05 その時、異変を感じた



 時刻は19時ごろ。

 公務員の父は帰宅している時間だ。母もパートをしているが、この時間にはいつも帰ってきて料理を作っていたり、見たいテレビ番組があればソファに座って見ていたり。

 とまれ、誰かは家にいる時間。

 

「ただいま――って、アレ?」


 家のドアを開けて中を見てみたが、明かりもついていないし、両親の靴も見えない。靴を脱いで居間のドアを開けても明かりはついておらず、ベランダの窓から灯が差し込んでいるくらいだった。


「まだ帰ってきてない? 寝てる……とか」


 疲れて仮眠を取っているのかと思い、部屋を覗いてみるが母親の部屋も暗い。父の部屋はカーテンが締め切っていて真っ暗だった。

 帰ったタイミングで居ないとは。


(買い物……?)


 だが、買い物だったら食卓に「買い物行ってきます」のようなメモ書きが大体置かれている。その他も色々と理由を考えてみるが、結局のところ納得のできる理由など見つからず。


「まだ二人とも仕事してる……? そんなまさか」


 二人がいない事を不思議に思いながらも深く考えずに自分の部屋に入り、勉強を始めた。




 帰宅からずっと物音ひとつ立たない空間で、明人は少しくたびれている参考書と睨めっこをしていた。

 使い古した参考書にはマーカーが走っているが解答などは書き込まれていない。問題の解答を直接書き込んでしまうと何度も使いまわすことができないからと、ルーズリーフに書き込んでファイルリングをしているのだ。

 そうして、次に解く問題の解答用のルーズリーフを出そうとして。


「あ……もうなくなってたか」


 予備があったはずだと引き出しも開けて見てみてもなく、明人はため息を吐いて椅子にもたれかかった。

 そして、横目で時計を確認すると時刻は21時を回っていた。


「……」


 親が2人とも21時までに帰ってこないことなど今までで1度もなかった。

 母は近くのスーパーマーケットに仕事に行っている。そこの閉店時間は10時だ。公務員の父も帰っていないとおかしい時間帯。

 残業をしている可能性を考えるが、その場合も何か言伝があるはず。

 さすがに違和感を覚えた明人は、母の職場にまで確認しに行こうと思って付けていたヘッドフォンを外し、防寒着にマフラーと手袋を装備して部屋の扉を開けた。


「わっ、ノックする前に出てきた」


 扉を開けると、部屋の前に肩と頭に雪を乗せている佳奈が立っていた。

 

「佳奈……帰ってたんだ」


「うん、さっき帰ったんだけど……兄さんだけ? 電気ついてなかったし、父さんと母さんは?」


「分かんない、連絡も何もないし」


「えー、夫婦でどこかで遊んでるんじゃないの? 私には門限門限ってうるさいのに!」


 ふんっ、と鼻息を荒くして腕を組む。

 普段と変わりない妹の様子を見て、ザワついていた心が少しだけ落ち着いた気がした。


「これから母さんのパート先に行こうと思うんだけど、どうする?」


「んー、行く! あ、外、雪積もってるよ」


「佳奈の頭と肩に乗ってるの見たら分かるよ」


「えっ? 頭、肩……」


 明人の言葉に佳奈はペタペタと頭を触ってみたり、首を回してみたりと自分の体を見てみた。ようやく気付いたらしい。


「払うにも玄関でしなさいな」


 そう言いながらガチャリと家のドアを開けると、かなりの大雪が吹き込んできた。


「うっわ……」


「うわっ、さっきよりも吹雪ふぶいてる……早くしないとめんどくさい事になりそーだね」


「うん……早く行こう」


 明人と佳奈は大雪の中、母親のことを聞くためにパート先のスーパーへの1キロもない道のりを小走りで向かった。


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