01ー2.思い出してしまった世界の秘密

 悲鳴をあげたのは先ほどまでは笑っていた姉を名乗る女性だった。


 服装が変わっているのは先ほどまでいた光景よりも時間が流れたからなのだろう。


 それは夢特有の現象だった。


 今度は、ダニエルは周囲を見渡すことができるように彼女たちの上にいた。


 箱庭を眺めるかのように浮かんでいた。


「ごめんねえ、ごめんねえ、□□……!!」


 母親だろうか。姉によく似た女性が泣いている。


 棺に縋りつくように泣いている。


「なんで、なんで、アンタが死んじゃうのよ……、バカ……」


 姉は泣いていた。


 信じられないと言わんばかりの声をあげている。


「起きてよ。ねえ。起きてよっ!」


 その声を聴きたくないとダニエルは耳を塞ぐが、意味はなかった。


 泣き叫ぶ二人の後ろでは呆然とした表情の男性が立っていた。


 彼らのことを知っている。


 前世だと自覚をした途端に彼らの関係性を理解してしまった。


 ……俺は、あの時、殺されたんだ。


 彼らは前世での家族だった。


 不幸にも通り魔に刺殺された少年の死を嘆く家族の姿だった。


 少年は家族に愛されていた。


 だからこそ、少年の姉は死を受け入れらなかったのだろう。



* * *



「――ダニエル! 目が覚めたか!!」


 現実に引き戻されたような目覚めだった。


 頭に靄がかかっているような不思議な気分だった。


 ……あれは。


 何度も瞬きをしているダニエルの様子に気付いているのだろうか。ベッセル公爵である父親は専属の医師に指示を飛ばしていた。


 ……夢だったのか。


 なぜ、今になって前世の記憶を取り戻してしまったのだろうか。


 それも中途半端な記憶だった。


 家族に愛された少年の悲しい末路だった。


 ……変なゲームをさせられて……。


 夢を思い出そうとする。


 その夢の中で見た光景には見覚えがあった。


「……父上、アーデルハイトの入学式は……」


「目覚めてすぐに言う言葉がそれか!? お前、状況を理解しているのか!?」


「……なんとなく、ですが」


 前世の記憶が正しければ、アデラール魔法学院に入学をするアーデルハイトは初日から問題を引き起こす。


 前世での姉が嗜んでいた乙女ゲームのヒロインと衝突をするのだ。


 それはアーデルハイトの身を危機に晒すことになる。


 ……遅いかもしれない。


 ダニエルには前世の記憶よりも、今を生きる日々の記憶の方が鮮明だ。


 前世では何度も目にしてきた小説のように転生した影響も強くはない。


 乙女ゲームに登場をする悪役令嬢の兄である邪魔者の一人だ。


 性格も思考も乙女ゲームそのものだった。


 今更、それを変えることは難しいだろう。


 ……それでも、アーデルハイトを死なせはしない。


 悪役令嬢のアーデルハイトを待っているのは絶望だ。


 それを回避する為に記憶を取り戻したのならば、少々遅いような気もするが、ダニエルは心配をする両親の声を無視して身体を起こした。


「身体は問題ありませんので、学院に向かいます。父上、母上、アーデルハイトの入学式を見逃すわけにはいかないでしょう? 宮廷の仕事でお忙しい兄上を呼ぶわけにもいきませんし、俺が行かないとアーデルハイトも心配するでしょうから」


 ダニエルの言葉を聞いた両親は互いの顔を見合わせていた。


 それから、わざとらしいため息を零された。


「ダニエル。貴方が心配性なのはわたくしも存じていることですわ」


 母親は視線を逸らしながら、言葉を続ける。


「しかし、アーデルハイトのことなど捨て置いてしまいなさい」


 それは母親の言葉とは思えない冷たいものだった。


 この場にいないとはいえ、血の繋がった娘に対する言葉ではない。


「価値のない者を気にかけてあげることほど空しいことはございませんよ」


「いいえ。母上。アーデルハイトは価値があります」


「ありませんわ。少なくとも、母であるわたくしには価値がありませんもの」


 母親の言葉に対し、ダニエルは首を左右に振った。


 ……母上を説得している時間もない。


 両親はアーデルハイトの価値を認めない。


 それを覆すための時間は、ダニエルには残されていなかった。




* * *



 ……それにしても、悪役か。


 アデラール魔法学院へと向かう馬車の中、ダニエルは考え事をしていた。


 前世の知識を得たからだろうか。元々愛想が良くない自分自身の顔が悪巧みをしているようにしか見えなかった。


 なにを考えていなくとも睨んでいると思われがちな三白眼、貴族特有の色白さ、それから愛想の悪さは努力ではなんともならないだろう。


 愛想よく笑ってみようと練習をした結果、今にも人を呪い殺しそうな顔にしかならなかった。


 ……悪役一家とか言われたよなぁ。


 実際は悪には手を染めたことがない珍しい貴族だ。


 ベッセル公爵は領民から愛されている領主であり、その妻である公爵夫人も領民の憧れの存在だ。


 子どもたちも領民からは可愛がられている。


 ……まあ、確かに、ゲームではろくなことをしてなかったけど。


 彼らの欠点はダニエルを溺愛していたことなのだろう。


 その一方、アーデルハイトには無関心だった。


 無関心だからこそ、なにをしても許されてきたアーデルハイトは我儘な令嬢に育った。


 それは、両親の気を少しでも引きたくて、振り向いてほしくてしくてきた振る舞いだったのかもしれない。


 妹を溺愛する兄のダニエルはアーデルハイトの我儘をなんでも聞いていた。


 その結果、ヒロインと敵対をすることになり、彼らは破滅の道に進んでいくことになる。


 ……アーデルハイトの我儘には弱いんだよなぁ。


 アーデルハイトは可愛い。


 アーデルハイトを婚約者にしておきながらも他の女性に現を抜かした第一王子がすべての間違いなのだと、ダニエルは言い切ることができる。


 それは前世の知識を得た今でもなにも変わらないことだった。


 ……だから、どうしようもねえよな。


 気づいた時には手遅れだった。


 それならば、悪役として上手く立ち回るしかないだろう。


 ……証拠を残さねえように上手く立ち回ればいい。どうせ、悪役ならそれらしく振舞ってやろう。ゲームの知識があるし、なんとかなるさ。


 ダニエルは馬車の中で心に決めた。



* * *

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