第二話 噂
「無人幽霊タクシー?」
結は紅茶を飲もうとした手を止めて聞き返す。視線の先にはソファーに寝っ転がって空中ディスプレイを操作する相棒の姿があった。
「ああ、なんでも乗客をあっという間に連れ去って忽然と姿を消してしまうみたいだよ。そして被害者は二度と帰ってこないそうだ。ああ、怖い怖い」
結はポテチを口に運びながら棒読みで返事する少女をみて苦笑する。少女が寝っ転がっておかしを食べるためゴミを検知した自動掃除機が出動した。
「田舎ならともかくこんな監視システムが張り巡らされた都心で車ごと消えるなんて無理があるだろ」
「断定するのは良くない癖だよ。確かにAliceの監視システムは優秀だけど万能ではないからね。何事にも抜け道があるものだよ」
鼻で笑った結に対して少女は不敵な笑みを返し、視ていた画面を結の方に向ける。
「それにあながちデマじゃないかもしれないね。ここ視て、暇だから5chみてたら面白い書き込みがあったんだ」
「今時5chって…不特定多数が書ける匿名掲示板サイトになんの信憑性があるんだか」
「結は本当に愚かだね。こういうマニアックな人達が集まるプラットホームの方が本物の情報が転がってるものなんだよ!」
「どこから湧くんだその自信…」
「それに、ここに書いてあった噂が気になってAliceのデータベースをちょちょいと覗いてみたんだけど――」
「おい、クロエ。またやったのか、ハッキングは辞めろってあれだけ言っただろ!」
"相棒"ことクロエはハッカーだ。しかも質が悪いことにその実力は他と一線を画す。
Aliceが運用するシステムのセキュリティは数十年前とは比べ物にならないほど
国民の個人情報、金融情報、軍事情報に至るまであらゆる情報が集まるAliceのデータベースは何重にもプロテクトされている。
当然だが到底人類が突破できるレベルの代物ではない。Aliceが開発した新技術のほとんどが未だに"ブラックボックス"のままなのだ。
大抵の人間は原理は良くわからないけど便利だから使う、という考え方で著名な研究者達がAliceの開発したテクノロジーを解明しようと躍起になっているのが現状だ。
そう本来ならハッキングなんて芸当はできないはずなのだ。結は改めて目の前の少女に視線を送る。
クロエは今年で16歳になるがその外見は小柄で、儚く
だらし無く引きこもり体質なのが玉に瑕だが、黙っていれば画像生成AIで作ったと言っても騙されるくらいの美少女だ。
この少女が現代社会の根幹を揺るがす程の天才ハッカーだと言っても誰も信じてくれないだろう。
改めて自分の前でゴロゴロしている少女が並外れた存在であることを再認識したが…
――こいつまじで顔が良いな。
「ね、ねえ。いきなり黙ってどうしたんだい。そんなに見つめられると流石の僕でも照れるんだけど…ハッキングしたのは悪かったよ」
陶磁器の様に滑らかな頬に薄い桃色がさして、少し申し訳無さげに俯くクロエは小動物の様な愛らしさがあった。
「え?ああいやすまん。まあ人に迷惑掛けてないなら多少大目にみるが人様に迷惑掛けたら駄目だからな」
「わかってるって、それよりタクシーの話をしよう。これが過去3ヶ月間、都内で撮影された監視システムの映像なんだけど…」
クロエが手慣れた手つきで画面を操作し、ディスプレイを無造作にスライドさせると空中で数多のリプレイ映像が流れ始めた。
「こんなにあるのか、ここからタクシーを見つけるのは無理だろ」
「まあ、観てなって」
結の不満を軽くいなしながら、クロエは鼻歌交じりで更に新たなプログラムを走らせる。すると数個のリプレイ映像のみピックアップされ、それぞれ一人の人間を追いかけているリプレイ映像が映し出された。
結が一つ一つの映像を注視していくと、ばらばらな場所で撮影されたであろう映像に幾つか共通点があることが視てとれた。
被写体の年齢性別に一貫性は無いが、周りの風景はかなり暗く
「――手を上げている?タクシーを止めているのか?」
「そうだね、無人タクシーも手を上げてる人間を検知して乗せてくれるからね」
「遅くなったからタクシーで帰るだけだろ良くある光景だ」
「はは、それならいちいち見せたりしないさ。この後だよ、おもしろいの事が起きるのは」
心底楽しそうなクロエとは対象的に結は嫌な予感がして顔を顰める。そして結は画面に視線を戻しそれを視てしまった。
「――おいおい、なんだよこれ。まさか本当に…」
「ああ、久しぶりの本物だよ。腕がなるねアイボー!」
心底嫌そうな顔をする結を尻目にクロエは久しぶりに獲物を見つけた獅子のように嬉々としてそう宣言してみせた。
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