第48話 エンカウント

「……闘気剣!」

「グオォォォォオ!」


 巨大な両手剣に変化した闘気剣で、トールが黒い影をまとめて薙ぎ払う。


「……姉貴! そっちに行ったぞ!」

「はいはい。セイクリッドスフィア!」


 そして、黒い影に憑依された生徒たちは、ユーリの放つ神聖なる光を受けて憑依から解放され、倒れていく。


「この世ならざるもの達よ、神の元へと還りなさい」

「…………」

「どうかしたの、トール?」

「……いや、姉貴が『聖女』である事を思い出しただけだ」

「その言葉、どういう意味かお姉ちゃん気になっちゃうんですけど~?」


 そう言いながら、ユーリは思いっきりトールを抱き寄せる。


「あ、いや、別に大した意味は……うわぁ! くっつくな、胸を押し付けるなこの痴女!」

「そんなに嫌がるなんて……やっぱり、マオちゃんのおっぱいを知っちゃったら、お姉ちゃんのじゃ物足りないかー」

「……なっ!? べ、別にあいつの……その、むね、とか……か、関係ねえだろ!」

「途中言い淀んでる時点で全然関係ありそうだけどー?」


 弟をからかうのが心底楽しいのか、ユーリはとても良い笑顔になる。


「まあ、マオちゃんが相手なら勝てないかなー。大きさでは勝ってるけど、あの無理やり露出高い服を着せられてる感と、恥じらいと開き直りの絶秒なバランスは最高だもんね」

「…………」

「お、同感って感じ?」

「ち、ちち、違ぇから! そんな事思ってねえから!」

「照れるな照れるな♪ ていうか、マオちゃんと修行してたんでしょ? 体のぶつかり合いで、おっぱい見えちゃったとか、意図せず触っちゃったとか、なんなら味わっちゃったとかなかったのー?」

「……あ、ああ、あるわけねえだろ! ていうか、味わうってなんだよ!」

「そりゃもう、揉んだりすっ……」

「それ以上はいい! もう喋んなこの痴女!」

「はーい。トールは早く頑張って、マオちゃんを家に連れてきてねー? あの子可愛がるの、すっごく楽しいっていうか、私も夢中だから♪」

「……そんな機会がもしあったとしても、姉貴が居るときだけは、絶対に連れてこねえ」


 ユーリの『いつもの』行動に呆れながら、トールは改めて周りを見る。

 周りには、ユーリによって黒い影から解放された生徒や教師が大量に倒れている。

 トールが倒した影の数も合わせると、現時点でも倒した敵は百を超えているだろう。


「それにしても、とんでもねえ事になったな」

「まさか、王城じゃなくて学校に攻めてくるとはねー。ま、周りの目がないから、学校なのに猫被らなくていいのは楽だけど」


 ふたりが話す場所から少しはなれば場所で激突音が響き、吹き飛ばされた生徒が近くで倒れる。

 生徒から黒い影が抜け出てくるが、ダメージが大きいのかそのまま消滅していった。


「……おそらくだけど、過去の魔王軍に存在したという、幽鎧帝が率いる幽騎団の総攻撃だろうね」


 そして、盾と剣を構えたロナードが歩いてくる。

 盾は光を宿しており、先ほどの音は盾によるチャージ攻撃によるものだ。


「ホーリーチャージ……なるほど、そいつは光の属性だから、幽霊ごとあの黒い影を倒せるってわけか」

「一応、聖騎士だからね。ユーリ程じゃないけど、憑依された相手は僕の方でも相手するよ」

「……あのねぇ、ロナード……」

「そうだな。オレの闘気剣だと、黒い影だけを直接攻撃することはできねえから、そっちは任せる。その代わり、憑依してない黒い影はオレの方でなんとかするぜ」

「「え……?」」


 トールのあまりにも意外な言葉にふたりは驚く。

 ロナードにはできる、トールにはできない……この事実が出るといつも、魔物と戦っている最中や試験中だろうが、トールはロナードに決闘を挑んでいたからだ。


「なんだよ、その反応は?」

「あ、いや、なんというべきかな……本当に変わったね、トール」

「恋は人を変えるって感じー? マオちゃん取られるのは嫌だけど、トールとくっついたらマオちゃんは義妹になるから、まあいっか」

「は、はあ!? こ、恋とかしてねえし! ていうか、くっつかねえよ!」

「……まあ、トールの恋路は置いといて、そのマオさんとは会わなければならないだろうね」


 倒れている生徒達を見ながら、ロナードは話を続ける。


「今回の件、確実に魔王が関わっている。そして、マオさんは魔王を名乗ったんだよね? だとしたら、今回の件に確実に関わっている。おそらく、学校のどこかにいるだろうね」

