第十三話 急転直下


 賛成、三。反対、四。


 N先生の噂を追う調査の実行は、用紙を使った非公開の投票によって否決された。これにより調査フェーズへと移行するかに思われたが――


「はいはーい、ひめりもCOしまーす!」


 完全に予想外の方角から、それは飛来する。


【秘匿HO:君は行方不明となった班の協力者だ。行方をくらませる以前から彼らの目的を知っており、彼らがその目的を果たすまでの時間稼ぎの役割を担っている。君はタイムリミットになるであろう十四時まで彼らの所在が割れないよう努めなければならない。】


「はい時計ちゅーもーく」


 掛け時計の針はちょうど十四時を指していた。


「お前かよ!」


 雄星が勢いよく立ち上がる。ひめりは上機嫌に笑っていた。


「えへへぇ、時間稼ぎで得をするのはひめりちゃんだったのです」

「だったのですって」

「夕奈ちんが代わりにやってくれて助かったよー。持つべきものは友達だね!」

「はいはい」


 夕奈はひめりを軽くあしらいながら、無言の雄星に視線を向ける。


「まぁ、そういうワケ。ひめりとうちは手を組んでた。調査の二巡目が始まってからね」

「……気づかなかったな。いつ交渉したんだ?」

「交渉っつか、アナログな文通だよ。小さい紙に互いの要求を書いて、机の下で交換した。ひめりは調査フェーズをギリギリまで延ばしたい。うちは多数決のときに味方してほしいってね」


 本来それは、最後の投票フェーズで使うはずの仕込みだった。ここで種明かしをしてしまえばもう使えない。転じて、もう使う必要がないという判断だ。


「そんな交渉、成り立たないでしょう。利害関係が一致しているとはとても思えません」


 呆気に取られていた亜月がようやく状況に追いつく。


「調査フェーズが延びれば全体目標の達成が困難になる。多数決の味方をするのだって意思疎通が出来ていなければそもそも実現しないでしょう。それでひめりさんと夕奈さんの要求が釣り合うはずありません」

「あー、そうかもね」

「そうかもねって」

「でもね亜月。ひめりがそういう理屈で動くタイプだと思う?」

「……それは、思いませんけど」

「うぉい!」


 ひめりの元気なリアクションが入る。しかし二者共に無視。


「結局面白いほうについてくんのよこいつは。利害不一致でもゴリ押しすればうちと共闘してくれるだろうって目論見があった。まぁさすがに、全体の目標を邪魔する方向に舵を切ることになるとは思わなんだ」


 ぼくにとっても夕奈が調査の反対派に回ったのは予想外だった。今思えばそれがひめりとの取引ゆえの行動だったと分かるけれど、わざわざ怪しまれるような主張をする意図まではぼくには理解しきれなかった。


 それでも彼女と同様の主張に回ったのは、多数決を採るときに意見を合わせると決めていたからだ。自分の考えは一旦置いて、なるべく賛否を拮抗させたうえで負ける・・・・・・・・・・・ために。


「一度の投票で話し合い終わらせてまんまと罠に引っかかるより、再投票までもつれ込んで結局何も変わりませんでした、ってしたほうが時間稼ぎとしては有効だと思ったんだよね。つっても本当なら、一回目でひめりが反対に投票してくれてればCOなんてする必要もなかったんだけど」

「あはっ」

「笑って誤魔化すな」

「だってひめりもまだ信じ切れてなかったんだもん。自分の使命は達成できなくてもいいっていうから、そこまで言うなら乗っかるしかないじゃん」


 夕奈の非合理的行動を見抜いただけあって、ひめりはひめりの判断基準に従って行動していたらしい。結局は『面白そう』に行き着くのも彼女らしいが。


「あなた方が協力し合っていたことは分かりました。ひめりさんの使命が現時点をもって達成されたのも」


 亜月の目にはまだ疑念が残っていた。


「でも、それをCOしたのは何故ですか? 調査を撹乱して何か得があるとは思えないのですけれど」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたね亜月ン」


 ようやく本題、とでも言うようにすくっと立ち上がるひめり。


「謎を解くカギは既に揃っているのだよ! よってこれ以上の調査は必要ない!」

「な、なんだってー」


 夕奈が棒読みで反応する。亜月、奉司も露骨に白けた顔をしている。


「あれれ?」

「そりゃあ信じないでしょうよ、今のあんたの立場を聞いたら。自分の使命を先に達成しておいて、ろくに調査してないのに謎が解けたーつったら、うちらの足を引っ張ろうとしてんのかなって思うよ普通」

