第七話 対立候補


 マダミスに参加するうえで最初の関門は、適切なコミュニケーションが可能かどうかだ。


 マーダーミステリーはパーティーゲームの中でもテーブルトークRPGと呼ばれるものの流れを汲む。テーブルトーク、すなわち机を挟んでの対話を主とするゲームである以上、会話が成り立たないならまともにプレイすることすらかなわない。


 有り体に言ってしまえば、プレイが困難だと言わざるを得ない人物がぼくらの中にいる。


「………………」

「うん、うん。なるほどね、分かるよ」


 同意の反応を示す雄星だったが、その会話内容は離れたぼくらには一切聞こえてこない。


 十分ほど前、数久田玲生に手番が回った。彼も他のメンバーと同様にエリアを指定してHOを開示させていく手筈になっていた。ただ、玲生は何らかの理由で声量が極端に小さく、ジェスチャーか耳打ちでコミュニケーションを取らざるを得なかった。


 エリアを選ぶ程度なら指差しで充分だ。その後に行う細かいニュアンスの確認や、情報を共有したメンバーとの話し合いには支障が出る。


 セッションを始める前にも懸念はしていた。だから雄星は今のように彼のすぐそばで聞き取り役に徹している。他の人と比べてどれだけ時間がかかったとしても、玲生の参加の意志を蔑ろにはしない、というのが雄星の主張だった。


「いや、立派だよ。雄星は」


 不意に夕奈がつぶやく。間近で見ると、彼女のまぶたをいつも重くさせている原因がその長いまつ毛にあるのではないか、と思えるくらいにはつらが良い。ここが女子高だったら王子様とか呼ばれたりするのだろうか。


 聞き取りの邪魔にならないよう距離を取った窓側の席で、手番を終えたぼくらは未使用の机で小さな島を作っている。夕奈、奉司、ひめり、それからぼくの四名で集まってはいるものの、ゲームの進行に関わることは話せないため少々手持ち無沙汰気味ではあった。


 だから夕奈の顔を眺めて退屈をしのいでいた、というわけでもないけれど。


「雄星にばかり負担かけちゃってるよね、ぼくら」

「それな。うちらももっと歩み寄るべきでしょ」

「歩み寄るっていうと、役割を分担するとか?」

「……なんかあんまり出来る気しないな」


 急に弱気になる夕奈。そこまでハードルを高く感じるとは意外だ。


「ちょっと整理してみようか。今回のセッションでぼくらは七人で一つの班を作っている。班行動だっていうならロールプレイ上でもリーダーが必要だろうけど、ここで話すのはゲームのプレイヤーとしての役割。雄星がやってくれているようなまとめ役は不可欠だとして、他に分けられるような役割はある?」

「少なくとも今やってるような通訳係は別の人がやるべきでしょ」


 あまり言いたくない、という気持ちが滲み出るような言い方だった。


 玲生の事情については詳しく知らない。彼自身が誰にも語らないのもあるけれど、一年のときから不登校気味だったという話を聞いてからはあまり触れていい話題ではないのだろうとどこか敬遠してしまっていた。


 その敬遠が災いして、彼の言葉を拾う役割にも消極的になってしまった。結果的に雄星の負担が増えているのも、原因は何もしないぼくらにある。


「班行動あるあるだよねぇ。皆自分が受け持ちたくないからってやる気のある子に押しつけちゃうのは」


 他人事のようにひめりは言う。


「そもそもクラスがバラバラなんだし最初はぐだーってしてもしょうがないんじゃない? 雄くんも慣れてきたら自分から役割振ってくれるっしょ」

「いや、そうはならないんじゃないかな。こっちから言わないと雄星は全部ひとりでやってしまうよ」

「それならそれで、ひめりはいいと思うけど?」


 楽観的な口ぶりだった。さすがに不快に思ったのか、奉司が顔をしかめる。


「あいつに全部仕切らせるのには反対だ」

「どうして? それが一番上手くまとまるでしょ?」

「表面上はな。でも今のままだとあいつの独り勝ちになっちまう。場をコントロールされたら、あいつに反する意見は何も通らなくなるぞ」


 奉司の言うことにも一理ある。誰か一人が先頭に立って周囲が追随する形を取った場合、先頭が舵を切った方向に全員が進まなくてはならなくなる。一蓮托生と言えば聞こえはいいけれど、嵐の抜け方を知らなければ待っているのは破滅だ。


 ゲームに勝ちたいのなら積極的に参加しなくてはならない。リーダーを買って出た雄星についていくだけで勝利に導いてもらえるなんて甘い話はない。


「もー、ライバル意識かっこいいなぁ。でも突っかかるなら本人に言ったほうがいいよ」


 からかうように返すひめり。


「ひめり、勝ち負けとかあんまり興味ないんだよねぇ。成績も落第にならないなら何でもいいしぃ。てっきり奉くんも同じだと思ってたんだけど」

「……オレは、あの行方ってヤツに乗せられてる状況が気に入らねーだけだ」

「ふぅん、そう。まー頑張ってねぇ」


 急に興味を失くしたのか、ひめりは自分の爪を確認し始める。奉司は収まりが悪そうにぼくや夕奈のほうに視線をやっていた。


 奉司も行方先生に何かしらの秘密を握られているのは間違いない。突如始まったマダミスにここまで真剣に取り組んでいるのがその証左だ。ぼく自身彼とは接点がなく、よく知らないまま噂されるような不良生徒だと思っていたのが申し訳なくなってきた。