「……あいつはこんな事しねえ」

「そこは同意見だけど、話は聞かないとダメだろうねー。ふふっ、今度は逃がさないように、首輪とかしちゃおっかなー」


 楽しそうに笑うユーリ。

 だがすぐに真顔になり、校庭の方を睨みつける。


「……まあ、まずは敵を片付けないとだけどねー」


 ユーリの言葉に、三人は校庭の方に振り返る。

 そこには、百人近い生徒、そして黒い影の団体がおり、こちらに向かってきていた。


「前衛はボクが。トールは遊撃、ユーリは後ろから憑依体の黒い影を……」


 その瞬間、後ろから凄まじい光が発せられる。

 その光によって黒い影たちは消滅し、生徒達も倒れていく。


「……そのマオって人を倒せば、この騒ぎは収まるんですか?」


 後ろから、いつもの小さな姿ではない、完全に顕現し、女神のような姿をした光の精霊を従えたエミルが歩いてくる。


「さすが勇者様ですね、助かりました」

「シルフの風に乗ってみなさんの会話は聞こえていたので、さっきまでの話し方でいいですよ。いい機会ですし、勇者呼びもやめてもらえると助かります」


 エミルの言葉に、後ろから風の精霊が出てくる。

 衣装以外、いつもの小さな姿と大きな差はないが、明らかに発している魔力と存在感が違う。


「え、そう? それじゃあ早速、親睦を兼ねて……!」

「……おさわりは禁止です」

「ありゃー、振られちゃったかー」


 思いっきりユミル抱き締めようと近づてきたユーリの顔を、これ以上近づかないようにと懸命に手で押すシルフ。

 最初はエミルに振られて不満そうにしていたユーリだったが、どうやらそんなシルフも気に入ったらしく、シルフをそのまま胸元で抱き締める。


「さて、話を戻すと、倒すべきなのはマオさんというより、攻めてきている連中を率いている存在。マオさんは、現状での最有力容疑者って感じかな」

「なるほど。それでは、敵は校庭の真ん中にいる『何か』って事でいいですか?」

「真ん中にいる『何か』? オマエ、探知系の魔法とか使えるのか?」

「いえ、私はいわゆる魔法は殆ど使えません。ただ……」


 そう言いながら、ユミルは校庭を険しい目で見る。


「なんだか分からないんですが、校庭の中央に『何か』がいるように感じるんです」


 校庭の中央は、何かの力が竜巻のように渦巻き、巻き上がる粉塵のせいで見えない。

 だが、ユミルは明らかに何かを感じていた。


「ユミルがなんか感じるってのは置いといても、あそこからは黒い影が大量に現れてるんだ。調査には行くべきだろうぜ」

「たしかに、校内の混乱収拾優先というわけにはいかなそうだね。なら、二手に別れて校庭の調査も始めよう。幸い、手強い敵は大方倒せたようだし……!?」


 その瞬間、魔力を秘めた光弾が飛んでくる。


「……聖煌殻!」


 パーティの前に立ち塞がったロナードが、光をまとった盾で光弾を弾く。

 弾かれた光弾は遠くで爆発。

 ここまで届く爆風が、その破壊力を物語っていた。


「……前言撤回。どうやら、面倒な敵がいるようだ」


 /////////////////////


「……たしかに、面倒なのがいますね」


 私の先制攻撃を余裕で弾く面倒な連中……勇者パーティーを見て、ヴラドが呟く。


「おいおい。いきなり攻撃仕掛けなくてもいいんじゃねえのか? お優しい勇者様達に、助けを求める事だってできたろうに」

「あの子の発見だけならそれもいいでしょうけど、『目的の物』を先に見つけられて、奪われたときのリスクの方が大きい。黒い影もそうだけど、排除するしかないわ」

「なるほどねぇ……そういえばオレはともかく、お前らは顔を見せてもいいのかい?」


 心配するスコールにスマホを見せつける。

 スマホの画面には、起動しているアプリ……認識阻害アプリが表示されていた。


「貴方たちのスマホに、認識阻害の魔法を仕込んでるわ。持ち主が見られたくないと思った瞬間に自動で発動。相手からは、私が設定した姿……というより、服装になっているはずよ」

