成がまとまらず最終的には一極集中の形になった。そのため、事前に危険度が高いと分かっている調査はCチームへ委ねる手筈だ。


 相対的にAチームは安全地帯の確保という危険度の低い任務を請け負うことになったわけだが……案の定、ひめりは不服そうだった。


「うー、ひめりもCチームが良かったなぁ」

「そう言わないでよ。ぼくを助けると思ってさ」

「ねぇ夕奈ちーん、今からでもチェンジとかできなーい?」

「だーめ、あんたはパパと一緒に居な」

「誰がパパだ」


 このやり取りが定番化するのも嫌だなと思いつつ。


 各チーム間の打ち合わせが終わったところで議論フェーズも終了。行方先生からD組の鍵を受け取り、荷物を抱えて移動に備える。


「ヘマすんなよ、千明」

「奉司こそテンパらないように」

「ヘッ」


 軽く言葉を交わせる程度には奉司も肩の力が抜けているようだ。昨日は緊張してまともに喋れなかったと言っていたけれど、今日の彼は違うと思いたい。


 目的のために必要なのは、いかなるときも動揺しない冷静さと、機が熟すのを待つ忍耐強さだ。


 三チームそれぞれに鍵が渡り、同時に移動を開始する。一チームくらい教室に留まってもいいのではと思ったけれど、行方先生はそれを良しとしなかった。


 D組の教室はやけに窮屈に感じた。誰も居ないのに机と椅子は神経質なほどに等間隔で並べられていて、少しでも列を乱すとD組の面々が戻ってきたときに勘づかれてしまいそうだ。有り体に言ってしまえば、居心地が悪い。


 そんな環境にあってもひめりは躊躇なく机の間を縫って席に着く。その慣れた動きにぼくは昨日の出来事を思い出していた。


「そういえば、ひめりはここのクラスだったね」

「えー? 千明ンにそんなこと話したっけ」

「話してないけど、自己紹介のときに君だけ組を言ってなかったから。消去法でD組だと思っただけ」

「すごーい、よく覚えてるなぁ……」


 ひめりの座った席の左隣にぼくも腰を下ろす。三日間使われなかっただけの教室は、未だ帰らぬ生徒たちを待つかのように沈黙を内包していた。


 ふたりだけの教室。終わらない放課後。どちらかを選ばされる、不自由――


「なのにわたしのことは覚えてないんだね」


 ひめりの雰囲気が変わったことに、ぼくは最初気づかなかった。変化があまりに自然すぎて、ちょうど連想していた記憶と現実とを混同してしまったように感じたからだ。


 ひどく落ち着いた声色は、今の彼女とはあまりにかけ離れている。


 なのにその声は、どこか懐かしいものとしてぼくの耳に潜り込む。


「ひめり……?」

「なーんちゃって」


 にぱっと表情を煌めかせるひめり。声の響きも元に戻っていた。


「どぉ? びっくりした?」

「……びっくりした」


 ここで虚勢を張っても仕方がない。正直に答える。


「本当にどこかで会ったことがあるような気がしたよ」

「なになに、ナンパですかぁ? 残念だけどひめりには心に決めた人がいるのでー」

「その人はやめておいたほうがいいと思うけど……」

「む、よく知りもしない人のことを悪く言っちゃだめだよ?」


 そういうひめりは彼のことをどの程度知っているのだろう。随分と親しいようだし、ひょっとしたら彼が何者なのかも知っているかもしれない。


「ところで、なんだけど」


 建前上はまったく別の話題として切り出す。


「ひめりは行方先生と仲が良いよね。何か出会うきっかけがあったの?」

「仲が良い、かぁ。そういうふうに見えてるなら、うまくいってるのかな」


 含みのある言い方だ。らしくない、と言えば失礼かもしれない。


「行方センセはね、この学校に来る前からの知り合いなの。最初は今の千明ンみたいに胡散臭いヒトだーって思ってたんだよ? ってゆーか、今も印象はそんなに変わってないのかも」


 だけどね、とひめりは優しげに微笑む。


「あの人は自分とは関係のないことにもすぐ首を突っ込むの。面倒臭がりな顔して揉め事を見つけたらすぐ間に入っちゃうし。ほっとけばいいのにーって他人事にもお節介を焼きにいく人なの。胡散臭いのは、捻くれた正義感のせい」


 捻くれた正義感。それは彼を表現するのに的を射た表現のような気がした。


 面談での迂遠な言説。生徒を侮るような態度。教師として不相応な言動の数々が、なぜ正義感なんて言葉に繋がるのかは分からない。それなのに、不思議とぼくは得心がいっている。


 彼の言う『間違った若者』も、その気になればマダミスなんていう回りくどいことをせずに特定できたんじゃないか。そうしないのは彼が『間違った若者』をも救いたいと思っているからなんじゃないか。


 その理想は、きっと他のどんな美辞麗句よりも教師らしいと、思ってしまった。


「ああいう人だから、ひめりみたいな子にも本気で向き合ってくれて、嬉しいの」


 ひめりはそういって言葉を切る。教室の外からは足音が聞こえていた。


 忙しないノックのあと、行方先生が入ってくる。


「待たせたな。二人でよろしくやってたか?」

「ふかーい話をしてました!」

「めっちゃ浅そう」


 くつくつと笑って行方先生は教壇に立つ。


「何話してようが俺は止めないが、今がセッション中なのは忘れるなよ。時間を無駄にすればするほど不利になるのは前回で理解しただろう」

「分かっています」


 翌日までの生存。それを満たすための具体的な時間設定は明かされていない。前回のように作中の時間は現実時間とリンクしている、といった明記もない。一方で話し合いが長引くほど得をするプレイヤーは今回も存在しうる。調査を遅々として進ませないことで使命を果たそうとする誰かが――


 ふと、違和感が頭をもたげる。


 どうしてぼくは、ひめりが味方側であると思い込んでいたのだろう。


「さーて、センセも来たことだし早速COするね」


 糸口を掴んだときにはもう手遅れだった。ひめりはあらかじめ決めていたような手際でぼくの目の前に秘匿HOを晒す。


【秘匿HO:君はこの村で信奉されている土着神の信者だ。君の使命は班員の中から生贄を一人以上捧げることだ。】


 まごうことなき、敵側のPC。


「残念だけど、ひめりは神様に誰かを捧げなくちゃいけないみたい。だけどそれにはいくつか条件があるの。それをひとりでやるのは、ちょっと大変なんだぁ」

「……ぼくにそれを手伝えっていうの」

「そーゆーこと」


 最初からこれがひめりの狙いだったのか。ペアのチームに属し、他のプレイヤーとの情報共有ができないタイミングで正体を明かす。そうすれば調査フェーズが終わるまで、ぼくは彼女に協力するか、孤立無援の状態で調査を続けなくてはならなくなる。


 仮に後者を選んだとして、当然無事でいられる保証はない。 


「手伝ってくれるよね、千明ン?」


 ひめりのにこにこ顔は崩れない。無邪気なままで、逃げ場のない選択を迫っている。


 聞かなかったふりができればどれほど良かったか――それすら行方先生の前でCOされたことによって封じられている。COに対し、ぼくは何らかのアクションを起こさなくてはならない。


 あまりに抜け目ないひめりの策に、数分前の声を思い出す。


 あのとき垣間見た彼女の一面は、本当にぼくの錯覚だったのだろうか。

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