第12話 リハビリ執筆

「え、しばらく峰風フォンファンの物語はお休み?」

「うん、ごめんね」

 部屋へ遊びに来た香麗シャンリーに私は告げる。

「あの作品、皇帝陛下から、自分への恋文か何かと勘違いされちゃって。あれを書くと『これがお前の望みか』なんて言ってくるから、怖いんだよね」

「……。それがこの間の出来事ですのね」

「うん」

 あれは完全に、イベントなんかで絡んでくるヤバいやつだった。

 おかげで、『峰風』の物語を書こうとするたび、皇帝の顔がちらついて、没頭して書けなくなってしまったのだ。

「あの時は助かったよ。ありがとう、香麗」

「いえ」

 言いながら、香麗はきゅっと唇を噛む。

(複雑だよね)

 彼女は本気で皇帝を愛しているのだから。皇帝が私に興味を持ったなんて話、面白いわけがない。

 とはいえ皇帝が私に絡んでくるのは、好意からではない。私の書いたR-18作品を読んで興奮した末のただの暴走だ。

(こんなにも人の欲望を掻き立ててしまった、自分の才能が怖い。言うてる場合か)


 自分の書いたものが引き起こしてしまった予想外の事態。そのショックから立ち直るため、私はしばらくの間、自分のためだけに書くことにした。リハビリ執筆だ。

(そうだ!)

『むしがね絵巻』のアキツにハマる前に好きだった作品と推しを思い出す。

(ふふふ、こんな時はやっぱ彼しかいないよね!)

戦刃せんじん幻想譚げんそうたん』のオークウッド中尉。

 冷静な物腰、シニカルな口調の眼鏡キャラ。体躯はそこまで大柄ではないけれど、引き締まった肉体は獣のように敏捷だ。隊を指揮する立場にあるが、本人も剣を片手に縦横無尽に戦場を駆け抜け、敵をせん滅する腕を持っている。あだ名は軍神オークウッド! ちょっと上司に対して盲目的過ぎるのが玉に瑕。

(くっ、改めて思い返すとやっぱりカッコいい!)

 心の奥に殿堂入りさせたキャラであるため、同人誌にすることは最近ご無沙汰だった推し。

 だが10年間推し続けていた存在ゆえ、想いの濃度はけた違いだ。凹んだ時のメンタルケアは彼でしかなしえない。

(よし、ネタはどれにしようかな)

 深夜の建物、たまたま目を覚ましてしまった二人、並んで夜空を見上げて、それから……。

(よし! いざ書かん、私と中尉の甘くエロやかな物語!)

 私は迷わず筆を走らせる。ちなみに原作の中尉の名はタイラー・オークウッドだが、この世界で物語を書くと勝手に『バイ 泰然タイラン』なる名前に変換されてしまうのが面白い。

(はぁああ~っ、中尉尊い!! 推しと自分とのイチャコラを、気兼ねなく書けるの楽しい!!)

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