「そりゃ至れり尽くせり……ちょっと待て。お前の設定した服装ってすげえ気になるんだが」

「安心しなさい。姿を隠すだけでなく、意匠にもこだわったから」

「一応確認するが、その服ってのは、物語の登場人物が着そうな、黒いマントにスーツ、あとは仮面とか、眼帯とか、そういう痛々しいのじゃねえだろうな?」

「……い、痛々しいって何よ!」

「物語の服装は、物語の中だから映えるんだよ! 現実であんな恰好されたら、普通に反応に困るってのをいい加減覚えろ馬鹿!」


 その話を聞いて、ヴラドまでやれやれとばかりに頭を抱えている。

 なんだかイラっときたので、私はスマホを取り出してアプリを弄る。


「おい! お前なんか、また変な設定してるだろう」

「……近寄らないでもらえる? 変態」

「お、おまっ! どんな設定にしやがった! 今すぐ内容を教えろ」

「あらあら、随分と個性的な方々ですね」


 近くに来た勇者パーティーが話してくる。

 聖騎士、聖闘士、賢聖姫……勇者までいるのは面倒だが、どうにかするしかないだろう。


「黒い影に憑依されていないようだけど……ただの不審者、この騒動の元凶側、この騒動に巻き込まれた別組織、この中のどれかな?」

「おい! 候補の中に不審者があるじゃねえか! 絶対、お前が設定した恰好のせいだろ!」

「こんな場所にいたら誰だって不審者っしょ? まぁ、上半身裸でマントのキミはかなり上位の不審者だけけど」

「上半身裸!?」

「やっぱり貴方が原因じゃない。仲間と思われたくないから、近寄らないでももらえるかしら?」

「お、おま……」


 よし、これで少しは気が晴れた。

 これで不審者はスコールだけに……


「いや、黒のゴシックドレスベースに、露出が高くて胸の谷間丸見え、おまけにショートスカートにタイツで眼帯までした状態で学校にいるあなたも、立派な不審者ですよ?」

「なんなら、分かりやすい変態のそっちの奴よりもよっぽど怪しいな」

「……くくっ。だってよ?」

「……」

「無言で設定弄るな!」

「……だから、近寄らないで。マントに上半身裸で、水着みたいなパンツを履いただけの変態」

「……よーし分かった。まずはお前からぶっ飛ばす!」


「こらこら、話が進みませんから、それぐらいにしなさい」


 そう言いながら、ヴラムが前に出てくる。

 ……自前の認識阻害に切り替えた状態で。

 今度、認識阻害に強制発動の設定を入れておこう。


「では、こっちから聞かせてもらおうかな。まずは最初の確認。君たちは敵ということでいいかな?」

「そうね。強いて言うなら、ずっと校舎の黒い影を退治してくれるというなら、一時的に敵じゃなくなるわ」

「校庭には近づくなって事か……なるほど。たしかに敵だな、オマエら」


 そう言いながら、聖闘士が闘気剣を構える。


「その前に、一つだけ確認していーい? 貴方達はマオちゃんの配下……そして、新生魔王軍ってことでいいの?」

「勇者もいるし、この際だから宣言しておきましょうか。ええ、そうよ。私たちは新生魔王軍……いえ、魔王組よ」


 ……どうにも締まらない。

 やはり魔王組という締まらない名前は今すぐ変えるべき……


「魔王組……なるほど。マオちゃんらしい、分かりやすくていい名前ですね」


 ……え?


「あくどい事はできねえけど、とりあえず魔王名乗っとけっていうアイツの考えが伝わってくるな」


 ……いや、違うでしょう?


「マオって人、レムリアみたいな感性を持ってるんですね。正直、嫌いじゃないです」


 なんでよ!

 マオの状態のあの子と会ったことも貴女は、魔王組という名前はダサいと言うべきところでしょう!


「……ふふっ♪」


 ロナードにいたっては、感想すら言わずにニヤニヤと笑っている。

 確実に状況を理解して、私をからかっている……絶対に許さない。


「……さて、お喋りは終わりにして、貴方達を拘束をさせてもら……!?」


 ――グギギィィィ!

 その瞬間、校庭から奇怪な音が響きわたる。


「……くっ!?」


 その音に反応するように、私の中の『何か』が疼く。


「な、なんだ、今の音?」

「……ロナード、顔色が悪いけど大丈夫―?」

「……ああ、平気だよ」


 私と同じように『何か』を感じたのだろう。

 ロナードはそのまま、仲間に指示を出す。


「それより、あの音はただ事じゃない。申し訳ないけどエミル、あの音の元に向かってもらえるかな?」

「お、おい! 一人で行かせる気かよ!」

「……何が起きているか分からないけど、放置はできない。そうなると、この中で最大戦力であるエミルに向かってもらうしかないだろう?」

「でも……」

「私はいいですよ。それに……」


 勇者は校庭の方を見る。


「……なんだか、私も気になります」


 先程とは違う、どこか悲しそうな、心配しているような目で。


「……行かせると思う?」


 短距離転移魔法で回り込み、魔導銃を勇者に向かって連発する。


「……聖煌殻!」


 だが、その行動を読んでいたロナードに弾かれる。


「……本当に厄介ね、貴方!」

「……その言葉、そっくり返しましょう!」


 ロナードの反撃を後方に飛びながらかわす。


(援護を……)


 そう思いながらヴラド達を見るが……


「熱い目線に応えられず申し訳ありませんが、こちらも取り込み中です」

「……だな」


 そう思いながらヴラド達を見ると、スコールは聖闘士と、ヴラドは賢聖姫と相対していた。

 そして勇者は、校庭に向かって走っていった。

 これはもう、止められないだろう。

 ……目の前のロナードを倒さない限り。


「……状況を理解したようだね」


 ロナードが剣と盾を構え直す。


「ええ……悪いけど、早く終わらせてもらうわよ」


 ――魔王の配下と勇者の仲間の戦い。

 過去より続く戦いの火蓋が切られた瞬間であった。

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