3-2

 僕は和希みたいなタイプが苦手だった。

 人当たりがよく社交的な性格、初対面から下の名前で呼んでくるような軽薄さ、どんな相手でもすっと懐に入っていけてしまう図太さ。そのどれもが僕とは正反対で、普通だったら決して仲良くならない人間だっただろう。

 文演部に入りたての頃は、自然と彼のことを避けていた。必要最低限の会話は交わす程度、距離が詰まるとさりげなく後ろに下がって一定の間隔を保っていた。

 それは彼のような器用な人間への憧れや嫉妬もあったが、一番は自分を見透かされてしまうのではないかという恐怖によるものだった。

 白坂先輩も同じように相手を見透かしたような態度を取る人だったが、それは神通力のような圧倒的な力によるものに思えた。だから自分を取り繕うことができない恐怖よりも、告解室にいるような心地よさが勝る感覚があった。

 一方、和希は地道な観察と論理的な推理によって相手を明け透けにする。そこには相手の本性を肯定も否定もせず、ただ黙って眺めているような不気味さがあった。

 そんな微妙な関係性を続けていたある日、偶然彼と部室で二人きりになることがあった。その日は『本作り』の予定もなく、各々が好きに時間を過ごせばよかった。それなのに、彼は変に気を遣ったのか、ずっと他愛のない話を僕に向けて喋り続けていた。

「それで、その田中が困った奴でさ……」

 何となく相槌を打つだけで反応の薄い僕相手に話はさほど盛り上がらず、次々と尻すぼみで会話が終了する。それでも何事もなく次の話題にシフトしていく彼を見ながら、どうしてここまで必死に僕と接しようとするのが疑問に思った。

 そうして空虚なやり取りをしばらく続けていると、彼はついに諦めた様子で言葉を止めた。そして自嘲気味な笑みとともに、軽く息を吐き出すと、さっきまでとは違うトーンで再び喋り始めた。

「景ってさ、僕のこと嫌いだよね」

 突然核心を突くようなことを言われ、思わず彼の顔を見遣る。

「僕がそんなに深いところまで踏み込んでくるとは思わなかった? どうせ浅瀬でちゃぷちゃぷしてるだけの、薄っぺらい人間だと思ってたんでしょ」

 それは怒ったり、非難しようとしているわけではなく、むしろ罪を自白しているような言いざまだった。

「普段はそうやって生きてるから、否定はしないけどね。でも別にそれが僕の本質ってわけでもないさ。そもそもただ軽薄で器用貧乏なだけの八方美人だったら、わざわざこんな部活に入ったりするわけないだろう? もっと普通に見える部活に入って、それらしく振る舞う方がよっぽどいい」

 僕は彼の意図が読み切れず、ただ黙って話を聞くしかなかった。しかし、先ほどまでとは違い、今は明らかに彼の言葉を聞く意思があった。

「僕は怖いだけなんだよ。周りの人間すべてが敵に見えるんだ。だからせめて攻撃されないよう、上っ面だけでも良好な関係を築こうとしてる。目の前の相手は何を求めていて、何を嫌悪しているのか。それを探りながら、相手に嫌われないよう終始する。君が思っているよりもずっと生きづらい人生だよ」

 明らかにそれは彼の本音だとわかった。でも、それを僕なんかに教える意味がわからない。そう思っていたのが顔に出ていたのか、彼はおかしそうに笑って僕の疑問に答えた。

「こうやってみっともない部分を開示した方が君と仲良くなれる、そう思ったから教えたんだ」

 彼はそう言って、頭に乗せたバケットハットを少し目深に被り直した。

それを聞いてつくづく恐ろしい奴だと思うと同時に、僕は彼となら友達になれるんじゃないかと、そう期待してしまっていた。

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