21 垂れる頭の焼ける音
この学校は進学もしない生徒には興味が無い。
そんなことは知っている。
だけど、僕は迷惑をかけた先生に一人一人頭を下げに行った。
職員室の中に座っている教科担当教員はチラッと見て目をそらす。まるで、見たくないモノでも見たような態度で。
そしてまたはるか遠くから見ている視線も感じる。
汚物を見るような目で、僕を、見ている。
親が離婚していても進学できた。そのお節介を焼こうとしていた教員にとって僕はどういう存在なのだろうか。
もちろん、申し訳なかったという気持ちなんて何一つとして湧き上がって来ない。
僕が頭を下げる理由は、落とした評価を佳奈にまで落とし込んで考えて欲しくなかっただけだ。
そして、一方的な謝罪は最後のこの教員で終わる。
小太り、ふくよか、年齢は50そこら。そんな現代社会を担当している教員の前に立った。
「中島先生……よろしいでしょうか」
筆を走らせて、こちらに目をくれない。
沈黙を肯定だと解釈して言葉を続ける。
「……あの日、先生に暴力を振るってしまいました。それに、卒業式も……出てこずに」
僕が言葉を発している間もキュッキュッと、ペンを走らせる音だけが返ってくる。
「本当に、すみませ――」
「あ、河原先生。時間割の調整なのですが、よろしいですか」
謝罪の言葉を言い終わる前に、席を立って僕の横を素通りして行った。
──自分がやった行いの報復……。
──生徒が教員に暴力を振るった行為の罰……。
いや。
あれは沈黙ではなかったのだ。
最初から僕の言葉なんて聞いていなかったってことだ。
聞く耳すら持ってなかったのか、存在を認識しようともしてなかった。
頭を下げたまま、僅かに残っていたプライドが僕の唇をかみ締めた。
「……っ」
――ジジジジジッ。
頭の中に得体の知らない黒いモノが広がり、埋まっていく。
思考、感情、全てをソレが支配していく。
それに名前を付けるとすれば、ストレス、またはそれに近しい存在だろう。
視界はクリアだというのに、ぼやけ、目が左右に細かに移動をする。
……今日は佳奈の晴れ姿の日。妹がこれからここの学校にお世話になるのだ。ストレスだろうが、なんだろうが関係ない。
もう、ぼくはぼくの体に頓着なんかしてないんだ。
再度、他の先生に所に行った中島先生の方を向いて頭を深く下げた。
「中島先生のご期待を裏切るような真似をしてしまい、すみませんでした。……今までお世話になりました」
結局、最後まで顔を合わせることなぞなく、僕は職員室を出ていった。
職員室を出た後、フラフラと歩いて出ていき、防火扉に体がぶつかって鈍い音を立てた。
「ウっ……ぁ」
壁にも体重を預け、少しでも呼吸をしやすい体勢に持っていく。
心因性嘔吐――異物が腹の中から喉まで上がってきている。
(これは固形物じゃないな……)
精神的なモノ、ストレスによって引き起こされる症状の一つ。
何度かこれは体験をしてきた。涙が出てきて、頭が熱く感じる感覚。
人の体に不安が積み重なると、こうも脆く、自分で感情や体をコントロール出来なくなるのか。
足取りが重い。
頭が上手く働いてくれない。
でも、やらなければならないことがある。
「バイト……に行かないと……」
この気持ちを何かで紛らわすために、僕はバイトに縋るしかなかった。
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