「たしかに!」

「ばーか」


 夕奈が呆れた調子で窘める。ひめりはまったく気にしていない様子だったが、まだ何か気になるようで周囲をきょろきょろと見回している。


「……まだ何か、言いたいことでもあるのかい?」


 雄星はもう好きにしてくれと言わんばかりだ。多数決で敗北を喫したことより、状況の収拾がつかなくなったことに参っているのかもしれない。


「えっとね、もしこれも間違ってたらナシにしてほしいんだけど……」


 ひめりも雄星の気苦労を察してか、先程よりは控えめに発言する。


「ひめりが謎解けたーって言うのは信用できないかもだけど、他のまだ信用失ってない人が謎解けたって言えば、話くらいは聞いてもらえるのかな」

「それは……そうだね。タイムリミットまで一時間を切っていることだし、現時点の情報で真相が分かっているのなら是非聞かせてもらいたいよ」

「うん。やっぱそーだよね」


 じわり、と嫌な汗が滲む。ひめりの考えていることが何となく見えてきたけれど、それを実行されるとセッションそのものが破綻しかねない。


 授業で分からない問題に限って順番が回ってくるときのような、他人の気まぐれに期待して祈る気持ち。そのうえで頭をフル回転させて、一か八かの回答を絞り出す。


 果たして、ひめりの目はぼくに向けられた。


「千くんには分かってるんだよね? A班の居場所が」


 皆の視線が集まる。そうか――自分の主張を通すということは、この環視の中で論理の綻びなく言葉を発しなければいけないということなのだ。


 少しの虚栄のためならまだいい。より強固な信頼を得たいなら、小手先の偽装じゃ通じない。ここで誤魔化したりなんかしたら、もう二度とチャンスはやってこないだろう。


 だから、ぼくはこの場で、謎を解くしかない。


「うん。今皆が持ってる情報で、A班の居場所は割り出せる」


 この声は震えていなかっただろうか。大見得というわけにはいかないけれど、少なくともまったくの虚言だとは受け取られずに済んだようだ。


「へー。じゃあ聞かせてもらおうじゃねーの」


 最初に乗ってきたのは奉司だった。彼の中ではひめりの振りがなくともぼくが自信満々に名乗りを挙げただろうとでも思っていそうなものだ。本当はそんなことないのに。


 だが、ありがたい。もし誰の反応もなかったらそこでぼくの心は折れていた。


「まず今出ている情報を整理しよう。導入フェーズの共通HO両面、調査フェーズの調査HO、中間HO、それから夕奈とひめりの秘匿HO」


 ここまでに集めたHOたちが机の中央へと手分けして並べられる。


「調査HOは九つ集まってる。ここに中間HOを含めてもまだ全体の五分の二しかない。仮に調査フェーズを三巡しても二十一枚。二十五枚までかなり余裕がある」

「それは私も思いました。普通にやっていたら時間がまったく足りない」

「となると、調査フェーズ内に重要なヒントが入っているとしてもそれを引き当てるのは運次第になってしまう。だから調査HOはあくまで補助的な役割であって、究極的には調査しなくても解けるようにできているんじゃないか、と思った」


 調査をしない。つまり、導入のHOと各自の秘匿HOだけで、謎は解けるということ。


「だけど亜月が実践したように、最初の段階で皆に秘匿HOを開示してもらうなんてことは不可能に近い。夕奈やひめりがそうだったように、一部の情報を塗り潰したりタイムリミットを待ったりしないと自分の使命が達成できなくなるからね」

「そーそー。だから馬鹿正直に調査フェーズをやらなきゃいけなかったんでしょ」

「ひめりの立場からすれば、そうだっただろうね」

「ん?」


 ひめりが首をかしげるのを見て、ぼくは薄っすらと察する。この子は道化を演じているだけで、自分の不利益になりそうな部分はきちんと把握して避けていると。


「調査フェーズをやらなければいけなかった理由は人による。秘匿HOを開示できないから他の情報源を辿るよう仕向ける必要があった人と、そもそも秘匿HOがまともな情報源でなかった人とが交じっているんだ」

「なるほどね。それで九条さんの発言が繋がるわけか」

「え? え?」


 雄星が深く頷く横で、亜月はおろおろしている。対照的というよりかは亜月の不憫さが際立って見えた。


「九条さんの視点からは秘匿HOは『重要な内容ではない』扱いだった。だから他の人の秘匿HOもそうだろうと踏んで開示を求めたわけだけれど」

「あれも考え方次第では正しいアプローチだったんだ。最初の最初だから皆警戒してその案には乗らなかったけれど、もし亜月と同じように考える人が二、三人現れていれば、その時点で謎は解決していたかもしれない」


 ここでも多数決の原理だ。もし開始時点で亜月を信じ、初期段階で公開される秘匿HOが一枚でも出ていれば、調査フェーズを進める意味は大きく変わっていた。


「つってもよ、たられば論に意味はねぇだろ。オレらは今このときに謎を解こうって話をしてんだぞ」

「うん、奉司の言う通りだ。でもその前に、最初から解けるはずだった謎をより複雑にした人には、自分から名乗り出てほしいんだ」


 調査フェーズを行うことで得られた情報を隠れ蓑に、自分の使命を煙に巻こうとした人物。彼は数多くの可能性が生み出されることを逆手にとって、たった一つの真実に至るまでの道筋を大きく迂回させた。


 それだって、彼なりに真実へ近づこうとした結果なのかもしれないけれど。


「強制はしない。その秘匿HOがなくたって必要な情報はほぼ揃っているし、セッションが終わればどうせ分かること――」

「言い方が回りくどすぎるよ、千明」


 彼――漣雄星は疲れたように笑う。


「皆もとっくに分かっているくせに。調査フェーズが無駄足だと初めから承知しながら、皆を先導したのはこの僕だ」


 次の言葉をいう覚悟は前々から決めていたのだろう。


 雄星はまっすぐに亜月を見据えてこう言った。


「亜月、君は間違ってなかった。間違っているのは、僕のほうだ」

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