 歩み寄りが必要なのは、何も雄星に対してだけではないのかもしれない。


「言ってるだけで何もしてないって意味ではうちら皆同じだけどね」


 夕奈は誰を責めるでもなくつぶやく。


「通訳はこのまま雄星に任せるとして、ある程度同じレベルの発言力を持ってるプレイヤーは必要だね。独り勝ち以前に、チームのバランス的な話で」

「ぼくもそう思うよ。今後何か議論する機会があったときに、意見が分かれにくい今の状況はまずい」

「問題は、誰がその役割を受け持つかだけど――」


 夕奈がちらりと亜月を見る。雄星と玲生の傍に控えてはいるが、二人の会話を聞き取れているかは怪しいところだ。


「亜月は……ちょっと不安。お堅い委員長キャラで通ってるみたいだけど、あの子成績はドベから数えたほうが早いから」

「そうなんだ」


 意外なように反応してみたけれど、薄々そんな気はしていた。


「ここの四人の中では、君が適任な気がするけど」

「うち? ……いやいや、それはないっしょ」


 手を左右に振って否定する夕奈。その仕種を面白がってか、ひめりが顔を覗き込んでくる。


「またまた夕奈ちん、ご謙遜を。さっきの調査のときもなんか手慣れた感じでかっこよかったっすよぉ?」

「マジで。うわ、やだなそれ」


 夕奈は本気で嫌そうな顔をする。


「うちはあんま目立ちたくないの。得することいっこもないじゃん。周りからやいやい言われてさ、あることないこと知らんとこで言われるの、最悪じゃん」

「そんな目立つ顔してるのにー?」

「うっせ。縫いつけるぞ」

「整形手術!?」


 整形手術ではないと思う。


「てか、今回に限ってはうちが目立ってるんじゃなくてあんたらが地味すぎるんでしょうが。奉司だって普段あんだけ悪目立ちしときながら今だけ大人しくしてんのズルいって」

「ハァ?」


 奉司は心底意外というふうに声をあげた。


「オレがいつ悪目立ちしてたってんだよ」

「自覚なかったの? 七宝高では珍しいヤンキーだって保護対象にされる寸前だよあんた」

「人を野生動物扱いしやがって……」


 怒りはもっともだが、突っ込むところはそこでいいのだろうか。


 けれど夕奈が言うことも間違いではない。奉司が同級生から天然記念物……もとい、不良生徒として見られていることは事実だ。七宝高校は曲がりなりにも県内有数の進学校という体で通っているし、評定による推薦枠争いもそれなりに激しい。彼のように遅刻欠席上等なケースは稀なのだ。


 奉司もその評判くらい知っていてもいいはずなのだが、当人は至って不服な様子だった。


「いい機会だから言っとくけどよ、オレだって目立ちたいなんていっこも思ったことねぇ。授業が終わったら早く家に帰りたいだけだっつーのに、尾ひれが勝手についちまうだけなんだよ」

「そうなんだ。まぁよくある話だよね」


 何やらまた含みのある言い方だった。夕奈もその見かけゆえに似たような苦労があるのだろうか。


 修学旅行なんていう高校生活の集大成のようなイベントに参加しなかっただけあって、ひと癖ふた癖あって当たり前だと思っていた。かくいうぼくも色々と『見逃されている』生徒だという自覚があるので、彼らのことを異端だと遠ざける気にはならない。


 言い換えれば、逸れ者同士のぼくらは分かり合える気がするのだ。前々から感じていた、この自信の根拠はそこにあった。


「で、どうすんの。対立候補、って言っていいかわからんけど。雄星の仕切りにちょくちょくちょっかいかける役は誰がやるよ」

「言い方悪いなぁ」


 けれど概ねそういう役割なのだ。与党に対しての野党。やり方によっては敵を作る。


「雄くんとの対立って意味なら奉くんが適任じゃない?」

「オレは別にライバル視とかしてねーんだって。つか、アタマであいつと張り合える気がしねーぞ」

「大丈夫。うちらもあんたに頭脳の期待はしてないから」

「それはそれでムカつくんだが」

「あー、そうじゃなくて。奉司一人に全部任せなくてもいいなって気づいただけ」


 夕奈はそう言って振り返る。期待に満ちた表情で、ぼくの肩をぽんと叩いた。


「お願いできるかな、頭脳担当」


 なんでぼくが、と返したところで意味がないんだろうなと諦める一方で。


 はっきりと確信する――これはチャンスだ、と。


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